3-8
シリウス社のロゴが付いたホテル。
辿り着いたその場所を目の前にして、アマネは怖気付いていた。二人っきりでホテルなんて、という以前の問題だった。
「僕、お金持ってないよ」
連れてこられた場所を不思議そうに見ながら、ウタタが正直な申告をする。アマネは頷いた。
「おれもそんなに……。けど、ここに行けっていわれたから、たぶん大丈夫だと思う……」
指定されたホテルは見るからに高級そうで、とても高校生が二人で来るような場所ではなかった。
アマネが半ば祈るような気持ちでエントランスをくぐり、ウタタが続いた。
大理石の床を歩き、受付の前に立つ。年齢からしても服装からしても場違いな二人を、背の高い丸眼鏡のホテルマンは笑顔で迎えた。
「あ、あの、これ」
アマネは握りしめていたプレイヤーカードを差し出した。ホテルマンは表情を崩すことなくカードを受け取ると、
「お待ちしておりました。ご事情は神庭様から伺っております」
と、微笑みを深くした。
「その、お金あんまり持ってないんですけど、大丈夫ですか?」
アマネがおずおず尋ねると、ホテルマンは「ええ」と頷いた。
「請求はすべてシリウス社宛となりますのでご安心を。ルームサービスもご自由にお使いください」
ウタタの顔に明らかにホッとした表情が浮かぶ。アマネも同じ気持ちだった。
「梨木様のプレイヤーカードもお預かりして宜しいでしょうか?」
ホテルマンに促されて、ウタタもカードを渡した。処理を施されて、カードが返却される。
「こちらのプレイヤーカードがルームキーの代わりとなります。左手のエレベーターで二十四階へおあがりください。……と、その前に、梨木様はこちらへ」
カウンターの中から出てきたホテルマンに手招きされて、ウタタが歩み出た。
ホテルマンは金属探知機のような黒い棒をウタタの身体にかざした。足元で反応が出て音が鳴る。ウタタが片足立ちで靴裏を確認して、小さなチップを剥がした。
「……発信機でしょうか。お預かりします」
ウタタが神妙な顔でチップをホテルマンに渡した。荷物も調べたが、他に見つかるものはなかった。
「お部屋は発信機の信号等を遮断する仕様になっていますが、梨木様のブラックキューブが奪われたなら、それによって居場所がバレる可能性があります。ブラックキューブは宿主に帰ろうとする性質がございますから……。周囲で不審な動きがあればすぐにお伝えしますが、油断しすぎないようになさってください」
アマネとウタタはホテルマンにお礼を言って、言われた通り二十四階へ向かった。
「うそ」
二十四階でエレベーターの扉が開くと、現れたのはまた扉だった。それが意味するところ、つまりまるまる一フロアが一部屋である可能性に思い当たって、ウタタは顔を引きつらせた。
アマネがプレイヤーカードを扉にかざすと、認証音が鳴った。
ジグリアの認証音と同じ音だった。
「いまの、ジグリアと同じ音だったよね」
「うん、そうだと思う」
聞き慣れた音にわずかに安堵して、二人は室内へ入った。
予想通り一フロアまるまる一部屋となっている広い室内を、アマネとウタタは二人しておっかなびっくり探索したが、ベッドが二台、奥にバスルーム、別の方向にまたベッドとバスルーム、更に奥にキングサイズのベッドを見つけて、怖くなってそこで引き返した。
コートを閉まって、嘘みたいに大きなソファの端っこに二人は座った。
「この部屋、一体なんなの……?」
ウタタの疑問にアマネは答える。
「カノープスの居城の小部屋で会った人に、ここに行けって言われたんだ。こんなすごい部屋だとは知らなかったけど……、その、匿ってくれるからって」
「匿う?」
「漆野雪がまた襲ってくるかも知れないって」
明らかにウタタの顔がこわばった。先ほどのホテルマンもその可能性を示唆していたが、はっきり言葉にされると辛いものがあるのだろう。
「アマネ、それって」
「落ち着いてウタタ。ぜんぶ話すから」
アマネはウタタを宥めて、カノープスの居城で起きたことを話した。
身体強化スキルを鍛えて、アマネ自ら崩れ落ちた橋を跳び越えたこと。その際、ゲーム外のジグリアを使ったこと。小部屋の中には妖精がいて、モニター越しに神庭というシリウス社の人間に会ったこと。
それから、シリウス社の前身だったという透影研究所のこと。アマネとウタタがゲーム外でもジグリアを使える理由。所員だった漆野真也と、漆野雪が関係者である可能性。
そして、ブラックキューブを奪うには、宿主たる人間を殺害する必要があること。漆野雪が、その必要性に気付いて、次はそうするかも知れないこと――
アマネのアップデートされたプレイヤーカードは、モニターを立ち上げるとメニューが追加されていた。神庭が言っていた通り、漆野真也に関する情報にアクセスすることができて、それを辿りながら、アマネはたどたどしいながらも説明した。
説明を進めるごとにウタタの表情が陰っていくのを悲しく思いながら、アマネはどうにか堪えて説明を終えた。
「ウタタ、大丈夫?」
眉根を寄せたウタタにアマネが尋ねると、ウタタは小さく頷いた。
「まだ気持ちの整理はつかないけど、ユキが僕のブラックキューブを奪った理由がわかっただけでも、良かった。僕の代わりにジャンプしてくれてありがとう、アマネ」
「うん。……ウタタが、馬の石像の攻略法を教えてくれたおかげだよ」
アマネが肩をすくめてて笑うと、つられたようにウタタも笑みをこぼした。
「よし」
気合を入れるようにウタタが言って、立ち上がる。なんだ、と驚くアマネが見守るなか、ウタタはテーブルの端に置かれたタブレットを手に取った。
「これでルームサービスを頼めるとみた」
アマネの隣に戻ったウタタは、タブレットを起動した。ウタタの読み通り、食事のメニューが写真付きで表示される。
写真を見た瞬間に、アマネは自身の空腹に気付いた。
「価格表示がないけど、シリウス社が払ってくれるなら大丈夫だよね」
画面を進めながらウタタが言う。酒のつまみのようなボリュームのないメニューのページをスイスイ飛ばして、見るからに〝主食です〟というページに辿り着いた。
「うーん、丼ものも食べたいけど、おにぎり三種も捨てがたい。でも今ならどっちも食べられる気がする」
「ウタタ、お腹空きすぎじゃない?」
「だって昨日から何も食べてないんだもん」
ウタタが親子丼とおにぎりを選択する。次のページに進もうとするのをアマネは止めて、鉄火丼をねじ込んだ。
肉料理のページでも、サイドメニューやドリンクメニューのページでもアマネとウタタはそれぞれ好き勝手に選択し、最後に注文一覧を確認してさすがに食べきれなさそうなものを削って送信ボタンを押した。
いったいいくらなのか分からなかったが、ウタタが言う通り、シリウス社にとっては大した金額ではないと思われたのであえて気にしないことにした。
「僕、ごはん来る前にシャワー浴びてくるね。アマネも浴びた方がいいよ、汗臭い」
「あ、汗臭い……?」
「がんばった証だと思う」
言い去ったウタタを見送って、アマネは心に若干のダメージを感じながら逆方向のバスルームに向かった。自分の身体をクンクン嗅いでみる。汗臭かった。
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