7
ダフネとソニアが地下水路を通り抜けて地上へと戻ると、そこは王都近郊の森林地帯ただ中だった。
王族専門の逃走経路でもある地下水路は複雑に入り乱れ、ここよりさらに遠くへと続く通路もあったのだが、ソニアはそちらの利用は考えず、ここで地上へと出ることを選んだ。隠れたまま遠くに行ける手段があるのに何故そちらを使わないのかと尋ねれば、ここが一番人里から離れており、かつ人目につかない場所だからという返事。ソニアにそう説明されれば、そんなものかとダフネとしては納得するしかない。
二人はなだらかな丘陵となっている森林の木々の隙間から、遠く王都の様子を眺める。時刻はすでに遅く、空の色は海から紅玉をも過ぎ去り深海のそれへと移行していたが、王都の様子は見て取れた。最下層の民町を除けば各家に魔法の明かりが灯っており、その明かりが束となって闇夜のキャンバスの中にルセリナの首都を浮かび上がらせている。状況がこのように切羽詰っていなければ、それは一種の幻想的な夜景として見る者の心を捉える美しさでもあったろう。
あの明かりの一つ一つに、王都に暮らす者たちの生活が宿っている。
普段、王城からでも城下町の光景は見ることは出来たがそんなことを意識したことはない。むしろ、そのような概念を今この時に抱き得るほど、深く民草というものを意識したこともない。それでもダフネは今この時そのような感慨に捕らわれ、そしてそんな王都の民を残して王都から逃げ去る自分に対して忸怩たる想いが浮かんだ。
ボクは、生まれてこない方が良かったのでしょうか。
そんな思いすら、胸奥を過ぎる。自分さえ生まれてこなければマリナスが自分を傀儡として利用することもできず、ルセリナの実効支配もできなかったのではないのか。そうすれば他の誰かが自分の代わりとなっていただろうが、その人物が自分より優れていて、今日のような体たらくになる前に、現状の改善に手を打っていたのではないのか、と。
逃避行に使うものは体力で、思考は使わない。ゆえに、息は切れても考えることはできてしまう。それを建設的な方向、たとえば今後のことに向けられれば幸いなのだが、惨めに、ルセリナ王族の住居たる都から落ち延びようとする今の自分を思うと、どうしても想像は暗く自虐的な方向へと向かってしまうのだった。
物思いに耽っていたそんなダフネに、ソニアが声をかけてくる。
「殿下、お疲れでしょうがそろそろ移動しませんと」
「……はいなのです」
王都の家屋ひとつひとつから漏れる魔法の明かりが照らし出す幻想的な王都の夜景から目を離し、ダフネは寂しげな顔でソニアに頷いた。
だがそうして移動を再開して数歩も歩かぬうち、前を歩くソニアが急に立ち止まった。勢いあまってダフネは、ソニアの太ももに顔面を突っ込ませてしまう。
「ソニア、急に立ち止まらないで欲しいのです」
鼻の頭をリンゴ色にして抗議を上げるダフネに、しかしソニアは事務的に告げた。
「……殿下。覚悟を固めてください」
それで意味が分からないほど、さすがにダフネも鈍くはない。意識を集中させると、金属音がこすれあう複数の音を聴覚が捉える。
鉄をまとう者など魔術師にはいない。魔物の中にはいないこともないが、王都近郊の一帯は定期的に魔物の掃討が行われ、人外の者の可能性は低い。ならば、あの音の正体が何であるかという答えは自ずと導かれるのだった。
「ど、どうしてバレたのでしょうか。ボク、準備にミスはしていない筈なのです」
「マリナスを、甘く見ていたつもりはありませんが……」
それが、ソニアの答えだった。
単純に、マリナスの警戒網がダフネとソニア――実質にはソニア一人の予想を上回っていたということだろう。ダフネの準備を見られていたと考えるのが普通だろうが、多分、それ以前の段階で読まれていたと思われる。
マリナス側もソニアただ一人に出し抜かれるような間抜けではなかったということだ。
もっとも、ソニアも読まれていることはある程度覚悟していた。あれだけ昔からマリナスとの間で我が身を省みずダフネの防波堤を努めてきたのだ。マリナスが、霊闘士であるソニアの中に保護愛以上の何かをダフネに求める想いがあると想像するのは呼吸するより簡単なことであったろう。
それがゆえに、脱出するなら王と霊闘士の誓いを交わしておきたかったのだが――とは言うまい。言えば愚痴になる。霊闘士が仕えるべき主に愚痴を零すなどあってはならない。ソニアはダフネを後ろに下げ、黙って槍を構えた。
丘を下りて逃げるにも、まずはすでに登ってきている神官たちをどうにかしなければならない。
数は圧倒的に不利。なれどまだ、絶対絶命とまではいかない。
元より武芸と魔術の極みにたどり着けるであろうと見込まれた才ある者が選出される霊闘士、開けた広野であっても相応の数に出血を強いる。それが増して木の生い茂る森林地帯でさらに高位置の側であればなおのこと、まだダフネというハンデを差し引いても、ソニアは駆け上ってくる神官たちに木陰と高低の優位で対応することができた。
しかし神官たちはしっかりと訓練の行き届いた者たちばかり、雑兵などとは間違っても称せぬ手誰揃い。
事ここに至ってしまえば、マリナスの対応を気にして手加減などという迂遠な真似をしなくていいことだけが救いだった。ソニアはそれまで溜まっていたマリナス教国への怒り、その鬱憤を晴らす意味も籠めて、相手の生死を度外視して得物の槍を縦横無尽に突きまくる。この場合、森林の中は振り下ろす神官たちの錫杖より突きを主体に出来る槍が有利に働いたのも大きかった。
そうしてしばらくすると、ソニアに優位を与えていた木々がまばらになり、さらに逃げるには丘を駆け下りねばならず、下りれば高低の優劣すらもなくなっていくのは自明の理。そうした中、森林に遮られていた視界が完全に明瞭になった月明かりの元で見たものは――
マリナス教国サイラス神殿軍一二騎士団が一、“白銀の花嫁”一千前後が、正式武装たる白銀の鎧を天から降り注ぐ月光で同質の輝きを照り返している光景だった。
王の奪還に、マリナスは虎の子の“白銀の花嫁”を何人割いてくるか。ソニアはそれを数百人と踏んだのだが、マリナスはその数倍の数を用意したのだ。
マリナスは、この時代にはもう伝説の類となったダヴィオニア三王九公家に仕える水準の霊闘士の真の実力は知らないはずであり、多勢を動かせば対外に隠せなくなることを踏まえ、それくらいの数と割り出したのだが、どうやらマリナスはソニアの実力を過小評価しなかったらしい。あるいはソニア自身が、自己の評価を過小評価していたとしたものか。マリナスは王に逃げられたという恥を隠蔽するより、王を逃がそうとした霊闘士と霊闘士に唆された王への待遇の変更という事柄への大義名分を得ることにしたようだった。
「殿下、申し訳ありません。ここまでです」
丘の森林の中で、戦うソニアの後を敵に見つからぬよう、全力で木陰に隠れつつ駆け付いてきたダフネにそう告げる。
そうしている間に、“白銀の花嫁”団長と思しき影が、花嫁たちの後方で腕を高らかに天へと伸ばしたのが見えた。
あの腕が振り下ろされた時――自分たちは、終わる。
「……多すぎますですか、霊闘士のソニアでも」
「殿下。最後に厳しいことを申し上げますが――王命なくば、私はどこまでいっても見習いに過ぎません」
その言葉に、ダフネは目を丸く見開く。
それは。真の霊闘士であったなら超えられる、という宣言に他ならない。
それは。自らを裁けと言われることよりも堪えた。
何故ならそれは。ここで死ぬのは、ダフネの優柔不断のせいなのだと。自分のせいで、ソニアという霊闘士見習いは死ぬのだと言われたに等しかったから。
そして――敵団長の腕が前方に、すなわち自分たちに向けて振り下ろされた。それを合図に、白銀の鋼鉄で着飾ったマリナスの花嫁たちが、二人に向けて一糸の乱れもなく動き出した。ソニアはせめてもと、生涯最後の守護役を務めようとダフネの前に立つ。
「殿下、最後です。……今まで、厳しいことを申し上げ続けてきたこと、謝罪します」
マリナスに今ここで錫杖の元、殴り殺されて物言わぬ肉塊とされるか。そのまま連れ戻され、お飾りとして意に沿わぬ婿を宛がわれ、身心を蹂躙された後、子を孕まされるか。そんな最悪の未来に怯え始めようとしていたダフネの心を、そんなソニアの囁きが捉えた。
「見習いの私一人では、殿下のお命と尊厳、共に護り通す道は切り開けませなんだ。この無能者、お許しくださいなどとは申せませんが、それでも殿下をお慕い申し上げていたこと、これだけは今まで仕えた対価として信じていただければ救われます」
理由など分からぬ。だがダフネはそのソニアの一言に、心が砕け散りそうな衝撃を受けた。
そうしている間にもせまりくる敵。
王の命なくば霊闘士は霊闘士たりえず、数の力学に屈し死ぬより他なしと言って断じるソニア。
ゆえに、最後にと。自分への思いを告げたソニア。
命だけではなく尊厳もと。自分を殺すと言ったのは、不甲斐なき主君へのケジメではなく、ダフネの魂の尊重のためだった。見限られたのではなく、愛されていたが故なのだと。ここで、やっと自分ひとりの恐怖からダフネの心は脱却した。
そしてダフネはかつての問いを再び自問自答する。この脆弱なる身が、あの最強の“槍”を手にしていいのかと。
それはきっと、ひとたび選べば後戻りの叶わぬ、互いにとって至難の道。
方や、幼王を擁してその千とも万ともつかぬ敵たちと一人、戦い続けていかねばならず。方や、幼い身の上で臣下はただ一人、至弱の身の上で強大な敵を相手取り魔導貴族たちを統合し救国を成し遂げねばならない使命を帯びる。
ゆえに、苦難どころではなく至難。
苦しい難儀、どころではない。この上がないというくらい至上の難儀。命を、喜びや楽しみの時間を獲得する手段と定義するのなら。たどり着けると思う行為すらおこがましく、ましてそれに向けて歩き出すなど愚かしいだけの偽善。
口で言うことの、何という容易さか。その前途は茨の道すら理想郷への階梯と思える、まさに辛酸苦難のみが待ち受けている黄泉路であること疑いない。
それこそ、ここで敵に打ち砕かれて死んだ方がマシなほどの。
しかし、そのままでは共に討ち死に。
死ぬ。死んでしまう。自分は元より、ソニアが。
だから。
「――闘士よ」
王として生きる覚悟などない。だけど。
――城内を探索していて、気づいた時には迷子になっていた。
疲れた足を、半泣きで引きずって歩いていた。よほど変なところに入り込んだのか、いつもはどこにでもいる侍従の姿がまったくない。
空はすでにリンゴ色からインクのそれへと変えつつあり、光は周囲から急速に失われていく。半泣きが号泣に取って代わる数秒前、それはきた。
「こんなところにいたのですか、殿下」
心からの心配と、それが解消された笑顔とで迎えに来てくれた、それは優しさ。
「ダメではないですか。このような人気のないところに一人で足を伸ばされるなど……困ったお方だ」
泣きべそ掻いて大声でソニアの名を叫び、その胸の中へと飛び込んだ。
「遅いのです。れーとーしが何をしてたのですかっ。れーとーしならボクがどこにいてもさっさと見つけに来るのです」
「い、いえ殿下、いくら私でも可能と不可能なことが……」
「れーとーしの返事は一つなのですっ!」
「――やれやれ。イエス・ユア・ハイネス。さぞお腹が空かれたでしょう? 戻って食事にしましょうね」
そうしてソニアに抱き上げられる自分。
ですが殿下、今後、隠れるにしてもこのような人気のあまりに少ない場所にだけはこないでください。ソニアのお願いです。
優しく抱かれ、優しく囁かれる。その日その時から、母を知らぬ、より正確にはマリナスに母を奪われた自分にとり、そのソニアの腕の中こそが唯一無二の安楽の園となったのだった。
「霊廟に傅き王に仕える者」
正直、ルセリナの臣下万民の幸福と言われても明瞭なイメージなど獲得できない。
自分の幸福を、せいぜいがソニアの分までイメージすることで精一杯。
――嫌いになる時もあった。
とはいえそれは一年月といった単位のことではなく、一週一日ですらなく、ただほんのわずか数時間。勉強と体術の訓練の時、優しいお姉ちゃんはどこにもおらず、厳しいお母さんが容赦なくダフネを鍛える。しかしそれが幼女には嫌われたとしか感じられず、そんな時間だけはソニアが嫌いになった。
訓練・学問の時間が済んで嫌いになってから、一〇数分もせずしてソニア手ずからお菓子を食べさせてもらうと、途端に大好きなお姉ちゃんへと元に戻る、それは本当に他愛無い、些細な嫌いに過ぎなかったけれど。
口の回りをお菓子で汚しつつ、満面の笑みで思ったものだ。自分と、自分に優しいこの“お姉ちゃん”がいてくれれば他には何もいらない――もっと言ってしまえば、それ以外の他のことなどまったく意識すらしなかった、と。
「霊廟への至姿を以て王を崇め奉る者」
そんな、無知矮小たる自分に何かができるなどとも信じられず。
ゆえに、そんな自分が歴代最高の霊闘士に相応しい主とも思えない。
――言葉を覚え、魔導を修得すると、物心も多少早くつく。
その物心で感じたところを率直に言えば、自分、ダフネ=インドゥラインはどうやらあまり有能と称するに足る才能はどの分野にも保有していないらしいと言うことだった。
学問も身体能力も人並み以下。これといって秀でたものなど何もなく、ただただ平々凡々、王族というだけが取り柄の無能者。
宮廷の物陰で、自分に関わる話を聞いた。
曰く、霊廟開闢以来の天才児・ソニア=セルバンテスはあのような大陸の操り人形のお守りには相応しくない、と。
王家も、途絶えることかがないよう各地にその血を残し、貴族号を与え、有事の際には本家断絶の緊急時のため王位継承権が与えられている。
だから。もう、生まれた時からマリナスの手に捕らわれ飼いならされたあの『傀儡』など切り捨てて、地方の王族に仕えてもらった方がルセリナ全体の復興は目がある、と囁かれていたのだ。
ダフネ自身もそう思った。ソニアの才能の豊かさなど、誰より傍にあって見て触れてきた自分が一番良く知っている。それに比べて、王族が年に何度か開く祝賀で会する同年代の親類縁者たちの粒揃いなこと。あんな子らの横にいればこそ、ソニア本来の気高さ美しさが主従の鑑として映えるんだろうなあ、などと、悔しさからとも惨めさからともつかぬ涙と共に思ったのはつい最近のことだ。
そしてそんな並以下の頭でも、物心がつくと分かることがある。
迷子になった時の悲しさ、好きな食事を取られた悔しさ――ああ、それらはなんと可愛らしい悲哀悔恨であったことだろう。
自らに、努力の蓄積が開花へと繋がる魔導の才がないと知った時の悲しさ、身近に、努力が正比例して報われる巨大な才がある者への嫉妬。逆立ちしたとてどうにもならぬ、人間としての器の限界。そのことが関連した末の、人々から受ける失望と他の人間への期待……
それらを思い知らされた時の悲哀憎悪、物心がつかぬままであったなら無知の聖域で幸福でいられたそれらの事実。
ソニアへの嫌悪の情が、幼少の頃などとは比較に鳴らぬ深刻さで自らの心の奥底で芽吹いたということを、物心というのは否応なしに自覚させてくる。
それでも。
「汝、王に仕えルセリナを守護せし霊廟の闘士、王たる者の矛にして盾」
それでもたとえ、この先にいかような至難が待ち受けようと。
自分、ダフネ=インドゥラインには、今この場でソニアを失う苦しみに勝ることなどないと、知っているから。
決して、好きというだけの相手ではない。ダフネにとってそんな一言で表現できるような単純な相手では、ソニアはない。
有能で、それがゆえに嫉妬の対象であり。子供の自分から見て誰より綺麗で色香にも事欠かぬ、自らの幼さ、矮小さをいやがおうにも思い知らされる大人の女。そんなソニアを超えたいと願いつつ、ソニアがいなければ何もできない自ら、そのコンプレックスの源泉たる存在。
好きなだけではないというのは事実。
しかし、それは確実に “好き”でもあるということ。
好きだからこそ思うのだ、近づきたいと、ああなりたいと。それがゆえに妬むのだ、近づけないと、ああなれないと。
ゆえに。ソニアに愛される、護られるということは、喜びと、それと同質量の苦しみが伴う事象。
切って切れるような間柄ではなく。仮に切られれば死ぬより辛く、切らずにおれば暗き炎で果て無く自尊心が焼かれる運命。
そして。そんなソニアが私を、共に死んでも構わないと。それでも、仕えるべき人間だと言ってくれるなら――
――いや違う。
ああ違う、違う違う違う違う違う。
そんな七面倒くさいこと、今のこのダフネ=インドゥラインには関係ない。
「汝、我らが楽土を冒す者からの盾」
――私はあの方がご幼少のみぎりより傍に仕えております。霊闘士に主の元から去るなどという道はなく、まして他の主などというものはありえない。私自身か、あの方が滅ぶ時が私の滅ぶ時です。政への懸念は王族がたの義務にして権利。臣下の身でそれを思い煩うは分の相応から外れます。リリアーヌ殿ご理解を。
物影で、有力な宮廷官僚がソニアに、王都より脱して地方の王族の下に駆けつけ助力し、以てルセリナ復興への手助けとなってほしい。たまたま物影で、有力な宮廷官僚が告げた言葉への、それがソニアの返答だった。
ソニアほど優れた大人なら。幼少の自分がいくら隠したつもりになっていたとて、自分から嫉視され時に憎悪すらされていることなどきっと感づいている。その上でのその言葉、それを聞いたときの自分の様々な感情。
嬉しくて、でも惨めで、でもたまらなく恋しくて。
あんな様々な感情の渦を、色とりどりの想いのうねりを、その内世界の混濁を表現しうる言葉はいまだダフネの内には存在しない。
なのに。
私の気持ちを、ここまでかき乱しておいて。
私に何もかも勝ったまま、私の目の前で死んでいくなんて許さない。
王がどうとか。器がこうのとか。仕えるべきとかべきじゃないとか、ルセリナどうなるこうなるとかそんなこと、少なくとも今の私には関係ない。
許せない。
私を何もかも負かしたままソニア=セルバンテスが失われるなんて、そんなことは許さない。
これはただ、それだけのこと。
「汝、我に仇なす者滅ぼす矛――」
たとえそれが本心から目を逸らした、紛い物の決意、嘘偽りの誓いであろうとそんなことは知らない。
ソニアに負けたままソニアが死ぬなんて、認めない。
ソニアが自分の目の前で死ぬなんて、認めない。
たとえそれが数分数秒の差でしかなくとも、自分より先に死ぬなんて、認めない。
ソニアが勝ち逃げしたままで先に死ぬなんてこと、認めない。
そんな許容できないこと、断じて認めてなるものか――
「――ルセリナ王ダフネの名において命ずる! 霊闘士ソニア、我を愚弄しマリナスに仇なす者どもを粉みじんに打ち砕きなさいっ!」
それはダフネではなくルセリナ王の文言、ゆえに言葉は言霊へと昇華しソニアの周囲を取り巻き満たす。満たされた魔力が微風の姿であったはごく数秒。往古、ダヴィオニアを支えし九公家が一つルセリナを守護せし精霊の恩恵はすぐに強風へ、暴風へと進化する。
その猛威に、ソニアは返答する。
「――イエス」
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