第30話 光の勇者
ここは酷く居心地が悪い……
はっきり言ってしまえば、気持ちが悪い。
ここは王都。
王城内の謁見の間。
俺達エリュシオンは王様に呼び出されていた。
俺の前には上段で王様とやらが豪華な椅子に座りふんぞり返っている。
俺たちはその手前で跪いている。周囲には文官や武官が揃っている。
何度も繰り返し、同じことをしてきた。その度に吐き気を催すほど気分が悪くなる。
王様を一目見て分かった。こいつは駄目だと。
だと言うのに分不相応な野心がちらついていやがる。
もっと欲しいと強欲さが表出している。
それが周囲に伝播して貴族どももそれを当たり前だと思ってやがる。
稀に華咲の親父のような例外もいるが、それは例外中の例外だ。
何故、俺がこんな奴にとは思うが、俺は顔に柔和な仮面を貼り付けて対応してやる。
王様にとってはさぞ都合の良い駒なのだろう。
国民向けの体の良い
そんなことを考えて、それが俺を余計に不愉快にさせた。
かつては俺も光の勇者と呼ばれて舞い上がっていた時もあった。
だが今ではそんな俺を殺してやりたいと思うほど後悔していた。
余りの不愉快さに謁見が終わると俺は仲間に問い質した。
その時には流石に柔和な仮面も剝がれ落ちてしまっていた。
「お前ら、よくあれに耐えられるな。気持ち悪くねえのか?」
「何言ってんだ? 王様だぜ。凄い事なんだぞ!」
ダンは言った。こいつは馬鹿だ。仕方ない。
「アレにはアレの役割があるのだ。君はもう少し忍耐を学ぶべきだな」
「あーはいはい。説教はいいよ。胸糞悪い」
大佐はいつもこうだ。俺の指導役で、勇者と呼ばれる俺より強いのだからタチが悪い。
「お前らはどうだよ?」
「私はこの国のことなんてどうでもいいわ。でもアレは確かに酷いわね。そのうち潰れるんじゃないかしら」
エリスの素性は分からない。ダークエルフだ。おそらくこの国の人間ではないのだろう。
「エリス。そうならない様、父様が頑張っているのです。わたくしとて思うところはありますが……」
蓮華はそこで一息つくと、俺に向かって言い放った。
「勇者よ。わたくしは貴方がアレと同じだと思っています。同族嫌悪というものではないのですか? 自戒してください」
「! ほお。なるほど、そうきたか」
アレと同じと言われると大いに反論したいところではあったが。
蓮華の言葉に俺は素直に感心していた。
俺はこの不愉快さの原因に思い当たったせいで、幾分か余裕を取り戻した。
俺はあの王様が心底嫌いらしい。
俺より多くを持っていながら、もっとよこせと命令してきやがる。
まだ足りないと喚きやがる。
思い出すだけで腹が立つ。
そんな事があってから……
後日、俺の許にある男がやって来た。
薔薇の匂いのきついその男は言った。
「貴方の欲しいものを我々は用意できます」
「何が目的だ?」
「勇者様とお近づきになりたいだけですよ」
こういう奴はたくさんいる。俺が光の勇者と呼ばれるようになってからは特に増えた。
その時はそんな奴らの一人だろうぐらいにしか思っていなかった。
「それで俺の欲しいものとは?」
「これです」
そう言って男は妙な魔導具を取り出した。
「短剣か?」
「ええ。ですがただの短剣ではありません。なんと女神を呼び出す事ができるのです! ……ただ条件はありますが。まあ勇者の貴方にはそんなことは造作もない事でしょう」
「胡散臭すぎるだろう……」
「まあ、信じられないのもわかります。これは差し上げますよ。お近づきのしるしです。気が向いたら使ってください」
そんなことを言って男は去った。
その後男は度々、妙な魔導具を持ってきた。
どうやら男は
「組織ではありません。秘密結社ですよ! 秘密結社! 良いですよね秘密結社! 格好いいでしょう?」
そう言って男は喜んでいた。
「そういうところが胡散臭いのだが……」
だが男の持って来る魔導具は有用だった。
いつの間にか俺は男に乗せられていた。
そうしている間も俺は王様に度々、呼ばれていた。
俺は正直、我慢の限界だった。
だが王様を殺すのは意外と簡単ではない。
傍に蓮華の親父が控えている。この国の将軍でもある奴は強い。
大佐だってこちら側へつくとは思えない。
しかも殺したら殺したで追手がかかる可能性が大だ。
では逃げるか?
否、それこそあり得ない。
何故この俺がアレのために逃げなくてはならないのか!
つまりは決定的な戦力が足りない。
「ああ。分かった。欲しいものを手に入れてやるよ」
俺は薔薇の男の魔導具に賭けることにした……
†
過去の回想から戻るようにして、光の勇者は思った。
何をやっているんだ! と。
女神は降臨した。欲しいものは既に手中にある。
大会はもう意味を成していない。
つまりは戦う意味などない。
それが何だ? 妙な鎧まで着けて抵抗してくる。
「貴様ら!! 何故俺の邪魔をする!?」
本当に意味がわからない。
†
「お前は散華ちゃんと蓮華姉さんを傷つけた。お前が邪魔をしたんだ!」
反射的に勇者の問いに私は答えていた。
だが、その答えに勇者は冷めた視線を寄越して……
「……分かった。もういい。 女神よ! 会場ごと、奴らを消し飛ばせ!」
それに頷いた女神が上空に昇る。
女神の周囲に光が集まりだす。
先ほどの魔法か!
「師匠! お願いします!」
「分かってます! 皆さん私に合わせてください!」
そう言うと師匠はすぐに詠唱を始めた。女神は無詠唱だが大魔法だ。
力を集めるのにある程度時間がかかるのは先ほど見たので分かった。それでも十分に速いが。
皆が師匠の周りへ集まる。
「それは光の盾 女神よ我らに大いなる守護を 邪悪を祓い 災厄を避けよ その名は……」
「『
師匠の張った光の盾に、散華ちゃん、蓮華姉さんの女神の力が流れ込む。
さらに皆で師匠に魔力を集めて防御魔法を補強する!
「『
同時に女神から巨大な光球が落とされる!
退避しながら見ていた勇者は嘲るように言った。
「馬鹿め。そんなもので耐えられるはずがないだろう!」
光球と光の盾がぶつかった!
「!! ぐうっ……。 これはきついですね!」
「! くぅっ……。ですが大丈夫ですよ! こちらの女神は八人いますから!」
「ふふ。確かにその通りだ。皆、耐えるぞ!」
師匠を励ます私の言葉に、散華ちゃんが同意する。
さらに、こちらには対神兵装がある! 耐えられるはずだ!
それを信じて光の盾に皆で魔力を送り込む!
懸命に耐えて光の盾が光球を押し戻しだした。
「!? なっ!! 馬鹿な! ありえん!!!」
勇者は巨大な光球が当たらないよう、場外近くまで避けていた。
だが、それが逆に災いした。
私達が受け止められるなど思っていなかったのだ!
光と光がぶつかり合い弾かれた巨大な光球はそのまま勇者の方へ飛んだ。
「!? 何ッ!! ぐっ……! がああああああああ!!」
直撃した光球は勇者を光にかえていく。さすがにあれは勇者の鎧でも防御できなかったらしい。
「なんだと! 俺が……消える? ふざけるな! ならば女神よ! 全ての力を開放しろ!」
勇者は最後に何やら悪足掻きをして、消えていった。
「光の勇者が光へ帰ったか。……これも因果応報か」
仲間を傷つけ、裏切った末の顛末。さらにはアストリアへ被害を出し、混乱を巻き起こしたとなれば、自業自得としか言えない。
ただ、パーティーメンバーだったエリスさんと蓮華姉さんは複雑な心境だったろう。
「殺しても死なない様な奴だと思ってたけど、意外とあっけなかったわね」
「あれほど忠告を申し上げましたのに……。愚かな終わりを選んだものですね」
二人はそんな感想を漏らしていた。
命令を下していた勇者は死んだ。であれば……残ったのは……
「! 女神は!?」
女神は項垂れたまま沈黙している。そしてそのまま地上へと降りてくる。
「大丈夫なのか?」
皆が大丈夫かと近寄ろうとしたとき。
地上へ降りた女神は顔を上げて天を睨む。
「アアあああああああああああ!!」
女神の絶叫が走った!
「何だ!?」
皆が驚く中、女神の周囲で神性の光が明滅している。
「これは拙いかもしれませんね……」
師匠が状況を観察しながら言った。
「ああ。神性の力が暴走している様だ」
「勇者の悪足掻きのせいでしょうか……本当に困った男です」
それに散華ちゃんと蓮華姉さんが同意を示す。
「困りましたね。何か早急に打つ手を探しませんと」
師匠の言葉に私も頷くのだった……
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