エピローグ
「絶対に勝って。負けたらその前髪、切っちゃうからね」
脅すようなユキの言葉にアマネはたじろいだ。
「ユキ、アマネはバトル初心者なんだからあんまりプレッシャーかけないで」
ウタタに注意されて、ユキは唇を尖らせた。
三月後半、アマネはウタタの新しいパートナーとなって、カペラ吊り橋フィールドマスターへの挑戦権をかけた、トーナメントに挑んでいた。今はカペラ吊り橋の主塔の片方を控え室としてあてがわれ、バトルの開始時刻を待っていた。
「レベルだけは高いでしょ。ウタタのパートナーとして恥ずかしくないバトルをしてくれなきゃやだ」
なお諦めないユキに「全力を尽くします」とアマネは答えて、ヘッドギアを装着した。
あれから――氷室先生という人物の病院に運ばれたアマネたちは手当てを受け、ユキは首に埋め込まれていたチップを除去された。
垢バンを喰らったユキはゲームとしてのジグリアすら遊べなくなったが、寂しがりこそすれ、悔いている様子はなかった。「本当はさ、ジグリアに関係ないこと、いろいろしてみたかったのかも」と言ったユキは、来たる高校生活に期待を膨らませているようだった。
高校といえば、ユキもウタタもアマネと同じネット高校に通うことになった。ユキは新入生、ウタタは転入生として。
理由としては、そのネット高校がシリウス社の傘下だから、ということが大きい。率直に言えばユキは監視下に置かれる。ウタタとアマネは、適合者向けの特別クラスに振り分けられるとのことだった。
家庭と経済事情に難を抱えていたウタタに関しては、新宿にある本校の寮に入ることが決まった。奨学金という形で、経済援助も受けることができるという。
それらの話を一日でまとめた神庭は、残してきた仕事があると言ってアムステルダムにとんぼ帰りしていった。
「アマネ、ヘッドギアの角のところ、もう少し大きくしたら? 観客席から見えないよ」
ウタタに指摘されて、アマネはプレイヤーカードを取り出して角のサイズを調整した。
「こんな感じかな? ――あっ、そうだ。八千穂さんと玉原さん、見にきてるかな?」
現フィールドマスターのことを思い出したアマネの疑問に答えたのは、意外にもユキだった。
「来てる。さっき見かけて会ってきたもん」
「会ってきたの?」
目を丸くしたウタタに、ユキは頷いた。
「うん……。ごめんなさい、してきた」
「そっか。よくがんばったね」
ウタタがユキの頭を撫でると、ユキは嬉しそうにはにかんだ。あの一件以降、ユキは前よりウタタにべったりで、アマネには敵対心を募らせているようだった。
まあいっか、そこそこ仲良しだし。とアマネは一人納得して時刻を確認した。
「そろそろ上に登ろうか」
「うん」
部屋を出て行くアマネとウタタに、ユキは「がんばってよね。応援してるから。グットラック!」と親指を立てた。
「今日の相手ってどんな?」
階段を登りながらアマネが尋ねた。
「花々コンビって呼ばれてる女の子二人組。ヘッドギアが花だから一眼見れば覚えると思う。青い花の方が中衛でちょっとトリッキーな動きをする。黄色い花の方が後衛でウィザードだね。アマネは基本的に距離を取って攻撃を避けることに集中して。余裕があれば攻撃してみるくらいで大丈夫だから」
「うん。わかった。……ウタタってゲームに関わることになると饒舌だよね」
本当にゲームが好きなんだろう、と思ってアマネは言ったのだが、ウタタは少し怒った。
「それ、僕がゲーム廃人だと思ってる?」
慌ててアマネは弁明した。
「いや、えっと、けっこう好きだよ。ウタタのそういうとこ」
ウタタは拍子抜けしたように一瞬固まって、それから笑った。
「そっか、ならいいよ。がんばろうね」
「うん」
主塔の上はアマネが思っていた以上に高く、海風が強く吹いていた。空は明るく、晴れ渡っている。
観客席を見まわすと、手を振る八千穂と玉原がいた。何を言っているのか聞こえないが、様子からして応援してくれているらしい。
彼らと戦うところまで、行けるだろうか。行ってみたいな、とアマネは思った。
まだ肩と脇腹の傷は治りきっておらず、身体中痛むところばかりだったが、それでも心が踊った。
隣にはウタタがいる。
「ねぇ、ウタタ。今更だけど、本当におれが新しいパートナーでよかったの?」
よくないと言われても、もう戻れないのだが。最後の確認のつもりでアマネが聞くと、ウタタは爽やかに笑った。
「うん。アマネがいい」
アマネの耳にユキの言葉が反芻する。
――ウタタのパートナーとして恥ずかしくないバトルを――
言われなくても、やってやろうじゃないかとアマネは思う。最高のスナイパーになってやる。
きっと、めちゃくちゃ楽しいに決まっている。
アマネは自分で自分を励まして、八つのリングを展開した。
ジグリア ヒツジ @from13to15
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