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 モニターだったのか、とアマネは気付いた。


『ようこそ、ジグリアの祝福を受け取った子どもたち。君がこの部屋を見つけ出してくれたことに感謝する。…………というのが一応決められた台詞なんだが、どうした、疲れてるのか? 顔色わるいぞ』


 モニターに現れたのは一人の痩せた男性だった。三十歳前後だろうか、左耳にプレート状のピアスをしている。やたらと目鼻立ちが整っていて、アマネは一瞬、ゲーム内のキャラクターかと思った。


「……だれ?」


 疲れているせいか、思ったことがそのまま口に出た。


神庭かんば。シリウス社で、主にゲーム領域外ジグリアに纏わる厄介事を担当している。今日はどうしてここに? 木ノ窪遍』


 当然のように名前を呼ばれて、アマネは警戒した。


「なんで、名前」


『お客様のプレイヤー情報を参照しております』


 棒読みの返事に、アマネはそれもそうかと納得した。向こうはこちらの情報を把握している。


 気を取り直して、アマネは神庭と名乗った人物の言葉を頭の中で反芻した。「ゲーム領域外ジグリア」とはっきり言った。アマネの読みは正しかったと言える。


「おれ……聞きたいこととがあって」


『可能な限り答えよう』


 少しばかりアマネは逡巡した。万が一、彼が漆野雪と同じ側の存在だったら、助けを求めるどころか敵地に自己紹介しに来たようなものである。


「この部屋はなに?」


『領域外ジグリアに適合した者に開かれた窓口の一つ。自らが領域外でもジグリアを使えることに気付いた適合者の行動にはいくつかパターンがある。運営に直接相談してくる者、ゲーム外で使用してトラブルを起こしシリウス社の監視または保護下に置かれる者、ダンジョン内にそれらしき場所を作っておくと興味本位で近付いてくる者など。3つ目のパターンのための窓口だ』


「……ここ以外にもあるの?」


『各ダンジョンとタウンに最低一つずつ』


 淀みない回答にアマネは自動音声と会話をしているのではないかと錯覚しそうになる。カペラ吊り橋で聞いたAIの解説を思い出した。


「なんのためにわざわざ窓口なんて作ってるの?」


『ゲーム領域外でジグリアを使える人間を把握しておきたい、というシリウス社としての事情によるところが大きい。アマネのように運営に連絡もしなければ、ゲーム領域外でジグリアを使用していてもトラブルを起こさないタイプのプレイヤーをなるべく補足するための措置のひとつだ』


 シリウス社の事情? とアマネは内心首を傾げたが、神庭からそれ以上の説明はなかった。


「……おれがゲーム領域外でジグリアを使ってるのは知ってた?」


『アマネがカノープスの居城を初めてプレイした日、レベルが3から96まで上がっただろう? さすがに異常値として俺にも報告がきた。トラブルを起こしている様子はなかったから、帰国してから俺が直接会いに行こうと思っていたんだが、先にアマネがこの部屋に来てくれたから手間が省けた』


「…………帰国? どこにいるの」


『アムステルダム』


 アマネは、アムステルダム、と頭の中で反芻した。ヨーロッパのどこかの国の首都だったはずである。どこの国かはこの際どうでもいいが、国外にいるなら助けを求められない。


 アマネが黙ってしまうと、神庭から問いかけがあった。


『ずっと目を閉じたままだが、盲目か? スナイパースキルで視覚を補っているのか?』


 びくりとアマネは身体を振るわせた。こちらの様子が向こうのモニターに映っているのだろうが、いきなり指摘されると気味が悪い。


「そう……だけど」


『そうか。ジグリアで身体機能を補っている適合者は何人かいるが、視覚ははじめてだな』


「……ゲーム外でジグリアを使える人ってどれくらい居るの?」


『把握している範囲では三十名程度』


 ジグリアのプレイヤー人口に対して〇.一パーセントにも満たない数にアマネは驚いた。


「あの、なんでおれは、ゲーム外でジグリアを使えるの? 適合者ってなに?」


 はじめて、回答までに一瞬の間があった。


『発端は十五年の事故だ。シリウス社の前身である透影(すきかげ)研究所は、かつて世間を熱狂させていたブラックキューブの開発に成功した。開発したはいいものの扱いきれず、爆発事故を起こした。製造された一〇〇体のブラックキューブの塊のうち約半数が、多くは日本国内、一部は海外に飛び散った。そのうちの一つに接触し、脳が拒否反応を示さず宿主となった者を適合者と呼んでいる。適性の条件はわかっていない』


「わかっていない……?」


『人間はサンプルが少なすぎた。脳が発達途中の若年層に限定されることくらいしかわかっていない。適合する人工知能の作成には成功した。このカノープスの居城をはじめとするダンジョンやタウンは人工知能を宿主とするブラックキューブだ。プレイヤーを仮想宿主として認識するよう細工がしてある。資金源の確保と、どこにいるか分からない適合者にコントローラーを配布するためにゲームとしてリリースした』


「コントローラー?」


『ヘッドギア。コントローラーがないと、適合者でもブラックキューブを扱うのは難しい。使えないだけなら構わないが、時に暴走することがある。理性や意志と裏腹に、強い怒りや恐怖によってブラックキューブを操作してしまい、本人が望む以上の結果を引き起こすことがある。一度試遊でもいいからヘッドギアを装着すれば、基本的な制御システムが適合者のブラックキューブにインストールされ、明確な意志にのみ従うようになる。とは言えゲーム内で使い慣れておくとより望ましい』


 アマネは無意識に手を握りしめていた。


 いつ自分は適合したのだろうか。はじめてゲームとしてのジグリアをプレイしたのはいつだったか。


 ブラックキューブへの適合からはじめてヘッドギアを装着するまでに、一度も暴走させずにいられたのだろうか。


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