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――消耗戦だ、とウタタは最初から思っていた。ウタタはユキを殺す気はないが、ユキはウタタを殺すつもりで、そのうえで互いにブラックキューブを使って身体を守っている。適合者ではないユキがどうやってブラックキューブを操っているのか分からなかったが、ユキを蹴りつけた最初の接触で、あれはまちがいなくブラックキューブだと思った。


 殴っても殴ってもダメージは互いに薄い。一度ウタタは斧の攻撃を左手でまともに受けてしまったが、身体にまとったブラックキューブの装甲を完全に壊される前に、どうにか受け流して難を逃れた。逃れることができてしまった。だからこれは最初から、どちらかの体力が尽きるまでの消耗戦だった。


 ユキがおかしい。


 最初からそうだったのにウタタが気付けなかったのか、途中から狂いだしたのか分からないが、適合者となること――その考えに完全に支配されてしまっている。


 ウタタはちらりとアマネの様子を窺った。鳥に追い回されていたアマネが、鉄塔を登っていく。うっすらと防御壁がアマネを覆っており、ウタタは少しだけ安堵した。


「ウタタがわるいの!」


 攻防のさなか、ユキが唐突に叫んだ。


「諦めてたのに! 適合者なんていないんだって思ってたのに……! 楽しかったのに!!」


 斧を振りかざしながら、ユキは泣いていた。


「でもダメなの……ウタタが適合者だったから! 私が適合者にならなきゃいけないの!」


 叫ぶ姿が痛々しい。ウタタは、ユキを止めたいのに、どうすればよいかわからなかった。


 横薙ぎに振るわれる巨大な斧の軌跡を読んで、ギリギリで躱した。


 躱して、すれ違いざまにユキの肩を拳で狙う。武器を叩き落したい。が、ふいにユキが斧の重さに引きずられるようにバランスを崩し、拳はユキの首筋を掠めた。


「……え?」


 ユキのうなじの辺りで、何かがチカチカと光っていることにウタタは気付いた。


 なんだ、あれは。浮かんだ疑問の答えをウタタは知っていた。


――チップ。漆野真也が実験体にした子供たちに埋め込んだ神経チップ。


 バランスを崩したまま体勢を立て直せずに、ユキは転んだ。同時に、巨大斧がその形を失って、バラバラの粒になって砕け散った。


 飛び退ってユキと距離を取ったウタタは、腹の底から怒りが湧くのを感じた。


――チップ。ユキに。ユキの首に。漆野真也。実験体。薬物投与とチップ。


 ユキが、手をついて立ち上がろうとする。明らかに様子がおかしかった。先ほどまでとは打って変わって、身体が重そうだった。


「……はぁ、はっ、……くそっ」


 ユキがジグリアを使えなくなっている。アマネがなにかしたのだろうか、とウタタは思ったが、確認する術はなかった。


「ユキ、もうやめて。適合者になったって意味ないよ」


 ウタタの言葉に、反発するようにユキは「ある!」と叫んだ。


「ある! あるに決まってるもん!」


 子どものように叫ぶユキは、ふらふらと立ち上がった。ウタタは駄々をこねる子供をあやすように優しく問うた。


「適合者になって、それからどうするの? 褒めてもらって、そのあとどうするの?」


 ウタタの問いに返ってきた答えは、相変わらず空っぽだった。


「……どうもしない! 適合者になったら、褒めてもらうの。利用価値のある私になれたら、それで終わりなの。やっと終わりにできるの。終わるんだから、意味はあるもん!」


 空っぽで、そのくせ本音しかない答えだった。


「そっか。ユキは苦しいんだね。適合者になる以外の方法で、ユキが苦しさを終わりにできる方法を探そうよ。僕も手伝うから」


 信じられない提案をされた、とでも言うように、ユキの目が見開かれた。


「他の方法? そんなのないよ。なんで? なんでそんなこと言うの? 私はウタタのこと殺そうとしてるんだよ? なんでそんなこと言うの?」


 ウタタは笑った。


「ユキのことが好きだからだよ。二人でダブルクインだった。僕はユキと遊ぶのが楽しかった。ユキは、楽しくなかった?」


 その問いの答えを、ウタタは既に聞いていた。ウタタに問われる前から、ユキは〝楽しかった〟と叫んでいた。


「……楽しかったよ。でもだめなの。チップがうるさいの」


 笑って、それでもユキは首を振った。チップがうるさい、その意味をウタタは推し量って、解決する手立てを必死に考えた。


「――なら、続ける? もうユキはジグリアを使えないように見えるけど」


 ユキが背中に手を回しながら頷く。


「そうだね。私のジグリアは偽物だから、ゲーム環境を再現してるドローンを落とされたら使えないんだ。スナイパー君が気付いたみたいだね」


 背中から戻されたユキの手には、大ぶりのナイフが握られていた。ブラックキューブで構築されたものではない、ただの純粋なナイフだ。


 ジグリアを使えなくなっても諦めないユキに、ウタタは身構えた。力なくナイフを構える姿は危うく、とてもまともにナイフを扱えるようには見えなかった。駆け出す足元も頼りない。


「ウタタ! 気をつけて!」


 鉄塔から降りてきたのか、アマネの叫び声がした。


「……え?」


 目の前まで迫ったユキが、ふらついたかと思うと、突如加速した。


 足払い。


 ウタタが気づいた時には遅かった。ユキの足がウタタの足を薙ぎ払い、ウタタは体勢を崩された。


「ウタタ!」


 アマネの焦った声が響く。驚くようなスピードで、ユキはウタタのヘッドギアを奪って投げ、そのままウタタを組み敷いた。


「……ユキ」


「騙してごめんねウタタ。ドローンを壊されたのは本当だけど、四体残っていれば立体空間が作れるから、まだ私はジグリアを使えるの」


 ユキはウタタの額にナイフを突き付けて言った。


「ユキ、僕を殺せる?」


「殺さなきゃだめなの」


 ナイフの先は震えていた。


 ウタタは真っ直ぐユキを見て、まるで殺されることを受け入れたかのようにも見えた。


「ユキ」


 ウタタがユキを呼ぶ。


 ナイフは突き付けられたままだった。


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