1-4


 大広間のボス戦を終えて、アマネたちは問題の小部屋につながるはずの階層に上がった。この辺りからは、部分的にバルコニー状になっているエリアもあり、散策面積としては少し狭くなる。



 問題の橋は城の北端にあり、そこまでの道はさして難しくもなかった。


 石壁がくり抜かれた穴から外へ出る。


 外には、ここが東京の有明であることを忘れてしまうような深い森と青空が広がっていた。オフィスビルに見えたガラス張りの内側は、まるまる風景を投影するモニターの役割を担っており、ブラックキューブで作られた城の外縁部と滑らかに繋がっている。


「橋、なくなってるね」


 アマネが呟くと、ウタタがこくりと頷いた。


 ほんの一メートルほどは城内部の廊下から続く橋が伸びているのだが、そこから先が崩壊して無くなってしまっていた。


 橋が続いていたであろう先には、一〇メートルほどの所に細くて丸い塔が立っている。どうやらそこに例の小部屋があるようだった。


 アマネは途切れた橋の下を覗き込んでみる。クラクラするような高さで、真下には小さな池があった。


「設定画では、魔法族の王家の中でも、稀に生まれる特別な力を持った子供が隔離されていた部屋……なんだって。設定があるなら、行けるんじゃないかと思う」


 ウタタの呟きが聞こえた。アマネに話すと言うよりは、どこか自分自身に言い聞かせるような小さな声だった。


「……でもこんな状態だと、無理じゃない?」


 肩をすくめたアマネに対し、ウタタは静かに首を振る。


「ジャンプする」

「えっ?」


 当然のように言い切ったウタタにアマネは言葉を失った。


「ジャンプする」


「本気で言ってる?」


「一〇メートルくらいなら、レベル五〇程度のプレイヤーの身体強化スキルがあれば飛べるはずなんだよ。試した人はもういて、ジャンプ自体はできる。けど途中でゲーム領域外判定になって落ちるらしい。僕はそれが本当か試しに来た」


 アマネは何と言って良いか分からず、言葉を探した。


「大丈夫。もし落ちても途中でまたゲーム領域内に入るから、バンジージャンプみたいなものだよ」


「……それも誰かがもう試してる?」


 ウタタが頷いたので、アマネは諦めて端に寄り、ウタタに道を開けた。


「これあげる」


 脇に寄ったアマネにウタタが差し出したのは城の地図だった。


「西に魔法陣が描かれた小部屋があるから、アマネはそこから帰るといいと思う。安全に出口まで行けるよ」


 アマネが地図を受け取ると、ウタタはもう用はないとでも言うように「またね」と手を振った。


 アマネが手を振りかえすのすら待たず、ウタタは軽やかに駆け出して――飛び立った。


「――!!」


 人間離れした跳躍力でウタタの身体が宙を舞う。放物線は、向こう岸まで届きそうな弧を描く。


 が、先に聞いた話の通り、その勢いは途中で不自然に失速した。ウタタの身体は重力にしたがって地面に引かれる。


「ウタタ!」


 アマネが慌てて叫ぶ。

 どうしよう、本当に大丈夫なのか!?――と、アマネは焦るが、もはや成す術はなかった。


 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちて、池が――


 再度、不自然にウタタの勢いが失速して、池の上で一瞬ふわりと止まった。


 直後、まるでコントのお約束のように、ウタタの身体は池に落とされて派手に水飛沫を上げた。


 大丈夫と聞いていても、心臓にすこぶる悪い光景だった。



 アマネはウタタに言われた通り、西の小部屋の魔法陣を使って一階に降りた。魔法陣といっても、その実態は魔法っぽい演習が施されたエレベーターで、アマネはまっすぐ安全に一階に辿り着いた。


 ダンジョンからロビーに出て、アマネはウタタの姿を探す。ウタタはロビーのベンチの端に座っていた。アマネに気付いて手を振る。 


 生きていたことにホッとしたのも束の間で、真冬だと言うのに、ウタタは頭からびっしょりと水に濡れていた。


 おかしい、池もブラックキューブで出来ていたなら、ダンジョンを出れば乾くはずだ、とアマネは目を瞬いた。


「運営から、できないものはできません。って怒られた気分」


 池だけ本物の水だったのだと言って、ウタタは力なく笑った。






「こんな状態だから僕は先に帰るね」と言うウタタと、アマネは挨拶もそこそこに別れて、退館処理のために無人受付機の前に立った。


 プレイヤーカードをかざす。プレイヤー情報を更新しています、の文字が複数の言語で表示される。


 予定外にウタタに助けられ、中ボスまで進んでたくさんスキルを使ったから、けっこうレベルが上がったかもしれない。ワクワクしながらアマネが待っていると、程なくして、今日のプレイ結果を反映したアマネのプレイヤー情報が表示された。


――木ノ窪遍・M・16・スナイパー・レベル96


 突然跳ね上がったレベルにアマネは理解が追い付かず、硬直した。


 そんなアマネにお構いなしに、画面はすぐに切り替わる。


 Please come again anytime.




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