第32話 月光天


 その古代王国は栄華を極めていた。


 そこに住む男は下級騎士だった。

 娘が一人。


 平凡で平和な家庭だった。

 ただ娘は非凡な才能を持っていた。


 そんなごく一般的な家に初めは高名な司祭が来た。

 次には国王の使いが来た。


 男はその要求を突っぱねる。

 だが男は反逆者として囚われた。

 娘も囚われてしまった。


 娘は女神になった。そうさせられた。

 娘の嘆願で男は解放された。

 男はそれが許せなかった。


 そのために男は「闇の魔女」と契約した。


「闇の魔女」は男にあるものを渡した。

 闇の鎧だ。闇の鎧は強力だ。強力でなくては目的を達し得ない。

 男の目的は娘を取り戻す事だ。


 男は同じ境遇の者達と兵を挙げた。

 王国がそこで出したのは「女神」達だった。

 葛藤の末、結局男は娘とは戦わなかった。戦えなかった。


 結果、男達は討ち取られた。


 男に同情した魔女は男をデュラハンとして生き延びさせた。

 ただデュラハンとなった時、男は記憶の大半を失ってしまっていた。


 そこには渇望だけが残った。



 ──そんな夢をクロは見ていた。


「変な夢だったニャ。鎧の記憶かニャ?」


 目を覚ますと元女神の娘が寝ている。


 すやすやと眠る彼女を見て、クロは恐らくこれで良いのだろうと思うのだった。



 †



 紅く輝く鎧の女神と白銀に輝く鎧の戦乙女ヴァルキリーが私をそこへ連れて行く。

 しかし、その戦乙女達も何故そこへ来たのか分かっていない。


「ここは……」

「ソニア。わかるか?」

「『識界』の様ですね。あるいは夢の中ですか」


 蓮華姉さんと散華ちゃんの疑問に私は推測を述べる。

 この三人なのは一緒に寝たからだろうか……


 辺りを見回すと一面に花畑が広がっている。

 晴渡った天空には迫るような巨大な白い月が浮かんでいた……

 それは高原の様な場所だった。


 近くには大きな樹があり、その隣に小さな家が建っている。

 その家から人が出てきた。

 そしてこちらへと向かって来る。

 女性だ。

 その女性は私達の所まで来ると言った。


「来たようだね。随分と時間がかかったようだが。皆、元気にしてたかい?」

「誰だ?」


 私は首を捻る。誰だかわからない。

 女性は蒼と黒のドレスを着ていた。出で立ちは魔女の様だ。

 私と似た銀髪美女だ。髪は長く胸元まで垂らして縛ってある。


 何というかバインバインだ!


「散華ちゃんクラスだと!」

「何処を見て言っている!」


 散華ちゃんに抗議された。

 私達を知っていて、識界の住人。

 かつ蒼炎を思わせるドレス。

 私達はある人物を思い出すが、あまりに印象が違う。


「いや、しかし……そんな、まさか……あり得ない! 若すぎる! しかもバインバインだと!」

「ですが、そうだとしか……」

「うん? 知っているのか?」


 蓮華姉さんは思い当たった様子だが、散華ちゃんは気づいていない。

 いや散華ちゃんも気づかないほど印象が違う。私だって認めて良いのか迷うほどだ。

 私は決断して問う。


「お婆ちゃん?」

「ああ。ようやく分ったかい? ソニア。蓮華。散華。久しぶりだね」


 そう言って妖艶な美女は微笑んだ。


「「ええっ!?」」

「やはりそうでしたか。お久しぶりです。蒼炎の魔女」


 察しはついていても驚いてしまった。散華ちゃんは本当に驚いていた。蓮華姉さんはさすがだ。受け入れている。

 これは受け入れて良いのだろうか? 私の記憶との齟齬が酷い。

 何と言うか……普通にショックだよ!?


 いや、前向きに考えるんだ! あれがお婆ちゃんなら将来私もああなる可能性が大だ!


「フフ、やったぞ! いや、やってやるぞ!」

「何を言っているんだい? ソニアは相変わらずだね。 まあ立ち話もなんだ。家へ入りな」


 お婆ちゃんはそう言ったが。


 取り敢えずあの胸は堪能しなくては!


「お婆ちゃん!」


 そう言って私はお婆ちゃんに抱き着いた。


 お婆ちゃんの胸に顔を埋める。


 お婆ちゃんの匂いがした。


 自然と記憶が再生される……


 私は泣いていた。懐かしさに自然と涙が溢れていた……


「お婆ちゃん……会いたかったよお……」

「ああ。私もだ」


 嗚咽を漏らしながら泣き続ける私を、お婆ちゃんは微笑みながら優しく抱きしめてくれた。



 †



 蒼炎の魔女の家の中。

 やはり本が多い。私と違って綺麗に片付けられているが。

 私達が促されて椅子に座ると、お婆ちゃんがお茶をいれてくれた。


「皆。あれから随分と成長したね。見違えたよ」

「蒼炎の魔女にそう言って貰えるとは光栄です」


 褒めてくれるお婆ちゃんに蓮華姉さんが返す。


「ですが、見違えたのはこちらもです。その姿は?」

「肉体は器だからね。魂は魂の姿をとるのさ。言っている事わかるかい?」

「ええ。何となくですが……」


 蓮華姉さんとお婆ちゃんがそんな話をしていた。

 よくわからないが、おそらく全盛期の姿になるとかそういうことだろう。


「だが、見れば見るほど驚くな……。記憶との食い違いが……」


 むう、昔の記憶が上書きされてしまう!


「ハハ。それは仕方ないね。慣れるんだね。とはいえそれはこちらも同じだよ。私と別れた時、お前たちはまだ幼かったからね」

「そうでしたね。懐かしいです」


 お婆ちゃんと散華ちゃんもも懐かしそうに昔のことを話す。言われてみればそうだったなと思い出す。


「でも何で今までは会えなかったのだろう?」


 私にはそれが疑問だった。当然ながら魔女や魔法使いは識界を訪れる。そうでなくては魔法が使えない。

 お婆ちゃんが亡くなった後、私はしばらくふさぎ込み、何度会いたいと願ったことだろう。

 だというのに会うことはなかった。……あれだけ切望したというのにだ。


「ここは識界でも特別な場所だからね」

「特別ですか?」


 お婆ちゃんに蓮華姉さんが尋ねていた。


「ああ。ここは言わば聖域だ。その第一天、月光天という。この聖域は十の階層に分かれていて階層を登れば根源に近づくらしい。だが気をつけるんだね。それはお前たちの世界では化物になるって事だ。現実世界から乖離するって意味でね。模造女神と戦ったのだろう? 簡単に言えばああなるって事だ。人によっては神になるとも言うがね」

「模造女神のこと。知っているんですか!?」

「ああ。こちらからでも少しは見えるのさ。感じると言った方が正しいかね。あれは強制的に根源に近づけさせられた人間だよ。大昔の実験の結果だろう」


 それは衝撃だった……。


「そんな事が……」

「強くなるのは否定しないがね。度が過ぎれば身を滅ぼすってことさ。特に散華と蓮華。あんた達は気をつけるんだね。神の血に引っ張られないようにね」

「強くなって悪いように聞こえますが……」


 それはお婆ちゃんの通った道だったのだろう。少しの後悔を滲ませたように語る。


「いや、覚悟があればいいさ。ただ生きづらくなるのは間違いないね」

「そうですか。肝に銘じておきます」

「おっと。説教みたいになっちまったね。悪かった」

「いえ。ありがとうございました」


 蓮華姉さんは、私達を代表してお礼を言った。そうして一区切りついた感じになる。


「そろそろ一度帰った方が良いかもしれないね。余り長くこちらに居すぎると、それこそ帰れなくなるかも知れないよ」

「ええ!? せっかく会えたのに、もう?」


 お婆ちゃんの言葉に私は驚いた。私は本当に会いたかったんだ!

 だが、帰れなくなるのは困る。


「なに、また来ればいいさ。こういうのはね徐々に慣らしていくのが肝心なんだよ」


 私は仕方なく納得する。絶対にまた来る、と肝に銘じる。


「なるほど。しかし、どうやって帰るんだ?」

「確かに眠っていたらいつの間にかここへ来てしまいました」


 散華ちゃんの疑問に蓮華姉さんも同意していた。私だってわからない。


「初めてなら仕方ないね。手伝ってあげるよ。皆で手を取り合って。目を閉じるんだ」

「はい」


 私達は言われた通りにした。手を繋いで瞑想するように心を落ち着ける。


「現実の肉体を意識しな。何が見える? 何を感じる?」

「……ソニアがいる」


 お婆ちゃんの案内で散華ちゃんが応えた。

 私もそれに従った。


 !? ……凄いよ!!


「散華ちゃんと蓮華姉さんが下着姿で私の隣に……。うおおお!! そんな! いいのか!」


 これはすぐに帰らねば!!


「ソニア、変なことを言うのはやめなさい」


 蓮華姉さんに怒られた。集中を乱してしまったようだ。


「お前達は何をやっているんだ……」


 お婆ちゃんは呆れている。


「これは帰らずにはいられねえ!」

「散華! ソニアを先に行かせたら危険です! ソニアを止めますよ!」

「はい! 姉様!」


 三人が一瞬輝いて。

 その場から消えていた。


「行ったか……しかし、ソニア。お前は何処に向かっているんだ? 成長というのは時に残酷なものだな……」


 一人残された蒼炎の魔女は、孫の行く末が心配になるのだった……

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