1-6
防衛戦の土曜日、場所は隅田川。海がほど近く、潮の匂いがかすかに漂う場所に〝カペラ吊り橋〟はあった。
〝カノープスの居城〟とは異なり、こちらはその外観がむき出しになっている。ケーブルを支えている二本の主塔は、一般的な吊り橋より大きくて装飾的だ。今日はマスター権争奪戦のため、橋の左右に座席だけの観客席が出現しており、宙に浮いているかのようなそれはアマネにとっては見慣れない光景だった。
アマネはプレイヤーカードをコートのポケットから取り出して、座席の指定番号を確認する。SW56。橋の南西側の空中である。どうやっていけというのか。
カードに表示される案内に従って、橋の入口の横に並べられた、球体をくり抜いたような白椅子に腰かける。と、同時に球体椅子が浮いた。「えっ」と声を上げたアマネに構うことなく、球体椅子は向きを変えて空を飛ぶ。いつの間にか目の前には透明なカバーがかかっていた。
椅子に運ばれるままにアマネはSW56に到着した。
よく見えるようになった主塔の一番上にはウタタがいた。黒髪のショートカットに白い翼。隣には、ウタタのパートナーがいる。プレイヤー・ライラ。事前に調べた通り黒い翼のヘッドギアを付け、凶悪そうな巨大斧を肩に担いでいる。白いセーラー服を着ていて、巨大斧とのアンバランスさが激しい。俊敏性重視のウタタと方向性は違えど、彼女もまた近接攻撃型のプレイヤーである。
アマネは反対側の主塔の上も確認する。今日の挑戦者である二人は、お揃いのスチームパンク風のごつごつしたゴーグルを頭にかけ、やたらとボタンが多い茶色のコートを着た少年二人だった。
顔つきが似ているので兄弟かもしれない。まだ武器は手にしておらず、二人で身振り手振りを交えながらなにやら話し込んでいた。
橋の中央の床には、大きくカウントダウンが表示されている。
試合開始まで残り十八分。
『さあ今月の挑戦者はウィザード兄弟ごろーとろくろーです炎の魔術師ごろーが弟で雷の魔術師ろくろーが兄ですのでみなさん間違えないでくださいね』
試合開始の一分前になると、AIによる自動音声の解説が始まった。自動音声は昔よりは流暢に喋るようになったらしいが、やはり若干の違和感がある。
案内にあわせて、ごろーとよばれた炎のウィザードが、魔法を使って花火を空に打ち上げるパフォーマンスを見せた。
『迎え撃つのは我らがカペラ吊り橋のダブルクイン・リラとライラです』
ライラが勢いよく巨大斧を空に投げる。斧は回転しながら戻ってきて、きれいにライラの手に収まった。
『観客の皆さんはぜひ座席カラーを応援するチームのイメージカラーに変更してくださいねそれでは試合開始まで残り一〇秒、九、八、』
自動音声の声を待っていたかのように観客席の色が次々に変わっていく。リラとライラは黒と白のマーブル柄。ウィザード兄弟はオレンジである。アマネは慌てて座席周りを確認した。そんなボタンどこにあるというのか。
椅子を覆う透明カバーの右上に『座席カラー変更』の文字が表示されているのを見つけて、アマネはリラとライラを選択した。
『レディー!! ファイ!!』
自動音声と橋の床のカウントダウンが同時に開戦を告げた。
主塔から飛び降りたライラが一直線に橋の中央を駆けた。リラは器用にも主塔と主塔の間に架かるケーブルの上を駆けていく。ウィザード兄弟は二人そろって詠唱を行っている。相手の主塔の手前まで来たライラが巨大斧をまるでブーメランのように振るって投げると同時に、ケーブルを渡り終えたリラがウィザード兄弟の背後に回って拳を振りかぶった。
挟み撃ち――ギリギリ間に合った詠唱が、球体型の防御魔法を展開して巨大斧と拳を凌ぐ。開戦前にはカウントダウンが表示されていた床に、今は双方の体力ケージが
示されている。ウィザード兄弟の体力の減りはわずかだった。
『リラとライラの先制攻撃はごろーとろくろー十八番の防御魔法によって防がれましたリラとライラにとっては苦しい展開です一方ごろーとろくろーはここからどのように攻撃に転じるのでしょうか』
本来の軌道を逸れた巨大斧を回収するためライラが走る。リラは主塔の上で、雷のウィザードへ狙いを定めて防御魔法ごと相手を蹴り飛ばそうと攻撃を重ねる。一発、二発、三発。ジリジリと競り負けるように雷のウィザードは主塔の端に追いやられていく。
少し距離を取って詠唱を行っていた炎のウィザードが、先端に炎を灯した槍を構えた。ウィザードなのに槍を使うのか、アマネは不思議に思う。少しでも詠唱中の不利をカバーする為だろうか。
槍を振るう炎のウィザードの攻撃をリラは軽々と避けた。曲芸のように宙返りして、着地と同時に雷のウィザードに蹴り込む。とうとう主塔から雷のウィザードの足が落ちた瞬間、リラが今までよりも殊更強く蹴りを入れた。
防御魔法ごと雷のウィザードが蹴り飛ばされて落ちる先にはライラが巨大斧を構えていた。
『ろくろー落されましたライラが待ち構えています』
見越していたかのように雷のウィザードは攻撃魔法を展開した。雷のウィザードを中心として、青白い電撃が広く迸る。攻撃魔法の威力に自信があるのだろう、雷のウィザードはニヤリと口角を吊り上げた。
対して、ライラも笑っていた。ずっと凶悪な笑みだった。面白くて仕方がない、と目が語っている。あろうことか、バチバチと激しさを増す電撃の中心に向かってライラは巨大斧を振りかぶって突き進んだ。ライラの体力ケージが一気に半分ほど削られる。
が、次の瞬間、
――キイィィィィィン――
耳鳴りのような高音が響いて電撃が消失した。その中心で、巨大斧が防御魔法を突き破って、雷のウィザードに突き刺さっていた。もちろん本当に身体を傷つけているわけではない。巨大斧と雷のウィザードの額との間には絶対に動かせない5ミリの隙間がある。
『ろくろーの雷魔法を突き破ってライラの攻撃が決まりましたあまりの一撃の重さにろくろーノックダウンです』
ライラの、ウォリアーとしての高い防御力と高火力の攻撃力にまかせた、むちゃくちゃなやり方だ。もし雷のウィザードが電撃と並行して移動系の魔法を展開できていれば、結果は逆だったかもしれない。
一方、主塔の上でリラと炎のウィザードは、槍と蹴りで攻撃を繰り出しあっていた。
『さあごろーはこの一対二の状況をどう切り抜けるのでしょうかごろー攻撃が当たりませんリラは着実にごろーの体力を削っています』
そう、当たらないのだ。槍の方がリーチの長さは有利なはずで、しかも先端の炎は攻撃の威力を底上げするものであるはずなのに、そもそも当たらない。リラは槍を避けながら合間に蹴りを打ち込み、その攻撃は防御魔法の上からじりじりと炎のウィザードの体力を削っていた。どう見ても時間の問題だった。
「……えっ」
アマネは小さく声を上げた。ウタタが――リラが蹴りの瞬間にわずかにバランスを
崩したのだ。その隙をついて炎のウィザードは後ろに飛び退って主塔から自ら飛び降りた。
『リラの猛攻からごろー逃れました槍を箒に変えて飛びます逃げ切れるでしょうか』
何事もなかったかのように自動音声が解説を続ける。
――なんだ、いま、なにか変だった。
ウタタがバランスを崩した瞬間、アマネは奇妙な違和感を覚えた。
『ライラが地上から斧を放ちますごろーわずかに避けきれませんしかし新たな炎魔法を展開します』
――蹴りの瞬間? それともその前?
バトルの行方をぼんやりと追いながら、アマネは違和感の正体に思考を巡らせた。
『リラがケーブルを伝ってごろーを追います』
――知ってるような、最近どこかで似たようなものを見た気がする。
『降り注ぐ炎の飛礫がリラとライラを襲います』
アマネは必死に記憶を探った。
『リラがケーブルから跳躍してごろーを蹴り落としました落ちる先にはライラが待ち構えています』
――どこだっけ。
『ライラの攻撃が決まりましたごろーノックダウンです勝者はダブルクインですリラとライラに拍手を』
――〝カノープスの居城〟の小部屋の前。跳躍が阻まれるゲーム領域外。
アマネが同じ違和感を覚えた記憶を探り当てたときには、バトルはリラとライラの勝利で終わっていた。
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