第29話 八人の戦乙女

「本当に何がどうなってるのよ……」


 アリシアは結界を維持しながら考える。エリスに倒され気絶している間に状況は激変していたのだ。


(私は大会で戦っていたはずだ。それは間違いない。現にここは大会会場だ)


 アリシアは状況を少しでも把握しようと周囲を見渡す。



 一番目立ったのは観客席が一部、吹き飛んでいる事だ。先を見ると結構先まで被害があるようだ。観客席には観客はもういない。


 白く輝く女、おそらく皆が女神と呼んでいる者。それとツヴェルフが戦っている。

 光の勇者と戦っているのはあれはソニアの家のクロだろうか?

 闇の鎧を着ているが、鎧からはみ出した黒い尻尾と猫耳でそうだろうと思われる。


 大佐とダンは居なくなっている。

 結界の後ろではエリスがアイリーンに闇の鎧のペンダントを舐めさせられている。


「うう……。レロレロ……。……もう許してください」

「まだです! 本気を出しなさい!」


 後方から、そんな声が聞こえてくる。きっとエリスは涙目だ。


 やや離れた場所でソニアは、散華と蓮華さんがペンダントを舐めさせ合う様に誘導していた。


 うん。分かったことがある。


「……混沌カオスね」


 そうとしか表現できない。

 アリシアは余計に混乱するのだった……



 †



 意味の分からない事をさせられているエリスが、アイリーンに何度目かの抗議をしていた。


「あの……。先ほどから目が怖いのですが……。それにこれは何の意味が?」

「舐めていれば分かると言っているでしょう? やはり縛りあげて強制的にした方が良いのでしょうか?」


(この女最悪だ!)

 

 エリスは身震いしていた。


「うう……。やります。いえ、やらせてください」


 そう言って再度、舌を伸ばした。


 ペロペロ。


「ふふ。そうです。初めから素直にしていれば良いのです」


 レロレロ。


 褐色肌のダークエルフの美女が銀の長髪を手で押さえながらそれを舐めている。


「これは……。支配している様で少々昂ってしまいますね。ソニアもこんな気持ちだったのでしょうか」


 抗議を考えて、エリスはアイリーンを上目遣いで見た。

 兜ではっきりとは分からないが、その顔は恍惚としているに違いない!


 エリスは抗議を諦めた。

 

(完全にヤバい女だ!)


 エリスは懸命に早く終われとそれを舐めた。


 ペロペロペロ。ペロペロペロペロ。


 そして。

 ペンダントから影が溢れた。

 影はエリスに纏わりつき締め上げる。


「くっ!? な、何ッ?」


 それは鎧となっていた。

 黒い鎧に紫の意匠。

 六人目の闇の戦乙女ヴァルキリーだ。


「あら、意外と早かったですね。しかも負荷も無いようです。相性が良いのですね。……ならもう少し苛めても良かったのかしら? 手加減してしまいました」


 エリスは衝撃を受けていた。


(あれで手加減した!? 一体何をする気だったのよ!)


「いや……それは考えては駄目な気がする。それでこれは?」

「それは闇の鎧。簡単に言えば対神兵装です。貴女にも女神を止める手伝いをお願いします」

「……それは強制ですよね?」

「はい」


 そう言ってアイリーンは、にこやかに微笑んだ。その爽やかな笑顔に、反対にエリスは愕然とする。


「何でこんな事に巻き込まれているのかしら……」


 エリスはダンと逃げなかったことを激しく後悔していた……



 †



 一方。

 散華ちゃんと蓮華姉さんが話している。


「姉様? 少し目が怖い気がするのですが?」

「何を言っているのです? わたくしは平常心を心がけていますよ。 いえ、むしろ常在戦場を心がけています」

「そうでしたか。さすが姉様です。すみませんでした」

「分かれば良いのです。さあ始めましょうか」

「うっ……。はい。わかりました」


 散華ちゃんは自分に言い聞かせるように、鼓舞するように言葉にしていた。


「私も姉様を見習って常在戦場を心がけるのだ」


 私は常在戦場は全く関係ないだろうと思っていたが、この流れを途切れさせないために敢えて口にはしなかった。


 散華ちゃんは蓮華姉さんには素直だな! 騙されてるけど……


 意を決した散華ちゃんは蓮華姉さんの持つペンダントに舌を伸ばした。


 ぺろっ。


 蓮華姉さんは雷に打たれたように衝撃を受けていた。そして呟いた。


「はう……!? これはまずいですね。想像以上です」


 次の瞬間。


 散華ちゃんは過って蓮華姉さんの指を舐めてしまった。


「!?」

「あっ……すみません姉様。何分慣れないもので……」


 一瞬、時が止まったように見えた。何かに耐えるようにして蓮華姉さんは……


「!!……」

「姉様? どうしました!?」


 そしてパタリと蓮華姉さんは倒れてしまった。


 これからだというのに! 常在戦場はどこいったんですか!?

 いや、さすがは散華ちゃんというべきか? 天然でやらかすとは!


 私は蓮華姉さんに駆け寄るとすぐに治癒する。


「蓮華姉さん! 頑張ってください! まだ見ぬ地平はきっともっと凄いですよ!」

「ソニア! もう普通で良いだろう?」


 散華ちゃんが抗議してくる。


 むう、無理強いはできんか……

 そう考えていたが、おもむろに蓮華姉さんは立ち上がった!


「……少々、先の戦いの疲れが出ただけです。大丈夫です! さあ続けましょう!」

「ですが……いえ、わかりました。共に頑張りましょう!」


 蓮華姉さんの心意気に打たれた散華ちゃんは何も言えなかった。

 私は敢えて否定しませんでした……


 蓮華姉さんはやる気満々だったのです!


 散華ちゃんは自身の黒髪を手で抑え、蓮華姉さんは白髪を抑えた。

 もう片方の手でペンダントを先ほどと同様に構える。

 一度アイコンタクトをすると、二人同時に舌を伸ばした。


 ぺろっ。


 二人ともかなり恥ずかしそうにしている。


 ぺろっ。ぺろっ。


 私は感動している!


「おお! 凄い! 凄すぎる! これが夢にまでみた光景か!」


 蓮華姉さんも思っていることは同じはずだ。私は代弁者でもある。


 ペロ、ペロペロ。


 それは美しき二重奏(デュオ)。

 調和の女神ハルモニアが降臨してしまったのか。


 レロ、レロレロ。


 同調しつつも離れ、また支え合う。


「これが姉妹か……」


 ペロペロ。ペロ……


 共鳴し共振する。

 きっと今、お互いの心は通じ合っている。


「羨望と同時に嫉妬してしまうな」


 なんだか闇の鎧のペンダントまで共鳴している気がする。

 その想いが伝わっているのだろうか?


 ペロペロ。レロ、レロレロ。


 そしてペンダントの闇が弾けた!


 !!


「うっ……舌がピリッとしました」

「な、何が起こったんだ?」


 二人とも驚いている! 私も吃驚びっくりだ!


 二人が舌を離したので銀の糸が引いた。

 私は近づいてペンダントを調べてみる。

 それは二人の唾液で煌めいている。

 結晶のペンダントは残っている。

 だが結晶の中の闇は消えていた。

 代わりに光が輝いている。


「あまりジロジロ見るな! 恥ずかしいだろう」

「……」


 散華ちゃんがそう言って抗議する。蓮華姉さんは興奮しすぎて余韻に浸っていた。


 私は見せつける様にじっくりと見てあげた。散華ちゃんは顔を赤くしながら目を背けている。


「どうやら呪いが消えてしまったようです」

「そうか! なら仕方ない! 残念だが中止にするしかないな!」


 散華ちゃんがそんなことを言いだした。それほど恥ずかしかったのだろう。


「いえ、続けましょう! 何かまだ力を感じます」


 散華ちゃんの舐めていたペンダントは赤い水晶の様な輝きになっていた。

 対して蓮華姉さんのものは白い水晶の様に輝いている。


「えぇ……いや、もういいだろう……姉様の愛情が想像以上に重すぎてつらい……」


 散華ちゃんは、ぐったりして言いました。珍しく泣き言を言っています。


「なるほど。詳しくお願いします! 私にはわかりませんでしたので!」


 私は興味津々です!


「ソニア……お前分かってて……いや、この話はやめよう。これ以上は危険な気がする」

「はて? 何を言っているのでしょう? 散華ちゃんは反対のようですが、それで蓮華姉さんはどうですか?」

「え? ええ。凄かったです。続けましょう」


 蓮華姉さんは完全に心ここにあらずといった感じだった。聞いていたかどうかさえ怪しい。


「良かった! 蓮華姉さんはやる気ですね! さあ、散華ちゃんも蓮華姉さんを見習ってください!」

「うぐっ……分かったよ。やればいいんだろう!」


 自棄になりかけていた散華ちゃんに、私は当初の目的を思い出させてあげる。


「そうです。これは女神を救って、ツヴェルフさんを助けるためでもあるのです!」

「はあ……そうだったな。その方が私らしい理由か」


 私の説得でどうやら散華ちゃんもやる気になってくれた。

 気を取り直して二人はペンダントを舐め始める。


 ぺろっ。

 

 良いものですね! 美人姉妹というものは!

 

 ぺろっ。ぺろっ。ぺろっ……

 

 それをしばらくじっくりと見て。


 感無量です!

 時折、散華ちゃんは蓮華姉さんの指を舐めてしまいます。その度に蓮華姉さんはビクッとしています。

 あれでわざとではないのです。

 反対に蓮華姉さんは散華ちゃんの指をわざと舐めてますが…… 


 ペロペロ。レロレロ……


 それは二人の共鳴する何かが、力を与えている様に見えた。


 すると何故かペンダントから光が溢れていた。

 赤の光が散華ちゃんに纏わりついて。

 蓮華姉さんの方には白の光が……

 それは締め付ける様にして二人の身体で輝く。


「! 何ッ?」

「!? こんなだったか?」


 二人は驚く。そして私も驚いていた。

 そして。

 

 現れたのは二人の戦乙女。

 散華ちゃんは赤く輝く鎧に黒いラインが入っていた。

 蓮華姉さんは白銀に輝く鎧に黒いライン。

 肌の露出が多めなのは変わっていない。


「!! これは驚きましたね。負荷はありませんか?」

「ああ。全くない。むしろ全身に力が漲る様だ。これが本当にあの鎧なのか?」

「確かにこれは凄いですね。ただ少し恥ずかしいですが……」


 私は感嘆して。


「これが姉妹の愛の力か……」


「そう言われると恥ずかしいだろう!」


 散華ちゃんはそう抗議したが、蓮華姉さんは恍惚として。


「ええ。全て見られてしまいました。心が通じ合ってしまいました。愛の鎧です! そう言うと多少の露出は我慢できる気がします」

「うぐっ……。姉様まで……。それぐらいで勘弁してください!」


 蓮華姉さんも何か今まで抑えていたものが解放されてしまった様子だ。

 

 良い事をした後は気持ちが良いです!


「素晴らしい! ではツヴェルフさんを助けに行きますよ!」

「ああ!」

「行きましょう!」


 ここについに八人の戦乙女ヴァルキリーが揃った。

 こうして私達は決戦へと向かうのだった。

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