1-8
今の状態ではどうやっても勝てない、という結論に至ったアマネは、諦めて大広間から退散した。退散するだけでも大変だったのだが、大広間から出た瞬間に馬が一切の興味を無くしたようにアマネを追い回さなくなったのはさすがゲームだった。
アマネは来た道を辿って一階まで帰り、地図を確認した。カノープスの居城に来たもう一つの目的、ウタタに会うためである。
前回の探索のとき、ウタタは池に落ちた後にロビーまで戻ってこれたのだから、どこかに池までの道があるはずである。地図を隅々までよく見ると、城の周りの庭に出る道があった。地図を片手にアマネは庭に向かう。城の北西の小さな扉から外に出ることができた。
外に出るといっそう寒く感じられた。風が冷たい。あのとき、ウタタは風邪を引かなかっただろうか、と今更ながらアマネは心配になった。
地図の通りなら、このまま東に向かって進めば池の辺りのはずである。でこぼこした城の外形を辿りながら池の近くまでたどり着くと、先客がいた。
「あれ、アマネ?」
アマネに気付いた先客が首をかしげる。隣の少女も不思議そうに目を丸くした。
ウタタとそのパートナーだった。
「でね、リラとライラは英語で書くとどっちもLILA(エルアイエルエー)で、おんなじ綴りになってるってわけ。パートナーっぽいっしょ?」
ウタタのパートナーであるライラは本名を漆(うるし)野(の)雪(ゆき)といった。
肩まで伸ばされた髪は亜麻色のような明るい色で、黒い翼のヘッドギアを装着しており、くるくる動く大きな目が小動物を思わせた。どこかの私立校の真っ白なセーラー服がよく似合っていて、巨大斧を振るっているときとは正反対の印象だった。
「ところでスナイパーくんは、今日は学校どうしたの? さぼり?」
アマネは首を横に振った。
「いや、おれの高校はネット校で、水曜の午後は自由時間になるように授業を組んでるんだ。部活時間みたいなものだよ」
「へえーネット校って便利だね。私はさぼりだよ。抜け出してきちゃった。でも高校は推薦でもう決まっているから大丈夫。あんまり怒られない。その変な色の眼鏡は? 視力悪いの? サングラス?」
眼鏡だよ、とアマネは応じる。良くしゃべる少女である。推薦で高校が決まっているということは、現在中学三年生らしい。
「ちょっと普通とは違う眼鏡で、これがないと出歩けない。だからネット校にしたんだ」
「そっか、大変だねぇ」
神妙そうに頷きながら、ユキは細くて丸い塔を見上げた。塔の壁を、ウタタがクライミングよろしく登っている。
ジャンプがダメだったから塔の壁を登れないか試してみる、と言って登り始めてしまったのだ。積み上げられた石の小さなとっかかりを頼りに器用に登っていく様は、
なかなか泥臭かった。
「ウタタは私よりさぼりがひどいんだよ。っていうか、ずっと行ってないみたい」
「そうなの?」
アマネは驚いた。それだけゲームに人生を費やしているということだろうか。
「うん。……なんかね、おうちがいろいろ大変みたい。ちょっと心配なんですよ」
ユキの言葉は、ただ単にゲームやりたさに学校をさぼっている、というわけではなさそうな雰囲気が漂っており、アマネは言葉に窮した。
「ユキは、ウタタがどうしてあの部屋にこだわってるか、知ってる?」
強引に話題を変えると、ユキは「うーん?」と大げさに首をかしげた。
「褒めて欲しいんじゃないかなぁ?」
「褒めて欲しい?」
思いもよらない回答に、今度はアマネが首を傾げた。
「うん。きっと褒めて欲しいんだよ、パパとかママに」
それは、先程の「おうちがいろいろ大変」というのと何か関係があるのだろうか、とアマネが頭を捻っていると、ユキが「あ」と声をあげた。ウタタが足を踏み外して落ちた。池に導かれるように落ちて、一瞬ふわりと宙に浮かぶ。
アマネとユキは後ずさった。
ウタタはうんざりした顔をしている。覚悟を決めたかのように目を強く瞑ったのが分かった。
パッシャーーーーンと派手に水しぶきをあげてウタタが池に落とされた。
「ウタター? 大丈夫?」
池から這い上がったウタタに、ユキが心配そうに声をかける。
「……うん。大丈夫」
大丈夫ではなさそうな声でウタタが答えた。またしても頭から足の先までずぶ濡れである。
「風邪ひいちゃうよ。タオルとか持ってきた?」
ユキの問いにウタタが力なく首を横に振る。アマネはあることに気付いた。
「城の中にドライヤーがあるよ」
アマネの言葉に、ウタタもユキも不思議そうな顔になる。
「……見たことないけど」
「私も見たことないよ。ドライヤーなんて」
それはそうである。石の城の中にドライヤーなんてあったら世界観ぶち壊しだ。
「えっと、ドライヤーそのものではないんだけど、たぶんウタタくらいレベルが高ければ大丈夫だと思う。案内するよ」
半信半疑のウタタとユキを連れて、アマネは城の中に入った。目的のものを探してしばらく徘徊する。
二階の廊下でそれを見つけてアマネは指さした。
「あれ」
ウタタとユキが顔を見合わせる。
「……ガーゴイル?」
そう、ガーゴイルだった。
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