4-1 跳ねる×拗ねる 子どもたちの宴


 明け方だった。


 サイレンのようなけたたましい着信音にアマネは叩き起こされた。発信源を探すまでもなく、枕元の備え付けの電話機が赤く点滅している。慌てて受話器を取ると、


「おはようございます。ホテル建物周辺に不審な動きがあります。おそらく侵入を試みているのでしょう。最低限の荷物を持って、できるだけ窓から離れて移動し、お部屋の出入り口前に集まってください」


 寝起きの頭に指示を浴びて混乱しつつ、アマネはどうにか


「わ、わかりました」


 と返答した。受話器を起き、一拍遅れて、電話の相手が昨日受付にいたホテルマンだと思い出す。


 ヘッドギアを首に引っ掛け、携帯端末と財布とプレイヤーカードを持って移動した。


 ソファのあるリビングで、同じように起こされたと思われるウタタと合流した。


「ウタタ、大丈夫? 少しは眠れた?」


 アマネが小声で問いかけると、ウタタは小さく頷いた。


「うん。大丈夫。アマネ、外の様子わかる?」


 アマネは首を振った。


「いや……リングをカーテンの向こうに潜らせれば外を見られると思うけど、逆に見つかるかも知れない」


「わかった。やめておこう」


 二人揃って部屋の扉を開けると、ほぼ同時にエレベーターが停止した。一瞬身を固くした二人の前に、丸眼鏡のホテルマンが姿を表す。早朝だというのに、隙のないスーツ姿だった。


「おそろいですね。それでは地下階へ降りましょう」


「どうするんですか?」


 アマネが疑問を口にするのと同時に、窓ガラスが割られる音が響いた。一枚ではない。銃でも連射しているかのように、何枚もの窓ガラスが立て続けに割られていく。


「逃げます」


 爽やかに言い切ったホテルマンが踵を返し、顔を見合わせたアマネとウタタは慌てて後を追った。






 地下三階に降りたアマネとウタタは車に乗せられ、運転席のホテルマンは「さて、どこに逃げましょうかね」と笑ってハンドルを握った。


 言葉とは裏腹に滑らかに走り出した車は、地下駐車場から地上の道路へと出る。


「ご希望がなければ、まずは市街地から離れましょう」


 ホテルマンの提案に、アマネは「お願いします」と頷いた。


 こんな街中で暴れられたらどんな被害が出るか分からなかった。


 明け方の街はまだ車がほとんど走っておらず、それをいいことに、ホテルマンは大通りに出た瞬間に車の速度を引き上げた。


「ユキが……追いかけてきています」


 窓から後方を見ていたウタタが呟く。ウタタの言葉を聞いてアマネも後方を確認すると、バイクに乗ったユキが追いかけてきているのが見えた。


「おや、カーチェイスですか。専門外ですが……お任せください」


 言って、ホテルマンは更に車の速度を上げる。アマネは、追いかけてくるユキの右上にリングが浮き上がるのに気付いた。


「撃ってくる……!」


 アマネが言い終わる前に、左のサイドミラーに針が突き刺さり、ガラスが飛び散った。それを見たウタタが窓を下げて身を乗り出した。


「ウタタ!?」

「防御する!」


 意味が分からず戸惑うアマネに応えたのは、運転席のホテルマンだった。


「自分を守る防御壁を変形して、車を覆うのでしょう。ゲーム内では防御魔法として存在しますが、簡単に言えばブラックキューブを高強度の物質に変えて膜のようにまとうものですね。木ノ窪様も身に覚えがありませんか?」


 問われて、アマネは記憶を辿った。あった。ウタタを背負って逃げたときだ。


「……あの、あなたは何者なんですか?」


 アマネの問いに、ホテルマンは爽やかに笑った。


「私はしがない宿屋のマスターですよ。RPGに居るでしょう? タウンの宿屋のマスターになりたくてシリウス社に入社したのですが、適合者のための宿を整える役目を仰せつかりまして、私自身は適合者ではないのですが、おかげで、今では、すっかり、荒事にも慣れました」


 言いながらマスターは交差点を急カーブした。


「……これでしばらく凌げると思う」


 急カーブに耐えたウタタが、車内に身体を戻して言った。直後、カツンと何かが弾かれる音がした。


「良い使い手ですね。さて、」


 法定速度を無視したスピードで車を操りながら、マスターは左手を挙げて2本の指を立てた。


「おふたりには、選択肢が二つあります。ひとつはこのまま逃げ続けて、相手の体力切れに持ち込むこと。おそらく一度追跡をやめても、梨木様のブラックキューブを持っている限りまた追いかけてくるでしょうが、そうこうしているうちに神庭様が帰国して解決してくれます。いままさに雲の上ですからね。安全に事態を収束したいならこちらをおすすめします。ただし、神庭様は手段を問わない方なので、おふたりを追いかけている彼女がどういう扱いになるか不明です」


 話を聞いていたウタタがわずかに身を固くした。


「……もうひとつの選択肢は?」


「危険を冒して出て行って、ご自身の力で解決することです。解決済みであれば、神庭様は特に興味を示しません」


「もとからそのつもりです! 自分で、解決します!」


 弾かれたようにウタタが答えた。今にもドアを開けて出て行きそうなウタタをマスターがやんわりと制する。


「そうだと思いました。まあ、そう焦らずに。もうすぐ黒い鉄塔が見えてきます。シリウス社がダンジョンやタウンを構築していたころのデモ地です。今は非稼働ですし、冗談のように頑丈ですから、そこをご自由にお使いください」


 ドアに手を掛けていたウタタが手を離し、訝し気にマスターを見やる。


「あなた、その、どういった方なんでしょうか?」


 先ほどのアマネと同じ質問に、マスターは苦笑した。


「しがない宿屋のマスターですよ。奇妙な宿屋を営んでいるせいで、こういった事態にはずいぶん慣れました。ほら、あれです」


 マスターが目線で示した先には、黒い巨大な鉄塔が四本そびえ立っていた。


「ウタタ、少しユキを足止めするね」


 言って、アマネは窓を少し開けて、展開したリングの一つを車外へ出した。ユキが乗るバイクのタイヤに照準を合わせ、撃つ。


 パァン、と高らかな音を立ててタイヤが破裂した。


「おや、あなたも良い使い手ですね」


 失速するユキを置いて、アマネとウタタを乗せた車はデモ地へ到着した。


 四本の鉄塔を囲むフェンスの前に車がドリフトして横付けされる。


「では、ご武運を」


 にこりと笑うマスターに、アマネは、


「ありがとうございました、マスター」


 と頭を下げて車を降りた。ウタタも


「次に会った時には、名前を教えてください。お世話になりました」

 と言ってアマネに続いた。


 ひとり車内に残った宿屋のマスターは、フェンスの向こうへ去っていくアマネとウタタを見送って、


「……ふぅ、損害額ランキングは四十二位といったところでしょうか」


と呟くと、もう一仕事こなすために、再び車を発進させた。



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