2-1 揺れる×はぐれる 息と嘘

 次にアマネがウタタに会ったのは、翌々週の水曜日だった。場所はやはり〝カノープスの居城〟で、ウタタはどこかから収集してきたアイテムを使って、丸い小部屋に辿り着こうと試みていた。


 先端にかぎ針がついた縄を何度も塔に向かって投げていたウタタが、何度やってもひっかからずにとうとう諦めた。座って眺めていたアマネの横に座り、ため息をつく。


「……どう思う?」


「どう思うって言われても」


 行けないようになってるんだと思うよ、とアマネが続けると、ウタタは観念したよ

うに「そうだね」と頷いた。


「ネットで探しても、行けた人はいなかったんでしょ?」


「……ダンジョン攻略で有名な、ムムムって動画配信者でもダメだったみたい」


 ウタタは塔の上を見上げて、「なんで、行けないのにつくってあるんだろ」と呟く。アマネにとってはそこまでこだわる方が不思議だが、ウタタにとってはそうでもないらしい。


「雰囲気づくり? 普通のテレビゲームでも行けそうで行けない場所ってあるし、遊び心で作ってあるだけかも」


 ウタタは「一理ある」と頷いた。もし本当に遊び心で作ってあるだけなら、どうにか辿り着こうと試みて二度も濡れネズミになっているウタタは運営の思う壺だな、アマネは思ったが、口には出さず心に留めた。


 しばらく黙って塔を見上げていたウタタは、スッと立ち上がると「そっちは?」とアマネに尋ねた。そっち、が分からずアマネは首を捻る。


「攻略、進んだ? 大広間では行けるようになったんだよね?」


 ああそのことか、とアマネは苦笑いをする。


「馬の石像の動きについていけなくて、まだ大広間で止まってる。もうちょっと身体強化スキルが上がらなきゃダメなんだと思う」


 アマネの答えを聞いたウタタは「よし」と言って、まだ座ったままのアマネに手を差し出した。


「修行しよう」


「え」


「身体強化スキルを伸ばすには、単純に体を動かすのが一番だよ。アマネはスナイパーだから、攻撃の時もあんまり動いてないんでしょ」 


 アマネは慌てる。


「いや、でも、おれ、身体を動かすのは苦手で、」


「別に修行って言っても、組み手とか筋トレをしようってわけじゃないよ。ただ歩くだけでも、スキルを使って歩くんだよ」


 それなら、とアマネはおずおずとウタタの手を取って立ち上がった。


 ウタタに教えられて、アマネはプレイヤーカードを操作して足に「加速」をセットする。「ちょっと歩いてみて」とウタタに背中を押されて足を踏み出すと、歩いているのか滑っているのか分からない奇妙な動きになり、三歩ほどでアマネはバランスを崩して転んだ。


 走り寄ってきたウタタにアマネは助け起こされる。


「ごめん、そこまで苦手と思わなくて。スケートみたいなものだから、そのうち慣れるよ」


「……本当に?」


 半信半疑のアマネを宥めるようにウタタが笑う。


「慣れるまで、僕が手を持って支えるから」


 自転車の練習みたいだな、とアマネは思った。もっともアマネは自転車に乗れない

ので、練習してできるようになる、というイメージがわかなかったが。


 アマネは助け起こされたときに繋いだままのウタタの手を見て悩んだ。細い指と細い手首だが、身体強化スキルを使いこなすウタタの手は見た目と裏腹に力強く、頼もしいことはわかっている。


「うん。えっと、お願いします」


 アマネはウタタに小さく頭を下げた。ウタタは嬉しそうだった。





 練習と慣れ、というのはすごいもので、三〇分ほどウタタに手を引かれて歩いているうちに、アマネは「加速」の感覚に慣れた。滑るような感覚に逆らわず、なるべく上半身を倒さず、頭を正面に向けておけば意外に勝手に前に進む。慣れてからはウタタの手に頼らなくても、一人でまっすぐ進むことができた。


 課題は曲がったり止まったりといった動作だったが、それも時間の問題と思われた。


「そろそろ帰ろうか」


 ウタタが腕時計を見て言った。アマネはそんなに時間かと少し驚く。


「日没を過ぎると、番人が見回りに来るんだよ。絶対に勝てない上にすごく見た目が怖いから、会いたくないんだ」


 眉尻を下げるウタタは本当に嫌そうだった。冬のナンバーワン不人気スポットに、不人気たる理由が更に追加された。




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