3-6


 東京都を東西に走る電車に揺られながら、アマネは昔のことを思い出していた。九才の頃、初めてジグリアを体験した帰り道のことである。アマネは父が運転する車の後部座席に乗っていて、助手席には母がいて、隣には寝ている妹がいた。


 どこでジグリアを体験したのかは覚えていない。カノープスの居城ではなく、もっと広くて大きな会場だったと思う。今になって思い返してみると、おそらく大きな展示場かホールに仮設された試遊用の会場だったのだろう。


 そこで確か、ヘッドギアを付けてジャンプしたらびっくりするほど高く飛べて、アマネは泣き出したはずだ。それっきり何もかもを拒否するアマネを尻目に、妹がはしゃいで遊び倒していたことはよく覚えている。


 アマネは車の中で、ジグリアを体験した直後から見えるようになった小さな光の点を見ていた。光の点は大きくなることも小さくなることもなく、ずっと同じ位置に止まったままで何の変化もなかったが、アマネは心を奪われてしまったように光の点を見続けていた。


 母が「ごめんね、アマネ」と言った。会話の流れは忘れた。謝られたことだけを覚えている。


「ごめんね、アマネ。アマネにいろいろ新しいことを体験してもらいたかったんだけど、怖い思いをさせちゃったね」


 それから大きな音がして、強い衝撃に襲われた。後から人に聞いたところによると、降りはじめた雨によるスリップが原因でトラック2台の衝突事故が起き、それに巻き込まれたという話だった。


 アマネが気付いた時には、小さな光の点は大きくはっきりした視界となっていて、車は大きなコンクリートの塊に押しつぶされていた。もとは車の屋根だったか扉だったかわからないひしゃげた物体に遮られた向こう側が、いったいどうなっていたのか。


 赤かったと思う。


 それが記憶なのか、想像が記憶のようになってしまったのか、アマネにはもうわからなかった。


「次は立川――」


 アナウンスの声が聞こえて、アマネは現実に引き戻された。車窓から外を確認すると、ビル明かりとイルミネーションが見えた。この街にウタタがいる。


 アマネは自分の頬を両手で叩くと、リュックを抱えて立ち上がった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る