【星灯楓花×星空の鍵】重ね合わせの二人と、分かたれたもの

暗い昏い闇の中を、どこまでも落ちてゆく。仰向けになって光ひとつない闇夜を見上げながら、ゆっくりと落ちていく。ぐっと落ち込んだ時はこういう風に星空を眺める夢を見ることがあるのだが、今回はどうもそのようではない。深い闇はいつかこちらを蝕んでくるように思えたし、自分はこのまま何処かに消えてしまうようにも思えた。

零すような、ほんの小さく息を漏らす音が耳に響く。

目の前に少女が、居る。

僕は彼女の事を少女と描写するが、自分と同年代の女性である事を僕は知っている。何故なら僕がそう決めたから。消えてしまった星空をそのまま落とし込んだみたいな深い藍のワンピースに身を包む彼女は「星灯楓花ほしあかりふうか」その人で間違いない。蠱惑的な笑みを浮かべる彼女の姿形を明確に定められているわけでは無いが、よりにもよって僕が彼女を見間違える筈もない。

彼女はこの空間そのものであるかのように自然に僕との距離を詰める。額がくっつきそうなほど近くなる。口と口とが触れてしまったような、気がした。じっと覗き込んできた彼女の瞳はまるでブラックホールみたいだった。吸い込まれそうなほど真っ直ぐでどこまでも暗く、目が合ったその時確かに時間の流れがゆっくりになった、或いは止まった。ともすれば時間という尺度すらこの空間にはないのかもしれなかった。唯一の手掛かりだった星の瞬きは、彼女のワンピースに縫い止められて動こうとしない。丁度、今の僕が彼女の瞳に射止められてそうであるように。

彼女が口を開く。

「沢山辛いことがあったんですよね。入れ替わってあげましょうか?生きていくことはままならない。そうですよね?」

彼女の声は僕の頭の中に直接溶けるように染み込んでいく。それは決して官能的な響きでなく、僕と彼女、2つの存在が溶け合うような響きで。

「 」

僕の反論がこの空間を震わせることはなく、間抜けに口だけが動いて彼女の耳に届かない。

星灯楓花わたしはそんな事を言わない。それは、ちょっと私を見くびりすぎです。より温かな方へ向かっていく。そう決めたのはあなたじゃないですか。そちらにいれば、もっとずっと確かな温もりを得ることが出来る。違いますか?」

「あなたは私たちを確かなものにし過ぎなんです。あなたの中にはいつも私たちがいる。他の子達は過去があるから、ずれた場所には居られない。局長さんはそうでもないかもしれませんけどね?だけど、あなたがあなた自身とそう変わらない存在として創り上げた私は、あなたと入れ替わることが出来る。わかりますね?」

何が効果的なのか、解ってますからね。と微笑みながら、左の手をゆっくりと絡ませてくる。もう片方の手は、胸元の蒼いリボンへと向かい、しゅるりと解けると、長袖のワンピースが不可能な挙動を示して落ちてゆき、彼女の全てが露わになる。彼女の肢体は美しいと言うには余りに不可思議に肌の色と透明な空の色が混ざって透き通っていた。

彼女が手放したリボンは、ワンピースに少しだけ遅れて、深い深い闇の中をどこまでも落ちていく。空になった彼女の右の手が、求めるように反対側の僕の手のひらにゆっくりと絡んでいく。そのまま2つの身体が混ざりあっていく。触れるほどに布越しに伝わってくるのは、人肌とは異なる苛烈でしかし少しも苦しくはない焼けるような熱さ。比喩ではなく、正に溶け合うようにして溶け込んでいき、じわりじわりと、透明な空が入れ替わっていこうとして、それは最後まで上手くいかなくて、不満げな彼女の顔が浮かぶばかりだった。いつの間にか、彼女は薄い青のワンピースに身を包んでいて、消えていた星空は視界の端から復元されていき、最後に北極星がひときわ輝いていつもの明るさを取り戻した。緩やかに揺蕩い、どこかに愉快そうに瞬いている。

「やっぱり、だめなんですね。ずるいひと。私はこんなにも確からしいのに、それだけなんて。」

「私はいつだってあなたのそばに居ますから、あんまり酷いことをしないでくださいね。局長さんにだって限度はありますし、どの物語にだって私たちは確かに居るんですから。」

彼女はそう言って“星空の鍵”から離れていって、何も無かったように消えてしまった。いや、きっと居る。彼女だけでなく、僕自身から出発した者たち全員が、ここに、ずっと。くるりと振り向いて背を向けた彼女が最後にみせた横顔は、晴れやかなようにも物憂げに哀しみを湛えていたようにも見えた。

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