僕はたった一人のために
川野マグロ(マグローK)
第1話
ここはどこだろう?
自分は誰だろう?
そんな問は発さずとも誰も答えてくれないだろうことは自分にはわかりきっていた。
それは絶望が理由ではない。
気づきだ。
ただ、目が覚めているだけの意識がはっきりしていない状態。周りを見回せば誰もがそんな表情とも言えないものを顔に貼り付け、呆然としている。
自分もそんな、頭の中が靄がかった状態だ。
可能なことと言えば、この部屋を調べることくらいだろうか。
何もわからない状態ではっきりしない意識でも、今、この場に何があるのかは確かめることができそうだった。
しかし、それにはなんの意味もないだろう。
これも気づきだ。
この部屋に一縷の望みなんてものはない。
さっき、人を見た時に気づいても良かったことだ。
この部屋に情報はない。
そこにあるのはただの人のカタチをしたナニカだけだ。
ならばと、自分の中のものに答えを求めた。
知らない場所、知らない人々、知らない自分。
その答えが自分の中にあることを求めた。
しかし、いや、やはり、そこにも何もなかった。
まるで、今の自分では干渉できない領域のようだった。
自分は一体何なのだろう。
このまま時が過ぎ去れば、何かがわかるのだろうか?
このまま時が流れれば、何もわからずただ、朽ちるだけだろうか?
その答えは今のところどこにもない。
僕はそこで、何かをすることを諦めた。
きっとそれが解答なのだと信じて。
現状、僕の動きを見ても、誰一人として動こうとしなかった。
この箱のように閉じられた世界では、きっと何もかもが無意味で何もかもが弱く、何もかもが脆い。
ならば僕は、
「……」
覚悟のために、空気をふるわせようとした。
今の自分はそれすらもできず、ただこの場に溶け込んだ。
この空間の存在の一つとして、この空間のいくつかの一つとして、この空間の一部として。
どれだけの時間が経ったのだろう。
自分はこの白い部屋で何をしているのだろう。
人々はただ、疑念を抱き部屋を隅々まで探っていた。
この場所にさらわれてきたときに最初に聞いたのは、
「この場で最後に残ったモノに好きなものを与えよう。それは物でも者でも構わない」
という、男の声だった。
おそらく、この男が僕らをここにさらってきたのだろう。
「このような状況で直ぐに行動には移せぬことを私は十分知っているよ。なので、とりあえずはこの映像を見てほしいのだよ」
その言葉が終わると同時に部屋は暗くなり映像が流れ始めた。
内容としては、今の僕たちと同じ状況に陥った人間たちが戸惑いながらも、勝敗があり、ルールのあるゲームを始めた。ゲームの内容に決まりはないようだが具体的に何をしているかはわからない。しかし、負けた方は次の瞬間画面にはいなかった。そのままゲームは続き、最終的に一人が生き残った。
その人物が集めた者の言う通り欲しいものを得た。
という物だった。
「どうだろうか?」
少し間があり、初めて僕たちの中の誰かが声を上げた。
「何がだよ!何がどうだろうか?だよ!この映像が本物かどうかなんてわかんねーのにやる気になれって方が無理だろ」
「そうだ!その通りだ!」
「全然説明になってないぞー!」
等と後に続けとばかりに飛ぶ怒号の数々、
「もちろんその反応は当然であろう。しかし、あれは現実なのだよ。そして、君たちにはあれと同じことをしてもらいたいのだよ。それでもまだ何かあるかね?」
「何か一つ程度でこんなことをする道理はない!」
と気づくと自分が口走っていた。
「なるほど……では少し大げさにしようじゃあないか!」
しんと静まり返り、
「好きな人生を過ごす権利を与えると言えばゲームを始めてくれるだろうか?」
その言葉に場は少しざわついた。
「普通の生活では得られないあんな物や、どんな者でも、望む通りのモノを全て与えようじゃあないか!」
これには少し考える気になってしまった者もいたみたいだ。
何人かが悩むような素振りをしている。
「オイ!悩むようなことじゃねぇだろ!」
「まあまあ、落ち着き給え、直ぐにとは言わないよ。私が集めたのだ。ゆっくり考える時間も欲しいだろう。客人としてもてなしつつ始まったらそれを楽しむまでだよ」
その言葉を発した時に、ガタンという音と同時に壁が開き現れた黒服に促される形で僕たちは部屋の外へと進んでいった。
「予定では全部で何体だ?」
「20体です」
「今何体いた?」
「20体です」
「良し!」
という黒服たちの会話で僕たちが全員で20人居るのだろうと思った。
しかし、『体』と言っていたから僕たちのことではないのかもしれない。
後で数えてみるか。
そのまま進んでいくと、ネームプレートが掲げられた部屋の列が見えてきた。
「自分の名が掲げられた部屋へ入れ」
という黒服の指示に一応従い僕たちは自分の名の掲げられた部屋へ入っていった。
中は簡単に言って豪華だった。
きっと誰もが一度は夢見るような部屋だ。
なので、誰の許可も得ずに物色を始めた。
すると突然テレビが点き、例の声が聞こえてきた。
「気に入ってもらえたかな?」
そう、僕たちをさらってきたものの声だ。
邪魔に思いどうにか電源を落とそうとすると、
「それじゃ消せないよ。まあ話を聞いてもらおうかね。私はニューロン。君たちをここに集めた……いや、連れ去った者だ」
というさっきの声の主が顔を晒して自己紹介を始めた。
「実を言うと君たちの記憶は思い出せなくしてある。それでも安心してほしい。名前は皆わかるようだからね」
と言われて初めて気がついた名前は部屋に入る時に何故かわかっていた。
僕の名前はイコル。
しかし、何かを思い出そうとしても名前以外何もない。
記憶が、脳が、真っ黒だ。
そこで急に恐怖を感じた。
ワカラナイ。
黒く、暗く、恐ろしい何かに包み込まれてしまったような感覚。
「あああああああ」
何も考えられない。
何も考えたくない。
気づくかず、意識せず自分は大声で叫んでいた。
顔はどこから出ているのかわからない液体でぐしゃぐしゃだ。
「「「あああああああ」」」
もう耳に入ってくる音が自分のモノかどうかさえもわからない。
ただ、恐怖を自分から押し出そうする。
できるのは、
「あああああああ」
叫ぶだけだった。
どれだけ叫んだことだろう。
やがて、
「まあこうなることも仕方のないことだろうね。先程見てもらった映像にも同じ光景が写っていたとは思うが作り物だと思っていたなら自分が同じ状況になるとは考えない。私だって想像しただけで鳥肌が立つよ。生きているのに何もなく真っ黒で真っ暗。フィクションでも嫌だね」
淡々と語るニューロン。
「なんだよそれ」
自分は安全圏にいるくせに。
急に怒りがこみ上げてきた。
それは恐怖が吹き飛ぶほどの怒り。
「お前は絶対に許さない」
「まあ落ち着くのだよ」
「何がだ?よくわからないまま連れ去られたことと自分の名前しかわからないことがどれだけ恐ろしいか思い知らせてやる」
「まだ私の話は終わっていない。映像の続きを思い出してほしいのだ」
「そんなこと」
「いいから思い出すのだよ!」
突然、見せられた映像が視界に広がった。
「ウッ」
映像の内容を思い出せている。
内容はやはり……連れ去られ……映像を見せられ……部屋へ行き……記憶をなくしていると気づき……
「しょくじ……?」
「そうとも!君たちは客人だと言ったろう。奪った分以上君たちをもてなさせてもらおうじゃないか!」
盛大に太い指を鳴らす音とともに現れた黒服に着替えさせられた。
「これは!?」
「一応、場にふさわしい格好ということで……もちろん嫌であれば元の服でも構いませんが……」
着させられたのは見た目がピシッとしたものだった。
が。軽く体を動かしてみると動きやすく、屈伸運動をするにも問題なかった
そのため、
「いやっ大丈夫です」
と咄嗟に答えていた。
部屋を出る前に、
「生きている間はね」
という声に振り返るも画面はすでに真っ暗になっていた。
「では、こちらへ」
そう言われ外に出ると他には誰もいなく静かだった。
タイミングがズレているだけだろうと気にせずついていく。
途中で特に会話もなく、最初にいた部屋の反対へ真っすぐ進んだ先にあったのが……食卓?食堂?
「お入りください」
と促されるまま入ってしまったため聞くタイミングを逃した。
中は広い部屋に長机の置かれた部屋だった。
やはり何故だかお金持ちがご飯食べてそ~。
という感想が浮かぶ。
椅子は人数分用意され、黒服は部屋の端で待機している。
よく見るとすでに19人が席に付き、空き席は一つだった。
人数は僕含め20人だったわけだ。
「いやー集まってくれて嬉しいよ」
話し始めたのは、これが初対面のニューロンだ。
「無理やり集めたと言ったほうがいいかなぁ?」
ニューロンの話し方が気に障ったのか一人の男が立ち上がろうとしたところを黒服に制されている。
しかし、よくわからない。
ニューロンは一体何がしたいんだ?
「まあ、リラックスし給え。食事の前に覚えている限りのことを話してほしい。ただそれだけだ。」
何だ。把握してないんだ。
「把握はしているが再確認というやつだ。さっきの君から。最後の君まで」
と指でなぞった順番は、僕から見て奥からこっち、奥からこっちと二列を進むようだ。
僕は最後だ。
「チッ」
わざと舌打ちが聞こえるようにオーバーなリアクションを取った男。
「速くし給え、君からだ」
「うるせぇな!わかってるよ!」
よく見るとここで一番に声を上げたやつみたいだ。
喧嘩っ早いのかもしれない。
「俺はバルト。それだけだ」
「ふむ、次!」
次々と進んでいったが最初のバルト以外は聞く気になれなかった。
眼の前の女性に見とれてしまったからだ。
あまりにも美しい。
形容できるものなんて思いつかない。
圧倒的な美しさだ。
「私はラット。よろしく」
彼女はいつの間にか立ち上がり自己紹介を済ませてしまった。
「次!」
ああ、ラットというのか覚えておこう。
「君の番だよ?」
「え?……ああ、ありがとう」
僕に話しかけてくれた!
精一杯自己紹介しよう。
「僕はイコル。以上!」
「良し。ありがとう。いや安心したよ。何がとは言わないがね」
その後もペラペラとなんだかよくわからないことを話しているが、ニューロンの言葉は無視して、僕はラットを見ていた。
皆、ニューロンの話に集中している為気づく者はいないようだ。
きっと情報がほしいのだ。
僕も皆も。
それでもバレた。
ラットが急に振り向いたのだ。
一瞬目が合い、ドキッとした。
幸いなことに僕に微笑み、また、前に向き直った。
僕がラットを見ている間に話は終わった。
すると食事が始まったが、賑やかにはならなかった。
響くのは食器の無機質な音のみ。
僕は、というと食事に夢中だった。
意識が勝手に食事に向かってしまうほどの魅力があった。
気づくと自分の分を食べ尽くし満足していた。
「一日目ありがとう。とりあえず、今日はゆっくりし給え」
ニューロンのその言葉で食事会は解散となった。
部屋を出る時ラットに話しかけられた。
しかし、会話をしたわけではない。
「君はまだ何も知らない」
と言われただけだ。
その事について考えるにはあまりにも情報が少なかった。
もうすでに人数が減っているということだろうか?
ワカラナイ。
そもそも、自分の情報が名前しかないのだ。
とりあえず、ニューロン言う通りゆっくり寝ることにした。
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