たった一つの手違いとすれ違い/星灯楓花

ここは、ひとつ、主の居ない世界。いくつもの世界設定を共有する不可解な世界。クトゥルフ神話クトゥルフの呼び声TRPGという共通認識のもとに動く世界の一つ。わたしの主であるひとが作り出した世界の大本。その世界は異質なモノが取り除かれて、主さんの生み出した人たちの日々は平常なまま回り続けるけれど、ここはそうじゃない。日常から離れた冒涜を知ってしまった彼らには、度々そういう脅威が襲いかかる。知るというのはそういうこと。彼らがそれを知った時、それもまた彼らを知るんだ。

わたしはそんなことをぼんやりと考えながら彼らの日々にちょこっとおじゃますることにした。世界の中に入った以上わたしだって知ることと知られることの例外にはならないことをわたしは全く失念していた。


彼らは一つのシナリオにたどり着く。たどり着かれる。いえ、絡め取られると言ったほうが正確かもしれませんね。システムに規定されている時セッション中よりもずっとなめらかに調査を進め、あらゆる知識と人脈を総動員し、路地裏に潜む日陰者をも利用し、映画みたいに物語が進行していく。ひっ迫した状況で、それでも何かを救おうとする人たちの輝きは、とても切実で愛おしい。


物語はクライマックスへ至る。知識は十全。用意された物は完全。致命的なミスファンブル以外での失敗は有り得ない。ありえないから、何も起こらなかった。違う。有り得ない。そのはずなのに、“何も起こらなかった”。儀式の失敗ではない。消費される媒介になんの変質も無い。まるで、最初から全部間違っていたみたいに。

そして、阻止されなければ当然に履行されてしまう。目覚める。不完全だけれど十分に破滅足り得える狂気の主が。空気が震えて街の空が悲鳴をあげる。それは“完全な姿”で目覚めた。死すらを超越し、永劫の眠りより目覚めて、伸びをするみたいに気だるげに雲を引き裂いた。


「どう……して……。」

違う。そんなはずがない。完全な復活なんてありえない。だってこんなのは、“用意されている結末エンディング”と違いすぎる。これじゃあまるで、わたしの知る本当原作の招来みたいだ。

「わたしの……知っている……。知っている……?」

物語の世界はいつも酷く曖昧で、それぞれの認識によって如何様にも変化しうる。主さんのよく言っていたこと。だとすればあの大いなるものはわたしの知識と認識によって真なるものに近づいたということになる。システムセッションの外殻を失った自由な物語の中でクライマックスとしての討ち斃されるだけの張りぼてではなく、名状しようのない狂気の淵から這い出た本物の恐怖の具現。矮小な人類に為すすべのない圧倒的な終わり。

わたしに流れ込むわたしと根本を同じくする彼らたちの痛みも絶望も死の断絶も、正常な世界の中での道理なら受け止めよう。だけれど、これは違う。これはわたしのせいで起きた埒外の異常だ。このけじめは私がつけないといけない。ぜんぶおしまいにしよう。ぜんぶ。


そうして刹那の内にわたしは星空の中に浮いている。手の中に在るのは世界の結晶。物語の雫。それは他の物語たちのような光を失い、灰ががった青色の触手に侵されてぐずぐずに崩れ去ろうとしている。手の中で包み込んで見えなくする。手の中にはなにもない。認識を失った世界は存在しないと同義だ。忘れる。忘れた。何もなかった。これでいい。




次の瞬間には、赤みがかったメッシュの目立つ白衣の青年がわたしの前に立っていた。世界がぐるりと塗り替わる。むき出しのコンクリートに、質素な机と椅子。どうしてか、さっき消したはずのすべてを、まだ覚えている。
















観測記録:No.■■■■■■■■■■■■の断片的な復元に成功。

再構築は指示在るまで中止。


妖星観測局局長:■■■■

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星灯楓花 星空の鍵 @hosikagi

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