俺の姉ちゃんは、俺の姉ちゃんではない。4

宇部 松清

第1話 童心に帰ろう、と誘われて

 高校生にもなって、と言うべきなんだろうか。


 だけど俺達はまだまだ未成年で、親の庇護下にあるわけで、胸を張って「ガキですけど、何か問題ありますか」って言えたりする立場なのである。


 だけれども、完全に子どもかって言われるとそれともまたちょっと違ったりして。

 いっちょ前にいっちょ前のこと言ったりもするし、苦ネバ系の山菜の美味さを知ってたりもするし、それに――、


 ノスタルジーってやつを感じたりもする。


 

 夏休みっていっても、正直することはそんなにない。宿題はあるけど。

 家族旅行なんてはしゃぐような年でもないし、親もお盆以外は休みをもらえないような仕事をしてるから、そりゃまぁ小さい頃は遊園地とか動物園くらいは日帰りで行ったけど、いまは別に。だいたい、行きたきゃ勝手に行ける年なわけで。


 部活とかバイトでもしてりゃ違うんだろうけど、俺はどっちもやってないし、姉ちゃんにしても、家政クラブなんて激ゆるな同好会にしか所属していない。だから、俺も姉ちゃんもこういう長期休みはとにかくだらだらしている。


 軍資金はお年玉の残りと、毎月の小遣い。それに、一応、夏休みボーナスみたいなスペシャルな小遣いもあったりして。それをちびちび消費しながら、まぁ色気のない日々を過ごすのだ。


 だけど。


「なぁーんかさ、童心に帰りたくない?」


 姉ちゃんが、そんなわけのわからないことを言い出したのは、俺ん家の居間で母ちゃんが切っておいてくれたスイカを食べていた時のことだ。


 といっても、ガチの姉ちゃんではない。

 単なるお隣さん。年は一個上。

 お互いに物心つく前から本当の姉弟みたいにして育った幼馴染みである。


「童心に? どういうこと?」


 種を小皿に吐き出しつつ、尋ねる。


「昔さ、ほら、梵天通りの奥にある神社でよく遊んだじゃん」

「あー、懐かしいなぁ。遊んだ遊んだ」

「池があったよね。鯉が泳いでて」

「あー、はいはい。餌持ってくと、ぶわーって集まってきて一斉に口開けてな、パクパクって」

ようってば、よくビビってたよね」

「いや、あれは結構ビビるって。っつうか、姉ちゃんも引いてたじゃん」

「でもさ、あの池、埋めちゃったよね」

「そうそう。あそこに落ちて亡くなった子がいたんだよな。ぐるーっと金網も張られてたはずなんだけど、穴が空いてたんだっけか」

「管理する人も結構なおじいちゃんだったしね」

「まぁ、仕方ないよな」


 正直きれいな池でもなかった。

 管理人はかなり腰の曲がったお年寄りで、例の金網についても、業者に直してもらうのをケチって自分でやっていたらしい。所詮は素人だったというわけか、はたまた、そこまで手が回らなかったのか、悪いことに、ちょうど幼児が通り抜けられるくらいの大きさの穴が空いていたのだ。落ちたのは、当時の俺らと同じくらいの女の子だったと聞いている。だから、その後、その池が埋められるまで、絶対に神社へは行くなと言われていたっけ。


「だからさ」


 と、一体何が「だからさ」なのかわからないが、姉ちゃんは、スイカの汁まみれの口をティッシュペーパーでさっと拭いてから、ニッと笑って続けた。


「いまから神社行こう!」

「はぁ? 行ってどうすんだよ。お参りでもすんのか?」

「うーん、しても良いし、しなくても良いんだけど。だから、その、童心に帰るってやつよ。昔は何の目的もなしに行ったじゃない。コマツでお菓子とジュース買ってさ」

「まぁ……そうだけど」


 コマツ、というのは、それこそ俺らが小さい頃からずっとある個人商店である。もちろんコンビニほど便利でもないのだが、米や野菜も売ってるし、仏花とか、それから、ちょっとした和菓子とか、寒くなればたこ焼きやたい焼きなんかも焼いたりするという、地元民に愛されまくっている店だ。日曜と祝日が休みなのと7時に閉店するのがネックだが、文具も売っているので、俺達学生は良くそこを利用する。ノートやら消しゴムやらを買って、そのついでに買い食いする、っていうのが、お決まりのコースだ。



 とまぁ、そんな経緯で。

 高校生にもなって、神社に行こう、なんてことになったわけなのだった。


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