第2話

 二日目の朝食の時間ではこの場所の地図が明かされた。

 マップは最初にいた場所から一本道で今の食堂に着く。

 その間に20人の部屋ある。

 それ以外にも横道はある。

 そこは、できれば通らないでほしいが別に通っても問題はないらしい。

 とのことだった。

 他には、部屋には生活に必要と思われるものを用意したが、それとは別で欲しいものがあれば可能な限り持ってきてもらえるとも言っていた。

 ここまで来ると出る気にも、ゲームをする気にも僕はなれない。

 それと、

「バルト君。言っていなかったが破壊行動はペナルティの対象だ」

「先に言っとけ」

「言っていなかった私が悪いから今回は不問とするが、次はアウトだ」

「オウ」

 というやり取りがあったため物を壊すことは禁止らしい。

 特にゲームのノルマが課せられることはなかった。


 朝食が終わり、昼食までは自由時間でいいとのことだったので、昨夜のラットの、

「君はまだ何も知らない」

 という言葉の真意を確かめるためにラットの部屋へ向かった。

 疑問はもう一つ。

 ラットの部屋は食堂に一番近い場所だった。

 では、何故19番目だったのだろう?

 ちなみに僕の部屋は最初の部屋に一番近い場所だ。

 小気味いい音を立ててドアをノックすると、ラットはすぐに出てきた。

 彼女は待っていたとでも言うような表情を浮かべていた。

 精神的余裕は彼女のほうがあるのだろう。

 それでも早速、

「昨夜の言葉はどういう事?」

 と尋ねる勇気はないのでとりあえず、

「何故部屋が近いのに席が僕の前だったの?」

 と尋ねた。

「隣のバルトは最初に来たようだった」

 と付け加えた。

 しかし、

「男と女を一緒にしないで」

 と一蹴されてしまった。

「それでも、そうであっても他にも女性はいたし、ここは一番食堂に近いじゃないか」

「案外、意気地なしなのね」

「え!?」

「まあいいわ。教えてあげる」

「無理に話す必要はないよ?」

「いえ、あなたの真に聞きたいことともつながることなの。まず、遅かった理由は最初の部屋の時点で誰が一番私に興味を持っているかを知っていたから」

 と彼女は話し始めた。

「それが僕だったの?」

「そうよ」

 恥ずかしい。

「それで、私はそれを君に意識させるために君の前に座った。だから君の前だった。」

「チョット待って何故僕が最後だと思ったの?僕の部屋は端だけど、隣の人は別に遅くなかった。僕がいつ来るかもわかったの?」

「ええ」

「もしかして、君は自分を知っているの?」

「そうだとも」

「何で……?」

「君が忘れているだけだ」

「意味がわからない」

「そりゃそうだよ。君には残っていないから」

「何が?」

 彼女は人差し指をこめかみに当ててこう言った。

「データ」

「それは、記憶ってこと?」

「いや、違うよ。そのまま、私達は人間じゃない」

「……今……なんて言った……?」

「私達は人間じゃない」

「それは嘘だよ。食事だって?普通に食べたし?」

「まあ落ち着きなよ。君は一度データを失ったことに苦しんだんだ繰り返すな」

「ふうーーーーーーー」

 長く息を吐いた。

 なんとか正気は取り戻せた。

「最初から話してくれ」

「そのつもりだよ」

「私達はニューロンのネズミ。実験台だ。ここの20人は皆そうだった。昨日の映像の人たちも。ちなみに黒服も。人間はここではニューロンだけ」

 信じられない。

「その中でも私は何度もこのゲームを体験してきた。嫌なデータ、都合の悪いデータは都度消されているらしいが、今回は違った。君たちは私と同時期に生まれた。そのことを覚えている」

 そんな。

「少しずつ違った教育を受けていたことも覚えている。私は覚えていても君は覚えてないだろ?」

 静かに肯く。

「何故、私がそれを体験してきたのだと思う?」

 僕が人造なら今の当惑の感情も作られたものだろうか?

「ワカラナイ」

「別に誰だって良かった。たまたまだ。もしかしたら君だったかもしれない」

 すまない。

「この実験を始めた理由は人間らしさとそうでない部分の確認のためらしい」

「君は何度も負けたたのか?」

「そうだよ……」

 その言葉には哀しみが含まれているように感じた。

「そして、実験の最終確認として親しみを持つ者たちとともにゲームを行うことになった」

「そんな……」

「そこで提案なんだ」

「僕にできることならやるよ」

「私をここから出してほしい」

 そんなことなら、僕に迷う必要はない。

「僕は、生き残るより君を選ぶ」

「ありがとう」

 今になって彼女は心の底から幸せそうな表情を浮かべた。

 きっと、思っているより辛いことだったはずだ。

 僕が彼女をここから出してみせる。

 この感情がたとえ正義でなくとも。

 今回はここで解散した。

「また」

「ああ」


 部屋を出て扉を閉める音と同時に向かいの扉が開いた。

「やあ」

「何してやがった」

 出てきて急にバルトに尋ねられた。

「男なら正々堂々戦え!」

 と言うやいなや物を壊さない程度の勢いの拳が振り下ろされた。

 とっさにそれを躱し、

「何もしてないって、話してただけだから」

「うるせぇ!そんなこと言って逃げる気だろ?」

「まあ、落ち着けよ」

 一息つきバルトの手を受け止めた。

「うお!」

「とりあえず会話しよう。彼女の無事が確認できればいいんだろ?」

「仕方ねぇ」

 さっきと同じように扉を叩く、

「何してるの?戻ったんじゃないの?」

「えーと……あはは」

 笑ってごまかした。

 バルトには事情を説明した。

「そうか、悪かったな」

「大丈夫だよ」

「ありがてぇ」

「ただし、聞いたからには手伝ってほしい」

「オウよ!」

 ラットに確認の視線を向けると肯いてくれた。

「オウ!で、どうするんだ?」

「今の騒ぎでバレるかもしれないし、いっそもう始める」

「オウ?バカか?」

「バルトがブンブン腕振らなけりゃもう少し頭使ったさ」

「俺のせいかよ?」

「いや、バルトのおかげだよ。君のおかげで3人だ」

「一人増えただけじゃねぇかよ」

「いいんだよ!ねっ?」

 しかし彼女は返事をしない。

「駄目だった?」

「いえ、ただ……」

「ただ?」

「本当にできるのかしら?」

「それは……やってみないとわからない」

「やっぱバカだ」

「バルトには言われたくないよ」

「うるせぇ!バカだ思ったから言っただけだ」

 僕らの口論はバカだ何だと止まらなくなった。

「もういいわ。やりましょう」

 僕らは彼女にたしなめられ行動を開始する。

 バルトが黒服を警戒。

 ラットが参加者を最初の部屋に集める。

 僕はラットが集めた参加者を見張る。

 そう、これは全員の脱出劇だ。

「おい、何をする気だ?」

 彼は確かジーキと言った。

「大丈夫だよ」

 全員集まったところで警戒役をバルトと交代する。

「任せた」

「オウ」

 彼は盛大に壁をぶち破った。

 聞こえるのは皆の悲鳴。

 それと、警報音と黒服。

 僕の役目は2人がかりで17人を外に出す時間稼ぎだ。

「何をしている?」

「答えると思いますか?」

「破壊行為は禁止されている!」

 そんな事、今となっては関係ない。

「先に行け!」

 僕は叫んだ。

 追いつかれては意味がない。

「でも」

「いいから、早く」

「仕方ねぇ……」

 彼はラットを背負い逃げてくれた。

「ありがとう……バルト」

 あとは存分に時間を稼いでから自分も逃げるだけだ。

「それは不可能なのだよ」

 え!?

「憎かろう。憎かろう。聞いたのだろう?」

 何故!?

「ここまでが私のシナリオ。ここからが私の理想!」

「お前の望みはもう叶わないはずだ」

「君が嘘を聞かされたのだよ」

「そんなわけ無いだろ」

「いいぃや!確かに、ラットに見せてきたこと、やってきたことは事実だ」

「それなら」

「ただぁし!人造人間が脱走することこそ私の思い描いたストーリー」

 僕がやったことはニューロンの思った通りのことだった?

「さあ、捕らえなさい」

「「「ハッ」」」

 抵抗虚しく捕らえられた。

 いつの間にか動きも取れなくなっていた。

「それを運びなさい」

「「「ハッ」」」

 僕は廊下を端から端まで引きずられた。

 たどり着いたのは食堂の先の鉄臭い部屋。

「何をする気だ?」

「まあ少し話そうじゃないか。離してやれ」

「「「ハッ」」」

 拘束が解けた瞬間チャンスを逃さず突っ込んだ。

 しかし、腕は視界に入らず拳も届かなかった。

 目をどれだけ見開いても見えるのは嫌味な顔だけ。

 ならばと、反対の腕を振り上げる。

 やはり、腕は視界に入らず拳もまた届かなかった。

 続くように視界が落下した。

 肉体は地面に叩きつけられた。

 すでに僕はニューロンを見上げる形になっていた。

「残念ですが、君じゃ私に触れられません」

「何?」

「気づいてないでしょうから意識させてあげましょう」

「何が?」

「四肢に意識を向けてみなさい」

「四肢?」

 為す術もなく、言われるままやってみる。

 突如、激痛が襲ってきた。

「熱いっ!これはっ?あああああああ」

「君の拳が届かなかった正体ですよ。君の四肢はもう君の自由意志では動きません」

「はぁ……はぁ……何故……?」

「何故?何故ってそりゃ私に触れようとしたからですよ」

「ハア?」

「わからないみたいですね。でも飼い主がペットに牙を向けられないようにするのはおかしなことじゃないでしょ?」

「キサマァ」

「そう凄んだって何も私には届かない」

 苦しいがそのとおりだった。

 だが、希望もなにもないわけじゃない。

 今の状況は意味ある行動の先のものだ。

「はぁ……僕一人の命で……19人を救えたんだ……僕は……満足だ」

「本当にそう思ってます?」

「ああ」

「そうですか。最後になにか言いたいことはありますか?」

「僕は彼女を救えただろうか?」

 僕は外へは届かなかったが皆が出られたなら無駄ではなかったのではないか?

 それで十分……。

 ここで僕の意識は暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕はたった一人のために 川野マグロ(マグローK) @magurok

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ