第2話

 シチュエーション2



「アイラ・ローズ」

「はい」


 鈴のように綺麗な声が耳朶を打つ。声のした方を見れば、窓の外と同化しそうなほど綺麗な青髪が揺れる。耳にかかるその髪を搔き上げると、白い首筋がチラリと見える。

 宙は慌てて視線を前に戻した。宙がアイラに告白をされてから二日が経った週の真ん中の水曜日は少しだけやる気がでない。だが新入生はまだまだ学校にも慣れておらず、そんな感想を持つ余裕はない。


「宙、箒やろうぜ!」

「う、うん」


 既にクラスの中ではグループができつつあった。宙のクラスは男子の方が少ないため、男子同士仲良くやっている。

 アイラと言えば、黒板消しを片手に黙々と掃除をしている。だが、その小さな体では上まで手が届かず、黒板の前で飛び跳ねている。


「アイラさん。上、私がやってあげる」

「……大丈夫」


 そんなアイラの様子を見かねた一人の少女が声をかけた。180センチを超える身長を持つ女子バレー部期待の新人、片桐忍かたぎりしのだ。


「いや、でもさ……」

「あなたは攻略対象じゃないから、離れて」

「攻略対象?」


 アイラはそう言って背後を振り返る。アイラの視界には宙が正面に写っている。


「あー、宙君ね。好きなんだっけ?」

「一目惚れ」


 そう言ったアイラの頬が少しだけ赤くなる。

 アイラが告白をし、そして宙がそれを断ったというのはこのクラスでは既に知れ渡っている。

 アイラも落ち込んだ様子もなく、そしてまだ諦めていないことから、他のクラスメイトは深く気を使う必要もなく過ごせている。そして恩恵は宙の元にも訪れていた。

 入学早々に美少女から告白をされ、さらにそれを断った男子。一体どんな奴なんだと、クラスの男子からは少しばかり英雄のような扱いを受けていた。


「勝率は30%みたい。手伝って」

「……ふふ、いいよ」


 アイラから黒板消しを受け取った忍は手早く上の部分を消していく。アイラはそれを眺めながら少しだけ視線を落とした。


『現在の好感度。32%です』

「低い……」

「大丈夫だよ。これから大きくなるって!」

「そうじゃない」


 脳内で聞こえる声にアイラは落胆を隠そうともしない。忍はそれを勘違いしたのか、余計なフォローをする。


『アプローチをするには情報が足りません。対象への接近を要求します』

「分かった」


 放課後の掃除が終わると、簡易のホームルームが開かれ担任が連絡事項を話す。それも終わると生徒たちは完全な自由となる。


「宙。一緒に帰ろ」

「うぇ?」

「あー、宙、じゃあな!」

「ちょ、ちょっと……」


 宙のクラスメイトは気を遣ったのかそう言って足早に逃げていく。取り残された宙は気まずげに振り返る。後ろではアイラが宙をじっと見つめている。


「宙、行こう?」

「行こうって、家はどこなの?」

「大丈夫。宙と同じ方向だから」

「そうなの?」

「うん。中学校が近く」

「ああ。もしかして西華中?」

「そう」


 アイラが頷くと宙は納得のいったような表情をした。西華中とは宙が通っていた学校の隣の中学だ。


「わ、分かったよ……」


 宙は諦めたように一緒に帰ることを了承した。アイラは頭の中で小さくガッツポーズをした。


『これより下校時の会話プログラムを作成します』


 アイラの脳内で感情の篭っていない声がそう告げると、すぐにアイラの視界に複数の選択肢が現れる。


「宙は好きな女の子はいないの?」

「え?」

「宙は好きな女の子はいないの?」

「いないけど……」

「けど?」

「まだ入学したばかりだし、いないよ」

「私は宙が好き」

「……なんでよ」


 アイラの不意打ちに宙はドキッとさせられる。アイラは宙の目を上目遣いで見つめながら一歩距離を詰める。宙は慌てて一歩外に逃げる。しかし歩道の幅には限りがあり、すぐに逃げられなくなる。


「一目惚れ。だから宙をもっと知りたい」

「僕なんか、ほら、弱気だし、カッコ良くもないし……」

「もっと宙のこと教えて?」

「……」


 宙は顔を隠しながら反対を向く。アイラの視線から逃れるようにする宙だったが次の瞬間にぎょっとした。


「な、何!?」

「こっち向いてくれないから」


 突然アイラが宙の手を握ったのだ。驚いた宙はばっと手を引く。アイラは振り解かれた手に視線を落とす。


「ご、ごめん。僕女の子が苦手なんだ」

「そうなんだ。ごめんなさい。知らなくて」

「いや、僕もごめん。手、怪我してない?」

「うん」


 勢いよく手を払ってしまった宙はアイラを心配する。女子が苦手な宙だが、決して心遣いができないわけではない。


「私のこと、嫌いになった?」

「え、いや……」

『イレギュラーな質問です。対象の回答パターンを解析します』


 アイラの質問に機械的な声が演算を開始する。だが、答えが出るよりも早く宙が口を開いた。


「嫌いじゃない。まだ、知り合ったばかりだし、そう落ち込まないでよ」


 伏し目がちなアイラを見た宙は慌ててフォローする。女子の扱いに慣れていない宙は、どう接していいか分からない。慰めようにも言葉が見つからない。


「あ、アイラ?」

『回答。左斜めを振り返り笑いかけましょう』


 アイラの頭の中で答えが示される。行動まで細かく指示をした人口知能に、アイラはその通りに動く。


「嘘」

「はぇ?」

「落ち込んだふり」


 アイラはそう言って上目遣いで笑いかける。突然顔を振り上げたアイラに、宙は目を剥いた。触れてしまいそうなほどに顔が近く、宙はすぐさま赤面する。


「い、意地が悪いなぁ」

「ふふ。宙はすぐ赤くなる」


 アイラは楽しそうにそう言った。宙の右手を見つめ、少しだけ残念そうにするが落ち込んではいない。


『対象の体温上昇を確認。暫定好感度が増加しました』

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