1-7
翌週水曜日、アマネは再び「カノープスの居城」を訪れた。目的は二つ、一つは変更した装備の調子を確かめること、もう一つはウタタに合うきっかけを得られないかと言うことだった。
実は日曜日にも来てみたのだが、さすがに休日なだけあってロビーで四、五人のグループに出会したのですぐに退散した。夏休みにはイベントも開催されて、冬とは比べ物にならない人数が集まるという。
アマネは首にかけていたヘッドギアを頭に装着して、無人受付機にプレイヤーカードをかざした。
――木ノ窪遍・M・16・スナイパー・レベル96
今日はどのくらいレベルが上がるだろうか、とアマネは期待と不安の混じった気持ちでダンジョンの入口に向かった。
かなり性能のいい防具に変更して耐久力を上げたので、計算上はガーゴイルの炎を数十回浴びても大丈夫なはずである。
実際に耐えられるのか試すために、アマネは一匹目のガーゴイルを見つけるとわざと少し外れた場所に攻撃を打ち込んだ。
ギャギャッと威嚇の声を上げて、ガーゴイルがアマネに向かって一直線に飛んでくる。アマネは逃げない。ガーゴイルは射程距離内にアマネを捕らえると、お返しだ、とでもいうように思い切り炎を吐き出した。
――あったかい……。なんだこれ、暖房か?
火傷しない程度に調整された温風は、冷えた身体に心地よかった。思わず「もっとやって」と言いたくなるほどである。
――冬のナンバーワン不人気スポット、思ったより快適……いや、
アマネは我に返って自身の体力を確認した。大丈夫、たいして減っていない。この調子なら一人で探索して少々ダメージを食らっても問題ないだろう。もしかしたら、あの馬の石像の中ボスのところまで行けるかも知れない。
さすがに炎を浴び続けて暑くなってきたので、アマネはガーゴイルにお礼を言って撃ち抜いた。
消滅するガーゴイルに手を合わせながらはたと気付く。よく考えてみると、こんなにいい暖房があっても、体力が少ないか防御力が足りなかったら避けるしかないのだから、その辺も含めて冬のナンバーワン不人気スポットなのかも知れなかった。
探索はすこぶる順調に進み、中ボスのいる大広間の前までアマネは無事に辿り着いた。高い防御力と言うのはありがたいもので、少々攻撃を受けながらでも耐えて迎撃できるのだから素晴らしい。アマネは、左右から挟み撃ちでひっかかれたり、蜘蛛の糸にぐるぐる巻きにされたり、馬乗りになってタコ殴りされた道中を思い出しながらしみじみと思った。
防御力が高ければなんでもできる。
アマネは大広間を扉の陰から覗き見て、シャンデリアに巣くう鳥のモンスターを確認した。前回と同様三羽いる。アマネは射出装置であるリングを三つ構えた。これはレベルアップに伴って解禁された武器の性能アップの一つで、最大八つまで展開できるようになった。八つものリングをうまく扱えるかはまた別の問題である。
顔の前に三つのリングを三角形に並べて、それぞれ照準を合わせた。
撃つ。
風を切る音が三つ重なって鳴り、三羽の鳥が同時に撃ち落された。
なかなかイケているじゃなかろうか、とアマネは自画自賛した。同時に、それも別々の方向に攻撃できるということは、一対多の戦闘にも対応できるということだ。ソロプレイの強い味方である。
意気揚々とアマネは大広間に足を踏み入れた。馬だろうがプレートアーマーだろうが、なんでも来い。
大広間の中央に鎮座する馬の石像が、侵入者の気配を察知してにわかに輝く。目に青白い光が宿って動き出すと一際大きく嘶いた。と、同時に大広間の壁際に並べられていたプレートアーマーが左右それぞれ二体ずつ、馬と同じように光り輝いて動き出した。
アマネは一人での立ち回りを頭の中でシミュレートした。先に数を減らすのがセオ
リーだろう。
距離があるうちにアマネはリングを四つ展開し、プレートアーマーに照準を合わせる。馬はウタタの攻撃で即死しない程の体力を持っているため後回しだ。
四体、狙いを定めて攻撃を放つ。四つの黒い針のような弾丸が、プレートアーマーの胸のあたりを撃ち抜いた。
一撃でやれるだろうか。
プレートアーマーは攻撃を受けた衝撃で一度仰け反ったが、倒れることはなくすぐに前進を再開した。アマネは焦りつつも再度照準を合わせた。少し離れた所で、馬が走り出す予備動作をしている。プレートアーマーに二発目を撃ち込んだ。
今度こそプレートアーマーが仰け反ったまま硬直し、消滅のエフェクトがかかる。
よし、と安心する間もない。馬が走り出している。早く馬の直線距離上から離脱しなければ突進を喰らう。横に転がり込むようにしてアマネは馬の突進を避けた。
急いで立ち上がると、馬がもう方向転換してアマネに向かって走り出していた。またギリギリで突進から逃げたが、わずかに避けきれず、触れた部分からの衝撃でアマネの身体は軽く押し飛ばされた。
いやちょっと待ってまずいのではないか、とアマネは早々に気付く。体制を整える前にまた方向を変えた馬が突っ込んでくる。今度こそ全く避けられずに正面から攻撃を喰らった。
アマネの身体が宙を舞った。痛くはない。ブラックキューブで身体が覆われているためだ。本当に突き飛ばされたわけではなく、突き飛ばされたことになって運ばれている。痛くはないのだが、なにぶんボールの如く身体が宙に浮いた状態では、反撃しようにも照準を合わせる余裕がない。着地――もとい墜落した場所に馬が待ち構えていて、今度は後ろ足で蹴り飛ばされた。
反撃を諦めて、アマネはまずは体制を整えることに集中することを選んだ。恐らく問題は、アマネの低すぎる身体強化スキルだ。ゲーム内でも現実世界でも自分自身の身体を動かすことをずっと避けてきた結果が今である。自分自身の身体を動かす能力を、曲がりなりにも鍛えなければならない時がきたのだろう。
やったことはないが、空中で仰向けの身体を捻ろうと試みる。腕を右に振って身体全体の向きを変えようともがく。不格好だがなんとか体の正面を下に向けることに成功する。もう地面が近い。
――着地? 着地ってどうやるんだっけ。
アマネが記憶から辛うじて見つけ出したのは猫の着地のイメージである。伸ばした四肢を着地に合わせて曲げて衝撃を吸収するアレである。果たして人間にできるのか疑問に思いながら真似をする。
――べたーんっ!
蛙が潰れたような着地になった。痛みがないのをいいことにすぐに立ち上がって走り出す。馬が突進を仕掛けてくる。直線上から逸れるように走って逃げる。この攻撃を避けられたら、その隙に反撃ができるはずだ。馬がカーブした。絶望しながら全力で走ったが、当然アマネより馬の方が早い。後ろから追突されて、またアマネの身体は空中に飛ばされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます