結局ソニアは、ダフネに言いくるめられる形で逃亡行の提案を呑んだ。ダフネのその場しのぎ的な発想と提案に『迂遠な』と苛立つ気持ちは確かにあったが、ダフネを手に掛けたり、ダフネに王という重責を背負わせることを思えば、この脱出行に命を賭けることの方が何千、何万倍も気が楽であることも事実だった。ソニアとしては、それと見抜き自分が断れぬと承知で聖断を先延ばししたダフネの、そんな小ずるいところが癪であったのも事実だが……


 ともあれ、事は慎重を要する。そうと決まってから二人は、その日からさらに一週間を掛けて逃亡のための道具や食糧といった準備を整え、決行の日付を定めた。マリナスのお偉方が傀儡をみすみす指を加えて逃がしてくれるようなバカどもであったなら、最初からこんな苦労はしていない。


 もっとも、二人とは言うものの実際の準備はほぼダフネが一人で行った。


 ソニアが、ではなくダフネが、である。マリナス教国から厳しく監視されているのは王という肩書きがあるだけの単なる幼子に過ぎないダフネではなく、将来を嘱望されている天才霊闘士たるソニアであった。またダフネのしばしば城内に隠れるクセは有名だったので、それらを併せて利用し、ソニアが必要な物資をどのように集めるかを伝え、それをダフネが準備するという形をとったのである。


 ダフネはその話を聞いた際、随分とソニアは素早く計画を立てたなと驚いたが、ダフネが生きると決めたならどのみち王都から脱出せねばならなかったため、計画だけはもう何年も前から立てていたということだった。ソニアが、あまり厳しくダフネの隠れんぼグセを叱り付けることなく、止めさせようともしなかった理由の一端がここにあったのだとも。


 その話を聞いて、ではこの有事をもう数年前から考え、その上で自分の遊びを放任していたのかと知り、ダフネは目を見開いて驚いたものだった。


「――いやでも待ってください? 放任と言っても、隠れんぼを実行した直後の槍術訓練はいつもとっても厳しくされましたですよ? そんな深遠な理由があったならもう少し加減してくれても良かったのでは?」


「そこで甘やかしたらマリナス教国に疑われていましたので。ええ、決して決して、広大な城内から探し出す手間を取らされた鬱憤を晴らしていたとか、そんな大人気ない理由ではありません」


「ではお菓子を取られた腹いせですか?」


 今度はソニアは何も答えなかった。無言をもってダフネから目を逸らすのみ。


「図星ですねコンニャロー。お菓子取られた腹いせに主君をボコるのは犯罪ですご注意くださいなのですよ」


「さ、殿下お急ぎを。グズグズしていてはマリナスに見つかります。そうなっては万事、おしまいです」


「思いっきり誤魔化してやがりますですね? さすが今代霊闘士の幼い頃からのブレない平常運転に、私ルセリナ王は脱帽せざるをえない今日この頃なのですよ」


「では、食べ物を召し上げられてしまった者の恨み節を再開してもよろしゅうございますか?」


「何をしているのですソニア、マリナスに見つかる前に急ぎましょうなのです、見つかっては万事おしまいなのですがいかがお過ごしでしょう私は元気です」


 そんな呑気な会話を交わしつつ二人は、城には秘密裏の設置がお約束の、城主一族専門の秘密の抜け道を魔法光頼りに移動していった。


「始めたな。霊闘士」


  “白銀の花嫁”団長リーゼロッテは、王都の一角に、建設されてよりもう一五年近く経つマリナス教国神殿騎士団専門の営舎、その中にある団長室で、部下よりソニア=セルバンテスが国王ダフネ=インドゥラインを拉致し王族逃亡用の地下水路に潜った旨を聞き、その美貌に剣呑な笑みを閃かせた。


「兼ねてよりの手はずどうり、追跡隊を準備させよ。五分だ、急げ」

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