4-2



 フェンスの扉にはシリウス社のロゴが付いた鍵がかかっていたが、アマネがプレイヤーカードをかざすと開錠できた。扉を開け放したままアマネとウタタは奥へ進む。


 地面には白線で何重にも正方形が書かれており、ところどころに数値が刻まれていた。角に立つ四本の鉄塔は天高く伸びており、傾斜が急な螺旋階段が中心を貫いていた。


 デモ地、という言葉から、ここでカノープスの居城やカペラ吊り橋、他のダンジョンやタウンの造形を調整していたのだと思われたが、いまは面影もなく、しんと静まり返っているだけだった。


「僕はここでユキを待つ。アマネは、隠れておいた方がいいかもしれない」


 デモ地の中心で、首にかけていたヘッドギアを頭に装着しながらウタタが言った。


「おれが一緒にいるの、ユキは分かってる気がするけど」


 アマネが躊躇うと、ウタタはわずかに悩んで言い直した。


「……うん。そうかも知れない。言い方を変える。最初だけでいいから、ユキと二人にしてほしい」


「わかった」


 アマネは頷いて、ウタタと離れた。隠れると言っても完全に身を隠せる場所はなかったが、入り口から一番遠い鉄塔の陰に身を潜めることにした。


 少し鉄塔を登ってみて、リングを使って遠くを見渡すと、遠くにユキの姿を見つけた。バイクは乗り捨てたのか、歩いてデモ地に向かってきている。手にはガラス玉を持っており、ガラス玉の中に閉じ込められたブラックキューブの欠片が、羅針盤のようにウタタの位置を示していた。


 ユキの表情は張り詰めていた。


 カノープスの居城で話した時の無邪気な穏やかさはない。カペラ吊り橋で嬉々としてバトルに興じていた時の表情とも違う。


 痛そうだ、とアマネは思った。痛みに耐え忍んでいるようだと。


 それでも歩みを止めないユキが、ウタタとそろいの黒い翼のヘッドギアを装着していることがアマネはどうしようもなくやるせなかった。


 アマネの気持ちなど関係なく、ユキはデモ地の入口に到着した。開け放たれたフェンスを一瞥し、バトルで愛用していた巨大な斧をその手に呼び出して肩に担ぐと、迷いない足取りでデモ地の中心へ歩みを進めた。


 アマネは鉄塔を降りる。ふと、リングの視界の端で、小さな飛行物体が動くのを捕らえた。小型のドローンだった。


 なんだろう、とアマネの頭に疑問が浮かぶ。が、思考はユキの声によって遮られた。


「ねえウタタ。もうわかってるかも知れないけど、私、ウタタを殺さなきゃいけないみたいなんだ」


 ユキの目は、ウタタに向けられているのにどこか別の場所を見ているようだった。


「わからないよ。ユキはブラックキューブを手に入れたいんだよね? 私を殺してまで、どうして必要なの?」


 ウタタの問いに、ユキは不思議そうに目を瞬いた。


「どうして? そんなの決まってる。私は適合者にならなきゃいけないの」


「適合者になって、どうするの?」


「どうする?」


 ますますユキは不思議そうに首を傾げた。


「適合者になってなにかするの?」


 ウタタが問いを重ねると、ユキは首を振った。


「違うよ。適合者になるの。そうすればパパが褒めてくれる」


「パパに褒めてもらってどうするの?」


「……? どうもしないよ。パパが褒めてくれる」


 奇妙な会話だった。成り立っていない、と言っていい。


「パパって漆野真也さん?」


 漆野真也の名前が出されると、ユキはにわかに嬉しそうな表情を浮かべた。


「パパを知ってるの?」


「……服毒自殺したって聞いたけど」


「そうだよ」


 それがどうしたのか、と言わんばかりの反応にウタタは戸惑っているようだった。


「死んだ人は、もう褒めてくれないよ。それに、褒めてくれたとしてもどうするの?」


「ウタタは何を言っているの? パパが褒めてくれるんだよ。それ以上ほしいものなんてないよ」


「ユキは利用されてるだけだよ。褒めてくれたとしても、それは愛してくれてるわけじゃない」


 訝しそうに、ユキが眉根を寄せた。


「あい……? ウタタは何を言ってるの? パパにとって利用価値があることが、この世界で一番大切なことなんだよ」


 ウタタが、言葉を失って立ち尽くした。言葉が通じていない。得体の知れない生物と会話しているようだった。


 平行線の会話に飽き飽きしたと言わんばかりに、ユキがため息をついた。


「終わりかな? じゃあ殺すね」


 たったそれだけ告げて、ユキはウタタに向かって走り出し、巨大斧を振りかぶった。


「……!」


 振り降ろされた巨大斧を、ウタタが飛び退って避けた。


「もしかしてスナイパー君もいる? もしかしてスナイパー君も適合者なのかな?」


 言って、ユキは再び巨大斧を肩に担ぐと、左手を宙にかざした。魔法のようにジグリアのマスコットキャラクターであるスピカが現れる。召喚、と表現して憚りない動きだった。


「木ノ窪遍を探して連れてこい。生死は問わない」


 ユキが命じて、鉄塔の陰でアマネは身を固くした。


 ユキとスピカが示し合わせたように同時に踏み出した。ユキはウタタに、スピカはアマネに向かって。


「ユキ……! そうまでするなら……仕方ない!」


 覚悟を決めたようにウタタが叫び、巨大斧を躱してユキの横っ面を蹴り上げる。


 一瞬ふらついたユキはすぐに体勢を立て直し、巨大斧を掲げた。



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