2-7



 カペラ吊り橋の二つの主塔は内部に二つずつ部屋を有していて、一番近い南東の主塔の一階にウタタは寝かされた。がらんどうの何もない部屋だったので、アマネはコートを脱いで、敷いたコートの上にウタタを降ろしてもらった。空調が見当たらないのに部屋の中は暖かかく、それがせめてもの救いだった。


 一体何があったのかと問われて、アマネはかいつまんで説明した。


 自分はウタタと最近知り合った友達で、今日のマスター権防衛戦でウタタの様子がおかしかったので連絡をとって会っていた。ウタタはバトルの途中で外部からの妨害があって身体が上手く動かせなくなったと言っていた。


 その帰り道で誰かに襲われて、変なものを撃たれてウタタが倒れた。よく分からないが、バトルを妨害した時と同じものを使われたのかも知れない。ウタタを背負って逃げ回っていたらここに辿り着いたので、もしかしたら人がいるかも知れないと思って助けを求めた。


 アマネはそういう趣旨のことを、いかにも状況が飲み込めていない風を装って必死に説明した。ゲーム領域外でのジグリアについては、相手の方から切り出さない限り話さないことに決めていた。


 黙って聞いていた男性――八千穂は、アマネの話を聞き終えるとチラッと一瞬だけウタタを見てため息をついた。


「……今日のバトルについては、もう運営に連絡してある。なにかしらの調査が入ることになると思う」


 女性――玉原の方もウタタを気遣わしげに見やって、


「でもいいんですか? ゲームとは関係ないところで襲われたなら、運営ではなくて警察案件だと思いますが……。病院には連れていかなくて大丈夫ですか?」


 ウタタは、今は少し落ち着いて安心したのか、眠っているようだった。が、玉原の言う通り本当は病院で診てもらったほうが良いのだろう。しかしその提案はウタタに拒否されてしまったばかりである。


 アマネが黙ってしまったので、困ったように八千穂と玉原は顔を見合わせた。八千穂が立ち上がり、部屋のドアの前まで歩いていくと、


「アマネ。ちょっと来てくれ。見て欲しいものがある」


 八千穂に促されて、アマネは部屋を出た。


 カペラ吊り橋を渡って歩く。アマネは観客席からしか見たことがなかったので新鮮だった。思ったより広く感じるし、主塔は高い。海からの冷たい風が潮の匂いを運んできていた。


 アマネは八千穂の後を追ってもう一つの主塔の中に入った。小さな階段を登って部屋に通される。


 向こうの部屋は空っぽだったのに、こちらは違った。


 スーツケースとスクールバッグ、少しだけ教科書が積まれていた。


「リラの子、梨木さんだっけ? 彼女の荷物だと思う」


 八千穂の言葉を聞いて、アマネは目を丸くした。ちょっとした忘れ物、というような荷物ではない。


 アマネは積まれた教科書を手に取って確認する。


 裏表紙の内側に、梨木転と名前を見つけた。

 

「彼女のものみたいです。でも、なんで……、ここに泊まってた?」


「もしくは、住んでいたか」


 八千穂はため息をついて続けた。


「マスター権争奪戦のあと、俺たちが運営に連絡するって言い出したらなぜかライラの方が怒り出してな。負けた自分たちを馬鹿にしてるのか、負けは負けだっつって。怒ってリラの子を連れて出て行っちまったから、回収できなかったんだろうな」


 ユキが、とアマネは思う。その後の行動を考えればただの演技だったのだろうか。ここに半ば住んでいたことを知っていたなら、嫌がらせなのか、別の目的があったのか。


「家出……なのかもしれません。あまり学校に行っていないみたいだったし、それに、警察も病院も嫌そうでした」


 アマネはそう言って、唇を噛んだ。ウタタが学校をさぼりがちだと言っていたのは誰だったか。アマネよりユキの方が、ずっとウタタに詳しい。


 寂しい、とも、悔しい、ともつかない、よくわからない気持ちがアマネの心に影を落とした。ユキにとっては、ウタタとパートナーだったことも友達だったことも、ただの演技だったのだろうか。


「まあ、とりあえず、向こうに運ぼう」


 アマネは頷いて、手にしていた教科書をまとめてスクールバッグに入れた。寝かせてあったスーツケースを八千穂が起こしてくれた。


 主塔を出て、橋を歩く。途中、アマネの先を歩いていた八千穂が振り返った。


「あのな、いろいろ事情はあるんだろうけど、本当にやばくなったらちゃんと大人を頼れよ」


 思わずアマネは立ち止まった。知り合いでもないのに、当たり前のように助けてくれて、心配してくれる。そのことが妙に心をざわつかせた。


 うまく声が出なくなって、アマネは小さな声で「はい」と答えた。




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