第31話 決着

 女神の周囲で、神性の波動が猛り狂う。

 その嵐で私達は女神に近づくことができなかった。


 女神は何やら呟いている。


「是に八百万の神ヤオヨロズノカミ共にハカりて、建速須佐之男命に千位の置戸を負せ、マタ鬚を切り、手足の爪も抜かしめて、神夜良比夜良比カンヤラヒヤラヒ岐」


 それに伴い神性の波動がさらに激しく荒れ狂う!

 それは次第に上空へと集まっていく……


「あれは長文詠唱!」

「!! 先ほどのあれ以上となると、これはかなり拙いですね……」


 私が驚いて言うと、それに師匠が応じていた。


「だが、近づけん! 止められないぞ!」

「仕方ないですね。皆さんもう一度受けますよ! 気合いれてください!」


 散華ちゃんの言葉に、師匠が皆へ覚悟を促す。


「うう。どうして私はあの時逃げなかったのか! 過去に戻りたい!」

「私だって逃げたいんだから! エリスしっかりして!」

「分かってるわよ! やればいいんでしょう!」


 一人泣き言を言っていたエリスは、アリシアに励まされていた。


 皆で師匠に魔力を集める。


「それは光の盾 女神よ我らに大いなる守護を 邪悪を祓い 災厄を避けよ その名は──」


「『女神の盾アイギス』!」


 光の盾の構築が終わると、同時に女神から巨大な光球が落とされた。

 先の倍以上の大きさだ!


「『神逐カンヤライ──オリジン


 恐らく街の何処から見ても見えるだろう。

 それは尋常ではない破壊力を秘めているに違いない。


「!! くっ……街ごと破壊する気か!」

「皆、気合を入れて! 来るわよ!」


 散華ちゃんの言葉にアリシア先輩が励ました。完全に受け止めきるしかない!


 光の盾に巨大すぎる光球がぶつかった!


「!! ぐぅっ……!!」

「くぅっ……!!」


 皆で懸命に耐える。

 尋常ではない量の魔力が消費されていく!

 気を失いそうになるが、そうなったら終わりだ。


 バキ!


 光の盾にヒビが入った。


 バキバキ!


 罅が広がっていく。


 パアアアアアァァァン!


 限界を超えて光の盾が砕かれてしまった!

 全魔力を使い果たした師匠が倒れる!


「くっ……拙い!」


 流石に私も動揺を隠せない。


「姉様ッ!」

「散華ッ!」


 そのとき私達の前に紅と白の二人の女神が立ち塞がった!


「「散華が決めて 蓮華が創る」」


「雪月花の時 最も君を憶ふ 」


「散る華を 何をか恨みむ 世の中に 我が身も共に 在らむものかは」


「『雪月花──散華』!」


 それは心が通じ合ってしまった二人の合体技だった。


 桜と雪の吹雪が巨大光球を散らしていく!


 二人がこじ開けたこの勝機に賭ける!


「いける! いや、いくぞおおおおお!!」


 私は自分自身を鼓舞するように皆を激励した。


「私が決めて……私が創る……」


「風は思いのままに吹く あなたはその音をきいても それがどこから来て どこへ行くかを知らない。」


「『緑風の聖霊ルーアハ』!」


 アリシア先輩の魔法で風が強くなった!

 緑風が桜と雪の吹雪を援護する!


「私が決めて……私が創る……」


「天の原 踏み轟かし 鳴る神も 思ふ仲をば 裂くるものかは」


「『紫の雷霆ケラウノス』!」


 エリスも負けじと援護した!

 更に紫の雷霆が加わった!


 荒れ狂う風と雷が、まるで風神と雷神を彷彿とさせる。


 止めとばかりに私は「青の書」を開いた。


「其は蒼き炎帝の咆哮 其は青き太陰の火炎 蒼炎よ青の書の盟約に従い我が敵を滅せよ」


「『蒼炎嵐舞(ファイアストーム)』!」


 魔法陣から放たれた蒼炎が舞い踊った!


 皆の全身全霊の一撃。


 最後に残った小さな光球はツヴェルフさんが持ったダンの大盾に阻まれて消えた。


 皆満身創痍だった。砕かれた細かい破片が傷つけたのだ。


 だが生き残った!


「女神は?」


 流石の女神も沈黙していた。周りに渦巻いていた神性の波動も消えている。女神も全力だったのだ。それほどの力の放出だった。


「ご主人様。皆。よく頑張ったニャ。後は任せるニャ」


 クロが女神に近づいて行く。


「分かっているニャ。そう喚くな……」


 クロが独り言を呟いている。

 いや、あれは鎧の声を聴いているのだ。

 クロは闇の鎧と相性が良い。さらに猫耳の良さで鎧の声が聞こえるのだ。

 それが分かった。


 クロは女神に近づいて抱きしめた。


 そして


「『神堕カミオトシ』」


 そう呟いた。


 女神はクロの腕の中で雷に打たれた様にビクンと痙攣した。


 クロはそのまま彼女を地面に横たえた。


 そこに横たわっているのは最早、女神ではない。

 纏っていた神性は綺麗に消えていた。


 ただの少女が横たわっている。


「終わったのか?」


 散華ちゃんが呟いた。


「ええ。その様ですね」


 蓮華姉さんが応えた。


「先ずは傷を治しましょう」

「そうね。それが先ね」


 私の提案にアリシア先輩が同意した。


「もう。クタクタよ。早く休みたいわ……」

「生徒会で休憩室が用意してあります。移動しましょう」


 エリスさんにツヴェルフさんが応えていた。

 私は師匠を治療する。


「うう……うん」


 ほどなく師匠が目を覚ました。


「師匠! 大丈夫ですか?」

「ええソニア、まだ少しふらつきますが直に治るでしょう」


 師匠は辺りを見回すと……


「終わったのですね」

「はい」


 会場は破壊され、酷い有様だ。人も既に退避して誰もいない。

 私たちの他にはただ、中心に一人の少女が取り残されているだけである。



 †



 休憩室。

 皆で簡単に治療を終えるとツヴェルフさんの言っていた休憩室へと移動していた。


 鎧を脱ぐと一騒動あった。

 ああ。そうだ。

 忘れてた。

 皆、下着姿だ。


 やったね!


「どういう事よ! 服が無くなるとか……」

「確かに聞いてなかったですね」


 エリスと蓮華姉さんが抗議する。他の皆は知っているのだ。


「うむ。言ってませんでした。って言うより言ってる場合でもなかったし……」

「すみません姉様。エリスさん。私も知っていたのですが。すぐに代わりを用意させます」


 堂々たる私と反対に、大会運営責任者の散華ちゃんはすぐにフォローに入る。

 蓮華姉さんはその散華ちゃんを見て。


「!? え、ええ。いえ。散華、後で良いですよ」

「蓮華?」

「? ですが……」


 華姉さんの言葉にエリスさんと散華ちゃんが不審がる。


「後で良いのです!」

「わ、わかりました」


 蓮華姉さんは散華ちゃんに釘付けだ!

 私は蓮華姉さんの耳元へ近づくと心の声を代弁してあげた。


「この子、随分と成長したわね……」

「ソニア!?」


 蓮華姉さんだけでなく聞いていた散華ちゃんまで赤くなっていた。


 そんなことがあってから、少し落ち着くと皆一つのベッドを見ていた。

 そのベッドの上では元女神の少女が寝ている。

 座って休みながらも彼女を見ている。


 結局皆、下着姿のままだ。疲れていたのだ。少しでも動くのがだるい。

 それでも確認することはしておく必要があった。


「困りましたね。この子。どうしましょうか?」

「起きてから話を聞くしかないのでは?」

「言葉が通じれば良いのですが」


 師匠の問いに私が返した。


「模造女神だったかしら? という事は古代人なのよね?」

「恐らくそうだとは思いますが……」


 アリシア先輩の問いに師匠が返す。

 師匠は大佐から聞いたことを皆に伝えていた。


「ツヴェルフさんは何か知ってる?」

「いえ、わかりません。教授ならもしかすると何か知っているかもしれません」


 私がツヴェルフさんに聞いた。彼女もまた遺跡から見つかっているからだったが、知らないようだ。


「やはりそうなりますか」

「では起きたら教授の許へ連れて行きましょうか」

「そうだな」


 師匠と私のやり取りに散華ちゃんが同意した。


「皆疲れているだろう。休める人は休んでおけ」

「そうね。私も少し眠らせてもらうわ」


 散華ちゃんの言葉に従ってアリシア先輩がベッドに横になった。


「私も寝るわ。もう限界」


 そう言ってエリスがアリシア先輩のベッドに入っていった。


「ちょっとエリスなんで入ってくるのよ!」

「仕方無いでしょ。ベッドが少ないんだから。貴女はもう少し他の人に気を遣うべきね」

「うう。分かったわよ」


 エルフとダークエルフが仲良く寝ておる。二人は仲良しだったんだな……

 下着姿でだ!

 今すぐ突入したいです!


「散華。わたくし達も眠りますよ」


 ちょっと顔を赤らめながら蓮華姉さんが言った。


「姉様!? しかし……」


 散華ちゃんも顔が赤くなっている。


「どうしました?」

「いえ、今は恥ずかしすぎると言いますか……」

「……分かりました。ソニアも来なさい」


 ご指名だと!


「喜んで!」


 私は散華ちゃんと蓮華姉さんのベッドへ入った! 何だか懐かしい気さえする。


「では私とツヴェルフですね。クロはどうしますか? 私達と一緒でも良いですが……」


「そうだニャあ。元女神の子と一緒でいいニャ」

「わかりました。あの子をよろしくお願いします」


 平常時ならば存分に堪能したいところではあったが、皆疲れ切っていてすぐに寝てしまったのだった……

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