第28話 蓮華の回顧

 アイリーンはアリシアとエリスの許へ走っていた。

 エリスは回復に努めながら、結界でアリシアを守っていたのだ。

 たどり着いたアイリーンはすぐに回復魔法でアリシアを治癒する。


「う……うん」


 目覚めたアリシアは周囲を見て驚く。


「どんな状況よ。これ!」

「後で説明します。アリシア、エリスさんと結界の交代をお願いします」

「訳が分からないけど。分かったわ!」

「やっと一息つけるのかしら?」


 ふう、と息を吐きながらエリスはやっと肩の荷が降りた気がしていた。

 ダンが逃げたのはどうでもいいとしても、蓮華は倒れたまま、アリシアも自身が倒したままで気が気ではなかったのだ。その蓮華も今はソニアによって回復していた。


「エリスさんはこちらへ。話があります」


 言われてアリシアがエリスと交代に防御魔法を張って結界を創る。

 その後ろで、アイリーンはダークエルフのエリスにそれを渡した。

 ソニアが渡した闇の鎧のペンダントだ。


「これは何かしら? あまり関わりたくないものに見えるのだけれど?」

「舐めてください」

「は? 何を言っているのかしら? これ呪われてるわよね? それとも馬鹿なの?」


 それは当然といえば当然の反応なのだろう。

 その言い様には多少イラッとしたアイリーンだったが……


「その呪いは対象が女神になっています。貴女には力になるはずです」

「そんなこといきなり言われても信じられないわよ!」


 アイリーンは簡潔に説明するが、信用されない。

 エリスはなおも渋った。とはいえアイリーンには急ぐ理由がある。

 今もツヴェルフは女神と単身で戦っているのだ!


「良いからさっさと舐めなさい!」

「!? むぐっ……。何を! いきなり口に突っ込むなんて!」

「まだです。さあ!」


 半ばキレ気味にアイリーンはそれを無理矢理エリスの口に入れようとする。

 押し込むように、ねじ込むように。


「やめなさい! なんなのよ。こいつは!」


 エリスが抗議しながら見た相手は……


「どうやら無理矢理の方が好きなようですね……」


 後ろ手に短剣を隠しながら、アイリーンは笑顔でそう言った。

 それを見たエリスは顔を引きつらせながら悟る。こいつはヤバイ女だ! と。


「いえ、やめてください。舐めますから。お願いします」


 ダークエルフは半泣きで涙目になりながら、そのペンダントへと舌を伸ばすのだった。


「ぺろっ……。うう、なんで私がこんな事を……。しかもこんな戦闘中に……」


 †


 その光景を私は遠目で見ていました。

 ダークエルフの悲鳴が聞こえてきたからです。

 おおう、そんな強引に! あれは無理矢理じゃないのですか?

 さすが師匠! 勉強になります!


 こちらも負けていられない!

 私の方も散華ちゃんと蓮華姉さんに闇の鎧のペンダントを渡す。


「これは?」


 だが案の定、蓮華姉さんがそれを見て訝しむ。


「むう……。それか……。ソニアの着ている鎧です。舐めると鎧になるようです。ただ私達には毒かもしれません」

「何をいっているのかしら?」


 散華ちゃんが説明するものの、余計に蓮華姉さんは混乱している様子でした。

 私はそれに付け加えて言いました。


「女神とツヴェルフさんを助けるためです。協力してください!」

「しかしだな……。これは本当に必要なのか?」


 それには散華ちゃんまで躊躇していた。


「必要です!」


 私は心を鬼にして断言した。

 躊躇するのもわかる。散華ちゃんはこの鎧でやらかしたことがあるからだ。

 蓮華姉さんより散華ちゃんの方が心理的な抵抗は強いだろう。

 だが、散華ちゃんは戦う女だ。私が断言すると、理解を示してくれた。


「そうか……分かった……。姉様見ていてください」


 そう言って散華ちゃんは意を決した。

 蓮華姉さんは心配そうに成り行きを見守っている。

 散華ちゃんはエイやと手に持ったそれに、目を閉じながら舌を伸ばそうとして……


 私はそれを見て、慌てて止めていました。


「違ぁぁう! 断じて違う!!」


 私の突然の中断の言葉に、散華ちゃんが戸惑っている。


「いや、それも悪いわけではない。むしろ良い! だがしかし、私の見たかったのはそれではないのだ!」


 続けて私は熱く語る。熱意を込めて力説した!


「何故、美人姉妹が揃っているこの状況で、そんな普通の選択肢を選ぶのか!?」


 本当、ありえないですよね……と小言のように呟きながら二人の手を取る。

 そしてペンダントを持った手をお互いの口元に持って行った。

 互いの手が交差し、お互いで舐めさせ合う形に持っていく。


「おいソニア、なんだこれは? 途轍もなく恥ずかしさが増したぞ!」


 そう言って散華ちゃんが抗議の声をあげていた。その顔は真っ赤だ。

 だが、そんなことは聞いてあげない。いや、彼女が聞かない。もう片方の彼女が!


 私は知っている。蓮華姉さんの弱点を……

 

 なんとそれは散華ちゃんだ。


 ただ、それを彼女は認めようとしない。

 彼女の自尊心のようなものが許さないのだった。だから私が背中を押してあげる必要がある。


 そして谷底へと突き落としてあげる必要があるのだ!

 それに巻き込まれる散華ちゃんは最高です!


「ま、まあソニアがそういうのなら仕方が無いですね。何か考えがあるのでしょう。舐めれば良いのでしたね?」

「姉様!?」


 顔を赤らめながら、とってつけたような言い訳をする。そんな蓮華姉さんをみながら私は思いました。


 フフ、あっさり堕ちたな……


 対して、散華ちゃんは驚いていました。まさか蓮華姉さんが認めるとは思っていなかったのでしょう。

 甘いですね。私にはわかっていました。


「ぐっ……。姉様が認めるのであれば仕方あるまい」


 二対一です。散華ちゃんも折れざるを得ませんでした。



 †


 その光景を引き金に、蓮華には過去の光景がフラッシュバックしていた。



 あれはいつのことだったろう……小さい頃だった気がします。わたくしの髪もまだ黒かった時です。


 わたくしの常識を破壊する存在について。

 今回のことと同じようなことがあったと覚えています。


 たしかあれは、わたくしと散華が剣の修練で互いの腕に小さな傷を負った時でした。


 唐突にソニアは言いました。


「「傷を舐め合う」って言いますよね。見てみたいです! やってください!」


「何を言っているんだ? それってほぼ軽蔑の意味だろ?」


 散華が抗議します。わたくしもその通りだと思っています。


「いいえ! 聞いた事とやってみた事では違うことが往々にしてあります。それに美人姉妹がやると、とんでもない化学反応が起こる気がするのです! 私はそれが見たいのです! 知的好奇心がそれを求めているのです! さあどうぞ!」

「いや、さあどうぞと言われても……」


 散華が困っていました。


「まあ。見てしまえばソニアも納得するでしょう」


 ソニアの迫力に押されてか散華を助ける気持ちだったのか、わたくしは散華の腕を手に取ると傷を舐めてしまいました。


 ぺろっ。


「うっ……。ゾワッとした」

「……」


 散華が感想を言いました。続いてわたくしは無言でわたくしの傷を散華に見せます。

 ソニアは瞳を爛々と輝かせ、とても興味深そうにしていました。

 散華はわたくしの目を見て躊躇しています。


「さあ、どうしました?」

「姉様? 何だか目つきが怖い気がするのですが?」

「何を言っているのですか? 何ともありませんよ? さっさと終わらせてください」

「そうですか。すみません……」


 散華の小さな舌が私の傷を舐めました。


 ぺろっ。


 散華が可愛いのは分かっています。いつもの事です。気にしません。


 気にしないはずです。


 あれ? なんだか眩暈が? それに鼓動が激しく鳴っている気も……


「姉様! どうしました! 姉様!?」


 散華が慌ててわたくしに呼び掛けています。どうしたのでしょう? そんなに慌てて?

 ぼんやりとした思考で最後に見たのは美しく笑う小悪魔でした。

 それは青い目を爛々と輝かせ感動していました。


「……なるほど。美人姉妹が傷を舐め合うと、エロい!」


 そんなこと聞いた気がします。

 聞き間違いか、些細な子供の戯言だったのかもしれません。


 ですが、わたくしはそのまま気を失っていました。


 後日、わたくしの髪は白くなっていきました。もしかするとあれがきっかけだったのかも知れません。


 あれ以来、何故かわたくしはソニアの頼みを断りきれません。いえ、本当に嫌な事はソニアは頼んできません。

 少しでもわたくしの気の惹くことをお願いしてくるのです。


 それはそのままだと、とんでも無いことになる気がしていました。

 そんな折、しばらくしてからわたくしは勇者のパーティーに呼ばれました。

 それは渡りに舟でした。


 後になってみると勇者がアレでしたので良かったかどうかは微妙ですが、その時はそう思ったのです。


 旅立ちの日。散華と見送りに来たソニアは悔しがっていました。


「姉様お達者で!」

「もう少しだったのに! もう少しで陥落したものを! 勇者め許さん! いや、まだだ! 私は諦めない!」

「ソニア。お前は本当に姉様が好きだな」


 そんなことを言い合う二人。

 散華は天使ですが、ソニアは小悪魔です。


「ええ。必ず迎えに行きますよ。お姫様」


 小悪魔は美しく笑いながら、そんな事を言いました。

 まるでわたくしは蜘蛛の巣にでも囚われているかのような錯覚に陥ったのを覚えています。


 可笑しな別れの挨拶でした。

 だというのに私の胸は何故か期待するように高鳴っているのでした。

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