3-2
アマネはモンスターを倒しながら進み、北の、小部屋へと続く橋の元へたどり着いた。
崩れた橋の距離を再度目測する。
一〇メートル弱。ギリギリ届くだろうか。
崩れた橋の下を見て、アマネはクラクラした。目眩がする。見るんじゃなかった、と思った。
一度廊下に戻って、めいいっぱい飛んでみよう。そう思って廊下に戻った瞬間、遠くから笛の音が聞こえた。
「え?」
他にプレイヤーがいたのだろうか。一度も出くわさなかったが。いや――、
番人。
その存在を思い出して、アマネは慌てて時間を確認した。五時半を少し過ぎている。日没だ。
アマネは崩れた橋の前へ戻った。
「……やるしかない」
自分自身に言い聞かせるようにアマネは呟いた。橋から出来るだけ離れて、助走の距離を取った。
――魔法族の王家の中でも、稀に生まれる特別な力を持った子供が隔離されていた部屋……なんだって――
ウタタが言っていた設定を読み解くなら、特別な力を持った子供とは、おそらくゲーム外でジグリアを使える人間のことだ、とアマネは思う。
だとすれば、これは選別だ。だからきっと、ゲーム外のジグリアのスキルで飛ぶ必要がある。
アマネは頭に装着していたヘッドギアを外して首に引っ掛けた。ゲーム外とゲーム内の切り替えが他に思い付かなかった。
笛の音がすぐそばまで迫っている。
アマネは深く息を吸った。
ウタタが試していたのは、ゲーム内のスキルでは小部屋に辿り着けない、ということだったのだとアマネは思う。徹底的に、ゲーム内のスキルでは辿り着けないことを確認していたのだと。何故なのかは分からなかった。妨害が始まっていたから、罠ではないかと疑っていたのかも知れない。ウタタもきっと怖かったのだと思う。
辿り着いた小部屋の先に何があるのか分からなかったから。
「大丈夫。飛べる」
自分で自分を励まして、アマネは駆け出した。めいいっぱい速度を上げる。怖がるな、と心で叫んだ。
強く、強く、強く、力と祈りを込めて、アマネは踏み切った。
「……あ」
時間が止まったかのような錯覚に襲われた。身体が宙に浮いて、テレスコープ越しの世界が止まって見えた。
はるか下に池が見える。落ちてもいい。念のためバスタオルだって持ってきた。
ほぅ、と笛の音がして、アマネは現実に引き戻された。迫り来る衝撃に備えて、ぎゅっと身体を丸めた。
果たして、アマネの身体は弧を描き、一〇メートル弱を飛び越えた。
丸めた身体が床をごろごろ転がって、木製の扉にぶつかって止まる。
「いっっった!!」
背中に走った衝撃にアマネは息を詰まらせた。
しばらく蹲って悶え、息を整えて対岸を見ると、番人がこちらを見ていた。
黒くて長いローブに身を包んだ番人は、角が生えた頭蓋骨を頭としていた。ウタタは怖いと言っていたが、アマネには美しく見えた。
咥えていた笛を下ろして、番人が一礼した。
それだけで、役目を終えたかのように番人は去っていった。
アマネは立ち上がって、扉を確認した。城の中で何度も見た扉と同じ意匠だったが、古びていなくてきれいだった。アマネは数回深呼吸を繰り返して、扉をそっと開けた。
中は見慣れた内装だったが、城内と違うのは扉と同じく壊れたり古びたりしていないことだった。壁や天井もきれいなままで、置いてある家具や調度品も手入れが行き届いている。
この部屋だけが、まだ人が住むために整えられているようだった。
「どうぞ、お掛けになってくださいな」
どこからともなく声がしてアマネはびくりと身体を震わせた。
「ソファにお掛けになってくださいな」
部屋の中央の丸テーブルに飾ってあった人形が、ふわりと宙へ浮かんだ。よく見ると、人形というより妖精のようだった。二〇センチ程の身長で、白いふわふわしたドレスを纏っている。背中には蝶のような羽が生えていた。
「どうぞ」
再び促されて、アマネは恐る恐るテーブル前のソファに腰掛けた。座面も背面もふかふかで、無茶なレベル上げをした身体が深く沈んだ。
「私はミアプラキドゥス。この部屋の世話係です」
「ミアプア……」
「長いですからミアとお呼びください」
「ミアさん」
「はい」
妖精ミアは空中でくるりと宙返りをすると、ソファの正面の壁にかけられた、四角い鏡の上にちょこんと腰掛けた。
「私の役割は、この部屋に訪れたお客様を管理人にお繋ぎすることです。管理人を呼び出しておりますので、しばらくお待ちください」
管理人、とアマネは頭の中で反芻した。一体誰が出てくるのだろうか。
「何か飲まれますか? お茶、お水、コーヒー、紅茶、オレンジジュースとリンゴジュースもございます」
「こ、紅茶」
「すぐにご用意いたします」
そう言ってミアは飛んで移動し、小さな戸棚の扉を開けた。アマネはてっきり高価そうなティーカップで出てくるのかと期待していたが、ミアが運んできたのは市販のペットボトル飲料だった。
「ありがとう」
ミアと同じくらいのサイズのペットボトルを受け取ってアマネは妙な違和感を覚えた。部屋の何もかもがジグリアで作られたものだが、ぺットボトルだけは普通の、現実のものだ。そのせいかブラックキューブばかりの中でペットボトルが浮いた存在に感じた。
アマネは蓋を開けて紅茶を一口飲む。現実が喉を流れていった。
「繋がりました」
ミアの声と同時に、鏡が一瞬黒く染まって、映像が映し出された。
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