4-3
はじまってしまった戦闘を目の前に、アマネは早鐘のように脈打つ心臓をなだめようと深く息を吸った。
怖い。
カペラ吊り橋で遠くからバトルを見ているのとは全く違った。この至近距離で、ウタタとユキが互いを傷つけあっている。安全なゲーム内ではなく、本当に怪我もするし、死んでしまう可能性もある現実で、殴りあっている。
ウタタ達を気にしてばかりもいられない。アマネはスピカに追われていた。鼻が利くのか、スピカは正確にアマネの後を追ってくる。
生き物の形をしたそれを撃つことを、アマネは躊躇っていた。
「……あれは、生き物じゃない」
走りながら、アマネは自身に言い聞かせた。仕組みは分からないが、所詮はデータの塊に過ぎないはずである。
リングをスピカに向けた。的としては、ガーゴイルとさほど変わらない大きさだ。多少動きが早いが、やってやれないことはないはずである。
「――はっ」
アマネは短く息を吸った。遠くからウタタとユキの戦闘音が聞こえる。巨大斧が鉄塔に叩きつけられる鈍くて高い音が響き渡る。
自分に向けて走ってくる愛らしい姿の的に照準を合わせ、アマネは撃った。
「……!」
アマネは走り続けた。撃ち抜かれたスピカは、ゲーム内のように光の粒になって消えるのではなかった。破裂して四つの塊に分かれたかと思うと、灰色の鳥に姿を変えて再びアマネを追跡し始めたのだ。
「殺せない……?」
呟いて、アマネは唇を噛んだ。所詮はデータの塊だと、先ほど自分自身に言い聞かせたことを別の意味で思い知った。
どうすればいい、とアマネは焦った。
ウタタとユキは、ウタタが優位に見えるが、ウタタはユキを殺そうとは思っていない。攻撃は浅いし、おそらくユキは何らかの手段でダメージを軽減している。
埒が明かない。このままでは消耗戦だった。
試しにアマネは、灰色の鳥に照準を合わせて撃ってみる。撃たれた鳥は一度破裂したが、再び飛び散った塊が集まって鳥の形成した。やはり、殺せそうにはない。
「……えっ」
鳥の形に戻ったかと思った塊は、更に変形した。
――リング
それが意味するところを理解して、アマネは息を飲んだ。撃ってくる気だ。
咄嗟にアマネは地面に伏せった。
「……いっ!」
躱しきれなかった針が肩に刺さる。毒が塗られているかも知れない、とアマネはすぐさまそれを引き抜いた。
針を投げ捨て、立ち上がる。
再び走り出したアマネの脚を、別の針が掠めた。
「……っ」
悲鳴をかみ殺して、アマネは思考を働かせた。やるべきことは分かっている。防御壁を張ることだ。
――ゲーム内では防御魔法として存在しますが、簡単に言えばブラックキューブを高強度の物質に変えて膜のようにまとうものですね。木ノ窪様も身に覚えがありませんか?
焦るアマネの耳に、先ほど聞いたばかりの解説が蘇った。
覚えはある。ウタタを背負って逃げたときだ。あの時は必死で、祈りが届いたかのように防御壁は現れた。冷静に考えれば、強い防衛本能に反応したのだろう。もう一度、あれをやればいいだけだ。
また一本、脇腹の辺りに針が刺さった。
アマネは自分を覆う球体をイメージした。ブラックキューブの形と性質をコントロールする――意識的にやろうとすると、それは身体がないところに触角があるような、空気中に神経がめぐっているような、不思議な感覚だった。強く、硬く、自分を守る殻――まるで、検索にワードがヒットするように、カチリと嵌まる感覚があった。
「…………!!」
撃たれた針を、防御壁が弾いた。
できた――と、安堵がアマネの思考を加速させた。アマネは鉄塔を駆けのぼる。
鉄塔を登るアマネを灰色の鳥が追いかけてくる。時折リングに形状を変えて撃ってくる。移動時は鳥、攻撃時はリングと交互に姿を変えているようだった。しかし、針はすべて弾かれた。
アマネには気付いたことがあった。ドローンだ。
漆野雪は適合者ではない。だから執拗にウタタのブラックキューブを求めている。ならばいま、彼女はどうやってあの巨大な斧を操り、スピカや灰色の鳥を顕現させているのか。
「見つけた」
鉄塔を半分ほど登ったところで、アマネは上空に小型のドローンを見つけた。アマネの思い付きが正しければ、あのドローンが、ゲーム内の環境をここに再現するのに一役買っているのではなかろうか。他にもないかリングの向きを変えて探すと、他の鉄塔のそばにも小型ドローンがホバリングしていた。
緊張と息切れで、耳元で鳴っているのではないかと思うほど心臓がうるさい。
一度深く息を吸って、吐いて、アマネはドローンに照準を合わせた。
拡大された視界の中で、ドローンに妙なものが取り付けられているのに気付いた。きれいな青い円柱状の物体だ。
的としてはあまりにも小さい。それでもアマネは怯まなかった。
「おれは、おれにできることを、やるんだ」
自分で自分を励まして、アマネは青い小さな円柱を撃ち抜いた。
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