4-5

「ユキ」


 もう一度ウタタがユキの名を呼んだ。

 震えるナイフの先は、下されないままだった。


「ユキ、ごめんね。僕もユキを騙した」


 言って、ウタタはナイフの切っ先を掴むと力尽くで投げ飛ばし、ユキの腹を浮かせるように蹴り上げて拘束を抜け出すと、ユキを背後から押さえつけた。


 一瞬でうつ伏せに組み敷かれたユキは、何が起きたのか分からず唖然としていた。


「ヘッドギアを奪い取れば、僕がジグリアを使えなくなると思ったよね。そう思わせるためにわざと装着してたから。……それに僕、ユキにずっと嘘ついてたんだ。足は治ってるって。本当は治ってない」


 力なく首を垂れるユキは、しばらくの沈黙のあと、絞り出すように呟いた。


「足……治ったんじゃなかったの? もしかして、ずっとジグリアを使って歩いてたの?」


 ウタタが頷いた。


「そうだよ。ねえ、ユキ。私が適合者になってやってることって、歩くことなんだよ」


「なにそれ。それが本当なら、確かにヘッドギアは付けてなかったけど、なにそれ……」


 俯いたユキは、もう一度「なにそれ」と呟くと、ポタポタと涙を落とした。


「アマネ、残りのドローンも壊して」


「うん」


 手を出せずにいたアマネは、ウタタの要望通り、残りの四体のドローンを撃ち抜いた。


「おれは、目が見えない。ジグリアのスナイパースキルの一つを目の代わりにしてるんだ。だから、適合者になってやってることは、見ることだね」


 睨みつけるような視線を感じたアマネは、半ば言い訳のように告白した。


「……なにそれ」


 抵抗の手段を失ったユキは、もう泣くだけの少女だった。


「ユキ。他に何か方法がないか考えよう」


 ウタタがユキの背中から降りると、ユキはゴロリと仰向けになって泣きじゃくった。


「方法なんかないよ。チップがずっとうるさいの。パパが褒めてくれるよって囁くの。そう言われたら、何も考えられなくなるの。だから私は、そうするしかないの」


 ユキの横にウタタも寝転んだ。チップというのはどうやら、洗脳装置も兼ねているらしかった。


「チップを取り除こう」


 ウタタの言葉にユキは首を振った。


「できないよ。脳神経と繋がってる。取ったら頭がおかしくなるし、もう褒めてもらえない」


 アマネも二人の近くに腰を降ろした。


「シリウス社ならなんとかしてくれるかも知れない」


 アマネの言葉にもユキは首を横に振った。


「シリウス社が私を助けてくれるはずないもん。誰も、助けてなんかくれないよ。パパしか褒めてくれなかったもん」


 ウタタが手を伸ばしてユキの頭をそっと撫でた。


「僕もいっしょにお願いするから」


 アマネが「おれも」と続くと、ユキは首をかしげた。


「ユキとスナイパー君が頼めば、助けてくれるの? 適合者だから?」


 わずかに羨望の混じった問いにウタタは困ったように眉尻を下げ、アマネも返す言葉が思い付かず、気まずい沈黙が流れた。


「……まだ、ユキは」


 沈黙を破ったのはアマネだった。


「ユキは、助けてって言ってない。シリウス社が助けてくれるか分からないけど、でも、助けてって言わないと、助けられるものも助けられないと思う」


「……たす、けて?」


 ユキはたどたどしく、その言葉を言った。


「うん。言ってみよう」


「……たすけて。たすけて。……くるしい。うるさいの。……ここから出して。助けて」


 ユキは決壊したように繰り返した。


「きっと大丈夫。もしダメだったら、僕といっしょに逃げよう」


 ウタタに頭を撫でられながら、ユキは幼子のように泣き続けた。



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