2-3
二月の挑戦者は大学生の男女のペアで、片方は〝ナイト〟、もう一方は〝デバッファー〟という組み合わせだった。ナイトの男性は大柄で、短く髪を刈り上げた見るからにスポーツマンといった雰囲気で、デバッファーの女性は茶色の長い髪を高い位置でポニーテールにした細身の体格だった。どちらも私服の上に、藍色の和柄の羽織を身に着けていた。
ゲーム開始の十五分ほど前、アマネは前回と同じように動く椅子に連れられて橋の北東にいた。挑戦者側に近い席なので、ウタタ達の居る主塔は遠い。しかし、ウタタとユキ――リラとライラが確かに主塔の上に立っているのは確認できた。
アマネは少しほっとする。ウタタにこれといって変わった様子は見られない。〝カノープスの居城〟に来なくなった理由は分からないままだったが、少なくとも無事であることは確認できた。
試合後に連絡を入れて会いに行ってみよう、とアマネは思いながら、どんなメッセージを送るか悩んだ。快勝おめでとう。さすがダブルクインだね。息ぴったりで見てて気持ちよかったよ。ところで今から会えない?
不自然な誘い方しか思いつかず、アマネは唸った。そもそも人生において女の子どころか男友達を遊びに誘った経験すらないのに、上手い誘い文句など思いつくはずもない。もっと素直に会いたい理由を書いた方が良いのだろうか。
天を仰いで考え込むアマネは、上空にあり得ないものを見つけて固まった。
鳥である。
灰色で、胸元に紫色の飾り石がある、〝カノープスの居城〟の大広間にあるシャンデリアの上でしか見たことがない鳥だった。たとえ似たような鳥が現実に居たとしても、あんな石が付いてはいないだろう。その鳥が橋の上でゆるやかに旋回していた。
「なんで……」
アマネの呟きは、自動音声の解説にかき消された。
『さあ今月の挑戦者はナイト&プリンセス夕霧(ゆうぎり)と浮(うき)舟(ふね)です言わずと知れた名カップルコンビですどのような戦いを見せてくれるのでしょうか』
解説がアマネの耳を素通りしていく。夕霧が剣を高く掲げ、剣から瞬く光の粒のようなエフェクトが立ち登る。灰色の鳥は上空を旋回を続けていた。
『迎え撃つのは我らがカペラ吊り橋のダブルクインリラとライラです』
ライラが勢いよく巨大斧を空に投げる。斧は回転しながら戻ってきて、きれいにライラの手に収まった。
『観客の皆さんはぜひ座席カラーを応援するチームのイメージカラーに変更してくださいねそれでは試合開始まで残り一〇秒、九、八、』
アマネは、周囲の座席カラーが次々と変わっていく様子にはっとして、慌てて座席カラーを選択した。
『レディー!! ファイ!!』
アマネは始まった防衛戦ではなく鳥の行方を追う。灰色の鳥。あの高さまでゲーム領域内なのかも知れない、とも思う。だとすれば鳥は、気付かなかっただけでただの演出として前回も居たのかもしれない。
いや、とアマネはその考えを否定した。あれが正しくゲーム領域内のものなら全く構わないのだ。考えなければならないのは、アレがゲーム領域外のものだった場合である。
『……強力なデバフの効果でリラとライラは本来の能力が発揮出来ていないようです攻撃がいなされてしまいます止まない攻撃の中で夕霧はカウンターのチャンスを逃しません』
デバフ、という単語にアマネの耳が反応した。〝カノープスの居城〟で大広間に入る前にあの鳥を処理していたのは、厄介なデバフを仕掛けてくるからではなかったか。
アマネは橋の上のウタタ達を確認した。ウタタ――リラがいつもより緩慢な動きで相手のナイトに背後から蹴りかかる。ナイトはわずかに振り返っただけで蹴りの軌道を読み切って、上半身を逸らして蹴りをかわした。ライラはと言えば、ずいぶん重そうに巨大斧を振るった。それもナイトはわずかな動作で躱して、ライラにカウンターを喰らわせた。
リラとライラにデバフがかかっていることを差し引いても、ナイトが実力者であることが窺える。
ライラが一歩引いて、諦めて巨大斧を別の武器に作り替え始めた。ライラの攻撃が一瞬止まった隙を突いて、ナイトがリラに剣を振るった。リラは剣をギリギリで交わしながら、近くを箒で飛んでいたデバッファーにナイフを投げる。ナイフはデバッファーの足に刺さってHPをわずかに削った。
ナイトが顔をしかめる。舌打ちが聞こえてきそうだった。
リラは緩慢な動きでナイトの攻撃を躱しながら、何本も投げナイフを放つ。躱しきれずに何発かのナイトの攻撃がリラにヒットする。七本目でナイフは箒の柄に刺さった。元よりそれが狙いだったのだろう、箒が浮力を失ってデバッファーを乗せたまま落下した。
ライラが、巨大斧よりは幾分か軽そうな、大振りな剣を構えている。デバッファーは落下しながら防御魔法を展開する。二重だ、とアマネは気付く。デバッファーなのにウィザード兄弟より高度な魔法スキルを有している。ナイトがライラに剣を向け、剣が光の粒を纏う。特殊な魔法の付与された武器だ。リラの投げナイフが――
アマネは鳥がいなくなっていることに気付いた。いくら空を探せど、どこにもいない。
違和感。
いったい何に感じているのか分からない違和感が気持ち悪い。アマネの背に、冬だというのに嫌な汗が流れる。
鳥の姿を必死に探したアマネは、ようやくそれをリラの――ウタタの背後に見つけた。吊り橋を支えるケーブルの裏に蝙蝠のようにぶら下がっていた。アマネが状況を理解できずに戸惑う中、鳥はぐにゃりと形を変えて銀色のリングとなった。
アマネの良く知っている、〝スナイパー〟の小型射撃装置である。
「ウタタ、逃げて!」
アマネはとっさに叫んだが、当然ウタタには届かない。声は椅子の透明なカバーの中で反響するばかりだ。
ライラの剣とデバッファーの防御魔法が衝突し、ナイトの剣に付与された特殊魔法が放たれる。衝撃波が橋を破壊し粉塵が吹き荒れ、一瞬遅れて、光の渦が辺り一帯を塗りつぶした。
粉塵と光の奔流の中で、銀色のリングが何かを射出し、ウタタの脚に当たったのをアマネは確かに見た。
『――――ライラは浮舟の防御壁を破れませんでしたやはり重量の劣る武器では二重の防御壁を破るのは厳しかったか夕霧はここで特殊武器の一度しか使えない極大魔法を使用してしまいましたここから通常攻撃だけでダブルクインを落とせるでしょうか――――』
AIの無機質な自動音声が、何事もなかったかのように解説を続けている。
それを聞きながら、アマネは静かに唇を噛んだ。
妨害だった。外部からの、不正で、汚くて巧妙な妨害だと、アマネは拳を握りしめ
た。
リラとライラはこのままでは不正な妨害のせいで負けてしまう、とアマネは思うのに、観客席の安全で透明なカバーに守られた座席の上からでは、何もできなかった。
果たして、リラとライラは負けた。絶対的だったダブルクインの栄光は、派手な魔法でも激しい技の応酬でもなく、地味でつまらないジリ貧の戦いで終わった。
ブラックキューブに保護されて怪我を負うはずのないジグリアで、ウタタはずっと、痛そうに右足を庇っていた。
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