4-6
長くて短い時間が過ぎて、デモ地を囲うフェンスの外に、黒い車が止まった。降りてきたのは宿屋のマスターと、細身の男性だった。
アマネは見覚えがあった。まだモニター越しにしか会ったことがなかったが、左耳にプレート状のピアスをしている――神庭だった。
「なんだ、もう終わってるのか」
神庭はデモ地の中心で座り込んでいる三人を一瞥してそれだけ言うと、つかつかと三人のもとへ歩み寄った。
咄嗟にウタタがユキを背に庇う。それを見て、神庭の目に不思議そうな色が浮かんだ。
「おや、怖がられていますねぇ」
神庭の後ろをぴったりと着いてきた宿屋のマスターが面白がるように笑った。
「お前が余計なこと吹き込んだんだろ」
神庭は忌々しげに宿屋のマスターを睨みつけると、はぁと嘆息した。
「木ノ窪遍。どういう状況か説明しろ」
指名されて、アマネは立ち上がった。
「ユキがウタタのブラックキューブを奪おうとして大喧嘩になったけど、もう仲直りしたところ。ユキの首に埋め込まれているチップを取り除く方法を教えて欲しい」
それだけで言うと、アマネは再び座り込んだ。
「……お前、それだけで説明を終わる気か? いい度胸してるな」
「度胸はないけど、疲れてる」
ぐったりしているアマネを見て、神庭は呆れたようだった。
「なんで立ち上がったんだよ」
「ご指名だったから? いや、おれももうちょっと話せるつもりだったんだけど、立ったらダメだった」
原因ははっきりしていた。脇腹の針が刺さったところだ。当たり所が悪かったのか、出血が止まらない。
「宮瀬、止血してやれ」
宮瀬、と呼ばれた宿屋のマスターが、アマネの横に座り込んだ。
「……おやまあ、これはよくありませんね。車に救急箱があるので取ってきます。少々お待ちください」
「ありがとうございます。えっと、宮瀬さん」
宮瀬はにこりと笑うと、「いえ、私はただの宿屋のマスターです」と言って車へ向かった。
「チップを取り除く、か。梨木転、それでいいのか?」
神庭はアマネからウタタへ矛先を変えた。
ウタタはユキを背に庇ったまま、頷いた。
「はい。僕からもお願いします」
「殺されかけたんじゃないのか?」
「……かけてません。僕は、チップが取り除かれた後のユキと話がしたいです」
神庭は「そうか」とだけ言うと、ウタタの後ろのユキへと視線を向けた。
「漆野雪。なにか言いたいことは?」
名前を呼ばれたユキがビクリと身体を震わせた。
「……ごめんなさい」
「それは何に対する謝罪だ?」
「いろいろ……。ウタタのブラックキューブを取ろうとしたり、スナイパー君に怪我をさせたり、それにカペラ吊り橋のブラックキューブを盗んで勝手に使ったり、」
「三つ目に関してはアカウント停止だ」
「え……垢バンってこと?」
告げられた処置にユキは寂しそうに俯いて、「はい」と返事をした。
「それで終わりか?」
顔を上げたユキは一瞬迷って、意を決したように神庭を見た。
「たっ……たす、けて、ほしい」
ユキの言葉を聞いて、神庭は意外そうな顔をした。
「……漆野博士の研究所の子供で、それを言えたのはお前だけだな」
きょとんとするユキをよそに、神庭は携帯端末を取り出すとどこかへ電話を掛けた。
「――お久しぶりです、氷室先生。これから怪我人を連れて行きます。子供三人、うちひとりはチップ付きです。…………ええ、チップは差し上げます。本人は返してください」
電話の内容を聞きながら、アマネたちは顔を見合わせた。意味を理解したウタタが、後ろを振り返ってユキを力いっぱい抱きしめた。
救急箱を持って戻ってきた宮瀬に応急処置を施されながら、アマネは失血で気絶した。
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