隣のあの子は宇宙人。
明通 蛍雪
第1話
『心拍数、体温共に上昇を確認。この感情を暫定、恋であるとします』
春の陽気が私を包む。暖かな日差しは今の私には少し暑く感じる。新しい制服に身を包んだ私は今日、高校に入学する。
「暖かな春の訪れとともにーー」
新入生代表の挨拶がマイクを通して体育館に響き渡る。まだ堅い制服は新品の匂いがする。慣れない着心地に時折衣擦れの音がする。
「これで入学式を終わります」
教頭の一言で締められ、新入生たちはそのまま教室に戻っていく。ぞろぞろと綺麗な列を成して去っていく姿は蟻の列のようだ。
新入生が座っていたパイプ椅子を在校生たちが片付けていく。文句を言いながら働く者や、トイレに隠れてうまくやり過ごそうという生徒。既に自分の教室に戻っている猛者もいる。
あっという間に体育館からは椅子がなくなった。壁に張られた紅白幕だけが入学式の残滓となっている。
こうして、榴ヶ岡高校の入学式は無事に終わりを迎えた。
入学式が開けて最初の登校日
『現在の勝率、50%。主の外見的特徴は地球人の中でも上位数%に入ります。最善の方法は時間をかけることです』
頭の中で人口知能がそう告げる。
「今告白した場合の攻略ルートを考えて」
『承知しました。演算を開始します』
空色のボブカットが風に揺れる。150センチを超えない小さな体は不釣り合いなリュックを背負っている。
明らかに周りから浮いているその少女は、ただ一点を見つめながら歩いていた。
『告白シミュレーションが完了しました。現在の候補を表示します』
無機質なその声と共に、少女の視界に文字列が表示される。
「決めた」
ざっと目を通した少女はその表示を消し正面に見据えた少年の元へと駆け寄る。
「
「ん?」
宙と呼ばれた少年は、肩を叩かれ後ろを振り返る。一瞬視線を彷徨わせ、すぐに下に気づく。そして少し驚き顔を背ける。少女は宙の顔を覗き込むように見つめていたため、かなり顔が近くにある。
「好きです。私と付き合ってください」
「……え?」
「私と付き合ってください」
宙はそこで固まってしまった。思考が完全に停止している。目の前の美少女からの告白に脳が追いついていない。
「僕と? なんで?」
「一目惚れ。好きに理由はいらないと私は思う。私と付き合って」
少女がずずいと距離を詰める。宙が一歩後退るとすかさず少女が前に出る。そんな二人が話しているのは校門を抜けた後の、校舎までの一本道。もちろん他の生徒から好奇の視線が向けられていた。
「ご、ごめんなさい!」
自分たちが目立っていると分かり、視線に耐えられなくなった宙は、一気に振り返り校舎の中へと逃げていく。脱兎のごとく駆け抜けていく宙の背中を見つめながら、少女は静かに息を吐いた。
『心拍数の上昇を確認。緊張状態から解放されました』
「うるさい」
『……』
少女は脳内で語りかけてくるその声を一蹴した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
トイレに駆け込んだ宙はその場で息を整える。勢いそのままに逃げてきたが、自分はとんでもないことをしたのではないかと、少しだけ心配になる。
高校の入学式から、土日を空けて一日目の登校日。教科書の詰まったリュックの重さを背中で感じる。
「いきなり告白されるなんて。しかも慌てて断っちゃった。もしあの子に変な噂流されたら高校生活終わりだよ……」
トイレの個室で頭を抱える宙は自分の過ちを後悔していた。
「それにすごく可愛かったし、女子を味方につけて僕を潰しに来るかもしれない」
悪い想像が宙の頭を支配し、ネガティブな発想が止まらない。
宙は女性が苦手だった。小学生の頃から女子が苦手だった。恐怖症とまではいかないが、女子を避けてきた。その性格のおかげか、今まで彼女ができたことはない。
宙は決して顔が悪いわけではない。運動も並程度にはできるし頭も悪くない。特筆してモテる要素は持っていないが、モテない要素も持っていない。強いて上げるとすれば弱気な性格くらいのものだ。
「あの子は何組の子だろう」
入学式の日、具合が悪く最後まで保健室にいた宙は知らない。青髪の美少女が自分と同じクラスだということを。
トイレを抜け出した宙は静かに廊下を歩いていく。一年生の階は想像以上の盛り上がりを見せている。
同じ中学の同級生が別クラスにいた生徒たちが、他のクラスの友人を求めて出歩くことで廊下はお祭りのようになっていた。
その人混みに紛れるようにして宙は自分の教室に向かった。ここでは特に目立つことはなく、宙はホッと一息ついた。
「まだ初日だっていうのに、疲れた」
リュックの肩紐に手をかけ机の上に下ろす。ドスッと音を立てながら置かれたリュック。椅子に腰をかけると、視界がリュックに覆われる。机に突っ伏した宙は不意に視線を感じ、体を起こす。
「おはよう」
「あ、おはよ……えっ!?」
宙は声をかけてきた人物を見て驚いた。驚いて声を上げたため教室に静寂が訪れた。半立ちの姿勢で止まった宙は顔を赤くしながら静かに座り直した。
「よろしく」
「う、うん。よろしく……」
宙は気まづげに視線を逸らし、もう一度机に突っ伏した。
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