【星灯楓花✕妖星観測局✕末元の雫】
世界の終わりの話の終わり/凪川鈴音
やっぱり私はそういう類の人間で、失われていったものはもう一度失われるのでした。
あの時とは違い、一点の曇りもない青空。雨の代わりに降り注ぐのは忌々しいほどの日差し。白い靄の代わりに濃密な死の香りのする粉塵があたりを覆っています。
ひどく熱せられた赤色のアスファルトはからりとした夏の匂いをすっかり塗り潰して、どんよりとして湿っぽい鉄の匂いを漂わせています。いくつも転がるもう動かなくなった体がどんどんと精彩を欠いていっているように見えて、みんなの生きていた証が失われていくようでした。
私に手を差し伸べてくれた雫石さんも、私に働く場所を与えてくれた霖堂さんも、それを全部大丈夫だって言ってくれた夢羽さんも、秋風さんも天霧さんも結局名前を知ることなかったあの人も、みんなみんなもう死んでしまった。
人間の尊厳とか、命の価値とか、今まで積み上げてきたものとか、そんなのは全部なんにもなかったみたいに吹き飛んでいってしまいました。突然街の空や港から現れた巨大な異形は、頭の中を直接かき回すみたいな冒涜的な映像を私達に叩き込んで、それから生まれたばかりの動物の癇癪みたいに暴れ始めました。防波堤とか鉄塔とか揺らぐはずのない現実が何でも無いように砕け、拉げ、薙ぎ倒されていって。人の形をした死体が残っていることがまだ幸運だと言えてしまうほどに、湧き出した終焉になすすべもありませんでした。
そのために私達はずっと備えてきたはずなのに、そんなことはなんにもならなかった。こんなモノに抗えるはずなんてなかった。最初から全部諦めて死んでしまえばよかったんだ。あの時、あの6月の雨の日に。
私がいなければみんなもっと違う場所にいたのかもしれない。私がいなければみんなちゃんと逃げられたかもしれない。私がいなければ調べ物も対策もちゃんと対抗できる物に行き着いていたのかも知れない。私がいなければ私が生き残るようになっているからだからみんな死んでしまったのかもしれない。私がいなければ。
奇跡は2度も起こらない、起こったとして、私はもうそれを受け止められない。口の端から笑いがひとりでに漏れる。震えて立つこともままならないまま足を動かす。四つん這いで、無様に手と足とを名状しがたい絶望の方へと進めていく。こんな世界なんて、こんな私なんて、最初からなかったことになればいいのに。
暴虐の限りを尽くす青緑の触腕が、コンビニエンスストアの看板を吹き飛ばして、私の右脇腹を巻き込んで吹き飛んでいく。私の躰も2転3転と道路を跳ねる。もう動かない、あるいは欠損したのかもしれない手足の先と殆どなくなった脇腹から、致命的な何かが流れ出ていくのを感じる。あぁ、私はこんなになったのにまだ生きているんですか。私はこんなにも、死ぬことすらままならないほど無力なんだろう。自分の力では終わることもできないんだろう。
ひきつった口の端が次第に大きく開いて、止まらない笑い声が始まった街だったものに響いていく。悲鳴や断末魔に混じって、この街の終わりの歌を奏でる。
世界が断絶する。
クトゥルフの呼び声 シナリオ「■■■■■■■■■■■■」
エンディング:N/ A「 」
記録が滅失する。
これは既に存在しない物語だ。
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