10
雷の嵐の勢いが穏やかになると、その隙をついて幾人かの花嫁たちがソニアに突進し、した先から一呼吸で消し飛ばされる。攻め立てる方が一方的に虐殺されるという滑稽な光景が形成されている中、しばらくして花嫁たちの後方から笛の音が高らかに鳴り響き、それと同時に残敵は波が引くように撤退していった。かのリーゼロッテ、白銀の花嫁団長が配下と共に襲い掛かってきていたのなら、さすが無双の霊闘士ソニアも自分を護りながらのこと、命運は風前の灯であったことダフネには肯定せざるをえない。その意図は奈辺にあったか謎ではあるが、ともあれダフネたちは敵大将リーゼロッテの気まぐれに助けられた形であろう。敵から圧倒的に見えたソニアも、そんな状態にあったのだった。
しかしそれを差し引いても、ソニアの何と比類なき強さであることか。
これが、ダヴィオニアの根幹となった帝室と、魔導貴族三王九公家の当主たちを守護し奉ってきた霊闘士の実力。自分は、あまりに幼く脆弱な身で、最強の武器を手にしたのだとダフネは確信した。
その最強の武器を、自分は使いこなせるのか。手にとって良かったのか。こんな、その場その瞬間の感情でのみ動くような未熟な自分が。
周辺が静まり返った後、内宇宙でそのような感慨と葛藤が吹き荒れているダフネの傍に、ソニアは傍へと歩み寄ってきた。
「ご無事ですか、陛下」
「平気なのですよ、ソニアが僕を護――」
そこまで言いかけて、ダフネは言葉を飲み込む。
敵のいなくなった地。立つは互いのみ。
幼子と、その保護者を務めた強く優しい『お姉ちゃん』は、もうどこにもいない。
ゆえに、そこに在るのは君主と臣下。
「――ええ。そなたのお陰で、傷ひとつ負いませんでした。その働き、褒めて遣わします、我が霊闘士」
「恐悦至極」
霊廟開闢以来の神童と。魔術にも槍技にも、歴代のどの筆頭霊闘士たちよりも高い素養を示し、幼き頃――まさに今、主と認めた眼前の少女と同年代の頃に、精霊より寵愛の声を賜ったとまでされる、将来を期待された女があまりにも幼い主へと膝を折り、頭を下げる。
「改めまして、今日この日より、我が身我が命は陛下の御手に」
ついにこの日が来た。このソニアが、ソニアという私人から真、霊闘士という公人となる日が。
嬉しくない、などということはない。魔術戦技に精通し、その実力を持って王に仕えたかったというのは前記した。しかし私人としての心はまた別である。
ダフネと過ごした私人としての日々、六年間というその歳月。積み上げられた記憶は公人となった今も優しく、未練となって胸奥に。それはまるで、遠く離れた故郷を想う枯れた老人の望郷の念のよう。
だがそれは、ダフネも同じ筈で。
優しい記憶は、薄れることはなく。遠ざかるほどに、きっとより切なく。これはそうした、黄金の日々への帰還の願望。果たされることは決してないと、分かっているからこその哀切。
――だから。せめてただ一人、そんな幼王に全霊を以て仕える者がいたとて、それでどうして他者より愚劣と責められる謂れがあろう。
そうだ。何が悪いのか。
誰が何を言おうと。誰が何を認めてくれずとも、この方だけが。
この方、ルセリナ国王ダフネ=インドゥライン陛下だけが私の、義務にして権利。
「この身は陛下の理想を成す杖となり、仇なす者を排し玉体を守護する槍となる。――霊闘士ソニア=セルバンテス、古の慣例に従い、ここに王の槍となることを誓う」
「聞き届けました、我が霊闘士。汝の誓いにより、今この時より我が血肉は汝の血肉と、汝の霊魂は我が霊魂と共に」
「我を闘士と」
「我を王と」
――きっと、『殿下』も同じ気持ち。
――きっと、『ソニア』も同じ気持ち。
もう、その呼称でお呼びすることは叶わぬけれど。
もう、名前で呼ぶような甘えは許されぬけれど。
でもいつか、全てを終えたその先に、再びここに帰ってこよう。今この時から帰還までに失われることになろう、二人の魂の肉親としての時間を取り戻すために、
「陛下を主と」
「汝を闘士と」
殿下と共に。
ソニアと共に。
「現世へと生まれ来る日こそ違えど」
「死して天にいずるその日は等しく」
だから、今この時より、
「ソニア=セルバンテスにとってダフネ=インドゥラインはその全てと」
「ダフネ=インドゥラインにとってソニア=セルバンテスはその全てと」
『生涯をかけて共に在るその『全て』となる』
冥暦七一二年九月八日。マリナス・ルセリナ連合王国の名目上の君主とされていたダフネ=インドゥラインは、後世、冥暦一万年時代の間に生まれた数多くの優雌たちの中にあって、あらゆる歴史家から『序列にして最高峰』と位置づけされる優雌、 “雷帝”ソニア=セルバンテスを、その手を取った。
「槍の誓い」・了
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