3-7

 アマネがGPSの位置情報を頼りに進むと、モノレールの下の遊歩道へ出た。立川駅から北へ伸びるモノレールである。人通りはまばらで、イルミネーションに照らされた部分とそうでない部分の明暗の差が大きい。


 アマネは辺りを見回しながら慎重に進む。なぜだか、初めてカノープスの居城に挑んだ日のことを思い出した。あの日もこうして辺りを見回しながら進んでいた。そして、ガーゴイルに襲われていたところをウタタに助けられた。


 暗闇をいいことに、アマネは透明度を上げたリングを8つ全て展開している。なるべく明かりに照らされない道を選んで歩いたが、三百六十度、全てがはっきりと視認できた。


 ウタタの位置情報は、頻繁に更新されているがずっと動きがない。電車に乗る前から降りた後までずっと、遊歩道と途中にある円形の広場のような場所にあった。

まだ動いていないなら、おそらくもう近くにいる。プレイヤーカードがこの辺りに捨てられているのでなければ、であるが。


「ウタタ」


 広場の手前で、アマネは小さな声で読んでみた。答える声はない。


「ウタタ」


 少しだけ進んで、少しだけ声を大きくしてみた。


「……ウタ――」


 ビクリ、とわずかに震えた影があった。遠くて暗いが、アマネの目にははっきり見えた。ウタタだった。


「ウタタ」


 今度は安堵の滲む声で、アマネはウタタを呼んだ。


 ウタタは広場を囲う石積みに座っていて、近付くアマネに気付いてわずかに腰を浮かせた。が、迷った末に動かなかった。


「あげる」


 アマネはペットボトルのミルクティーをウタタに差し出した。

 まだ暖かいそれをウタタが受け取ってくれることを期待して。


 ウタタを戸惑った様子でアマネとボトルを交互に見て、わずかに唇を震わせた。

 長い沈黙があった。


 アマネはボトルを指差し出したまま、ひたすら待った。


「…………なにしに来たの」


 やがてウタタが紡いだのは、拒絶とも言い切れない言葉だった。


「おれにできることをやりに来たんだよ」


 アマネが答えると、ウタタは目を瞬き、おずおずとボトルを受け取った。


 アマネはそれを許可と受け取り、ウタタの隣に腰を下ろした。


「アマネ、あのね」


 言い辛そうに口を開いたウタタに、アマネは「うん」と頷く。


「僕と一緒にいると、アマネも巻き込まれるかもしれない。だから離れてほしい」


「それって本音?」


 アマネが尋ねるとウタタは静かに首を振った。


「それだけじゃないけど、あのとき助けてくれたアマネに、言いたくない」


 それっきり黙ってしまったウタタの隣で、アマネは夜空を見ていた。


 シリウスもカノープスもスピカもカペラも、すべて星の名前のはずだが、探す知識がなくてどれがどれだか分からない。


 一番明るい星がシリウスだと言うから、あれかも知れないなと適当に決めながら、ウタタは不器用だなとアマネは思った。アマネを信用することもうまくできないくせに、アマネを傷つけたくないとも思っている。臆病と言ってもいい。不器用で、臆病で、そのくせ優しかった。


「……ウタタって、優しいけど不器用だよね」


 結局、アマネの口をついて出てきたのは〝不器用〟という言葉だった。


「え……」


 ぽかんとするウタタをよそに、アマネは眼鏡をはずして畳むと、ウタタに差し出した。


「眼鏡、度が入ってないんだ。ただの色付きガラス。おれは生まれつき目が見えなくて、いまはジグリアのテレスコープを目の代わりにしてる」


 ウタタが息を飲む音がかすかに聞こえた。


 今度の沈黙はそう長くなかった。


「……目が悪いから眼鏡をかけてるって言う割に、視力が良すぎるとは思ってた」


 ウタタから返ってきた言葉に、アマネは思わず笑い出しそうになった。ウタタはアマネの眼鏡を手に取って、透かすようにかざして、空を見上げた。


「ウタタもそうなんでしょ。目じゃないけど、ゲーム外でジグリアを使ってる」


 アマネが言及すると、以外にもウタタはあっさり頷いた。


「うん、脚。自力で動かせないから、ジグリアで動かしてる。身体強化の、応用」


「そっか」


 ウタタがボトルのキャップを開けてミルクティーを一口飲んだ。それを見ながら、アマネは少しだけ後悔した。


 もっと早く話すべきだった。機会は何度もあった。もっと早く秘密を打ち明けられていたら、少しはマシな状況になっていたかもしれない。


 後悔してみても、いまになってやっと話せた、ということが全てだった。アマネも臆病であったし、ゲーム外でジグリアを使えることを秘密にするのはもうずっと染みついた習慣で、漆野のような存在がいるなら、それ自体は間違っていない選択だったと思う。


「ウタタ、場所を変えよう。今日、カノープスの居城の、あの小部屋に行ってきたんだ。話さなきゃいけないことがたくさんある」


 アマネは立ち上がって、ウタタに手を差し出した。


 アマネはウタタが立ち上がるのを支えるつもりだったが、左手にペットボトルを、右手に眼鏡を持っていたウタタは、アマネの手に眼鏡を返した。


 そしてウタタはウタタ自身の脚で立ち上がる。


 アマネは眼鏡を掛けなおして小さく笑った。大丈夫、と思う。少しずつすれ違いながらでも、不器用でも、進んでいける。


「持つよ」


 アマネはウタタのスクールバッグを受け取って歩き出した。

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