2-8


 もう一つの主塔に戻ると、ウタタが目を覚ましていた。ウタタはアマネに気付いて慌てて起き上がろうとしたが、


「だめ。まだ寝てなさい」


 玉原の厳しい声に制された。


 困ったように眉根を寄せて「コート」とウタタが呟いたので、アマネは笑った。


「いいよ。気にしないで」


 アマネはウタタの様子を観察する。寝かせる前は青白かった顔色が、ずいぶん良くなっていた。アマネはそれだけでも随分とほっとした。                                                                                                                                                                                                                                                        


「これ、ウタタの荷物だよね」


 アマネと八千穂が運んできた荷物を見て、ウタタは「あっ」と小さく声を上げた。


「……ありがとうございます」


 アマネも八千穂も、なぜこんな荷物がカペラ吊り橋に置きっぱなしなのか問わなかった。代わりに、


「これからどうする? このままここに泊まるなら俺たちも残るけど」


 八千穂に問われてアマネとウタタは顔を見合わせた。ウタタは取り繕っているものの、不安がっているようにアマネは思えて、好意に甘えることにした。


「泊まらせてください。朝になったら出て行きます」


 アマネが答えると、八千穂が頷いた。


「わかった。二人で話したいこともあるだろうから、俺たちは上の部屋に居るよ。何かあったら声かけてくれ」


「朝になったからって、すぐに出ていかなくていいですからね」


 そう言って八千穂と玉原が上の階へと行き、アマネはウタタと狭い部屋に二人きりになった。


「……ウタタ、もう大丈夫そう?」


 ポツリと呟くようにアマネが尋ねると、ウタタは「うん」と小さく頷いた。


 アマネが腕時計を見てみると、もう一時を過ぎていた。


「……お腹空いたね」


 アマネがこぼすと、ウタタは「ごめんね」と答えた。謝ってほしかったわけではないのに、謝らせてしまったことが辛い。会話はそれきりで止まってしまって、沈黙が続いた。


 静けさと疲れでアマネがウトウトし出した頃、ウタタが上半身を起こした。


「アマネ、どうして……助けてくれたの」


「……え?」


 アマネはとっさに答えが出てこなかった。


「どうしてそんなに気にかけてくれるの。……どうして、助けてくれたの」


 答えを待つウタタの目は真剣で、どんな嘘もごまかしも見透かされそうな気がして、アマネは言葉を探した。


「おれ、おれはさ、あんなことになるなんて思ってなくて。ただ、ウタタを妨害した鳥を近くで見つけて、知らせなきゃって、それだけだったんだ。それをどうしてって言われたら……友達だから、だと思う」


「友達……? ただ、カノープスの居城で何度か一緒に遊んだことがあるだけなのに、そんなに大事な友達なはずない」


 友達、という言葉が今のウタタにとってどんな意味を持つのか、アマネはうまく想像できなかった。


「うん、そうかもしれない。でも、楽しかったのは本当だから。それにおれだって、鳥がいるから逃げようって、それを伝えるだけのつもりだった。それくらいなら普通だよね。そしたらあんなことになって。おれも、おれなんかが、助けに飛び出せるって思ってなかった。でも、気付いたら身体が動いてた。どうしてかは分からない。……怖かったのかも知れない」


「怖かった? なにが?」


「……また目の前で人が死ぬのが」


「また?」


 訝しむウタタに対して、アマネは頷くことしかできなかった。また目の前で人が死ぬのが怖かった。それは本当だったが、その詳しい内容を話す気にはなれなかった。


 それこそ、カノープスの居城で何度か一緒には遊んだことがあるだけの友達、だったからかもしれない。

 

 ウタタの目に、失望とも諦めともつかない色が宿る。それでもアマネは、その先を話す気にはなれなかった。


「そう。……わかった。助けてくれて、ありがとう」


 そういうとウタタは、起こしていた上半身を寝かせた。納得してくれたのかは分からなかった。


「ウタタ。朝になったら、ごはんを食べて、身体をあっためて、できればシャワーも浴びて、どうすればいいか、それから考えよう」


 アマネはウタタの心を繋ぎ止めたくて言葉を紡いだ。朝になったら。よい解決策が見つかるかもしれない。誰かが助けてくれるかもしれない。運営が、シリウス社が動いてくれるかもしれない。


 ウタタから「うん」と小さな声で返事があった。アマネは安心して、身体の力を抜いた。


 もう限界だった。無理をして走り回った身体も、張り詰めていた気持ちも。

糸が切れたように、アマネは眠りに落ちていった。





 翌朝、アマネは後悔した。


 結局自分は、一番大事な、本当に話すべきことを何も明かすことができなかった。アマネにとっては精一杯話せることを話したつもりだったが、既にユキから裏切られてしまったウタタには、それでは足りなかったのだと。


 がらんどうの部屋に、ウタタの姿はなかった。スーツケースもスクールバッグもない。アマネが貸していたコートは、アマネの肩にかけられていた。


 ああ、言えばよかった。怖がらずに、隠さずに、言えばよかった、とアマネは思う。


 きっとウタタを繋ぎ止められた。


 おれもゲーム領域外でジグリアの力を使えるよ、って。


 目の前で家族が死んだあの日から、使えるようになったんだ、って言えばよかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る