第16話 集会と食事会

 そこは暗き闇の底。

 闇の祭壇前。黒の集会。

 自らを闇の教団と呼ぶ一団の集会だ。皆一様に黒い仮面で顔を隠している。


「大司教様。お言葉を」

「うむ」


 黒の幹部の一人に促され私は口を開いた。


「女神アストライアは我々に天から御使いを送られた。それが聖天使様だ。

 聖天使様のお力は強い。非力な我々では近づく事さえ叶わず瞬く間に粉砕されてしまうだろう。

 だがしかしだ! たとえそうだとしてもだ!!

 我々は聖天使様の影として力を尽くすと決意した。

 そう、我々は光を崇めつつも光と共には生きられない悲しき暗黒騎士なのだ!」


 その言葉に聞き入るような一時の静寂の後に歓声が上がる。


「「おお!! 聖天使様万歳!!」」

「「大司教様万歳!!」」

「「暗黒騎士万歳!」」


 その集会において盛り上がりが最高潮に達した。

 

 その時である。


 そこへ踏み込んできたもの達が居る。

 散華ちゃん率いる生徒会だ!


「うわあ。聖騎士達だあああ!!」


 闇の教団の暗黒騎士の一人が驚き叫ぶ。

 

「お前たち何をやっているんだ。集会の許可など出していないぞ!  解散だ。か・い・さ・ん!!」


 乱入するなり、それを叫んだのは陣頭指揮を執っている散華ちゃんだ。


「首謀者は誰だ?  厳重注意だ!!  出てこい!」


 その神々しいお姿はまさしく聖天使。

 散華ちゃんの威光に教団の皆はひれ伏していた。


「おお、聖天使様が降臨なされた!」

「ありがたや。ありがたや」


 その場は混乱し混沌としていた。

 ある者は平伏し、祈りを捧げる。またある者は聖騎士に抵抗し取り押さえられていた。


 今のうちに逃げなくては!

 私はその場の混乱に乗じて脱出を試みる。まさか聖騎士達がこんなにも早く動くとは!


 私は聖騎士達の中に彼女を発見する。


「そういうことか。やるなツヴェルフさん!」


 私は散華ちゃんを注視するあまり彼女の存在を見逃していた。

 失策だ。少々、大胆に動きすぎたか。

 そこでコソコソと逃げ出そうとしていたのだが……


「おい、そこの仮面。ちょっと待て!」

「ギクゥ!?」

「……その鎧、どこかで見たことがある気がするな」

「何を? 私はしがない暗黒騎士。光と共には生きられぬ宿命さだめなのだ。聖天使よ、さらば!」


 私は逃げようとした。

 しかし、ガッと兜を掴まれた。


「おうふ!? 首がっ、首がああ! もげちゃうから、やめて聖天使様あっ!」

「おい、ソニア。ソニア・ロンド。弁明を聞こうじゃないか?」


 何故ばれた? 私の変装は完璧だ!


「ふっ。誰だそれは? 私はしがない暗黒……あっ、やめて頭取れちゃうぅ。」

「話す気になったか?」


 聖天使様が魔王モードに……


「はい……」


 私が話そうとすると。


「それは私から話しましょう」


 そう言ったのは黒の幹部の一人だ。確か名前はアリス。


「我々は元は散華様のファンクラブでした。そのままならただのファンクラブで済んだでしょう。しかしそこへ大司教様が降臨されてしまったのです」


 わりと簡潔に話す彼女も優秀だ。私の片腕と言っても良い。

 それはともかく、首痛いんだけど……離してくれないかな……


「彼女の言葉はファンクラブ会員の心を掴み、いつしかそれは宗教の様相を呈していったのです」

「ほう? で大司教というのは?」

「てへぺろ」

「やはり。お前か。ソニア」


 私は慌てて弁明する。なぜならこれには理由がある!


「散華ちゃんを慕う者達は後を絶たない。それを理由に私の許まで来る……。もう良い加減、めんど……いや、正しく導かねばと悟ったのです」

「面倒くさくなったと言おうとしたな?」


 散華ちゃんに睨まれる私……はい、そうです。

 だが、その言葉は堪える。私を庇ってくれる者達のために!


「いや、止めようとはしたのです。止まらないと悟ったとき、内側から制御するしかないと思ったのです。皆、散華ちゃんを愛するがゆえに起こってしまった悲しい事件だったのです」

「聖天使様、皆貴方の力になりたいと集まった者達なのです。何卒お慈悲を」


 アリスがフォローにまわる。ナイスだ!


「はあ。分かったよ。私が黙認していた責任もある。皆は許そう。ただし聖天使様と呼ぶのは辞めること。集会も禁止だ」

「ははっ! ありがとうございます! 聖天…散華様」

「やったね!」


 そこでようやく解放されて私達は皆で喜び合う。


「流石、聖天使様。慈悲深い」などと言っている。


 散華ちゃんはピクリと眉をひそめると。


「だがソニア。お前は駄目だ」

「ええっ! 何で? 酷いよ散華ちゃん!」

「半分はお前のせいだろう? 全く、私のファンクラブを乗っ取るとは恐ろしい女だな……」

「くっ、自分のカリスマが憎い」


 とは言ったものの、別に乗っ取った訳では無い。便乗させられてしまっただけだ。


「そうだな……お前には生徒会を手伝ってもらおうか」

「グハッ! 聖天使よ暗黒騎士たる私にあのような光の世界で戦えと言うのか?」

「いいから行くぞ」

「……はい」


 こうして私は生徒会へ連行された。

 当然だがいきなり連れて来られて仕事ができるはずがない。

 いや、超有能なツヴェルフさんクラスなら可能かもしれないが私には無理だ。

 散華ちゃんの隣でずっと闇の戦乙女の彫像の様に過ごした。

 ずっと散華ちゃんとツヴェルフさんを見ていたので辛くはなかった……ぐすん。


 ツヴェルフさんは何故か「ソニア。ごめんなさい」と謝ってくれた。


 なんて良い子なんだ!


 「これは悲しき宿命だったのだ。暗黒騎士と聖騎士は相容れぬ存在なのだから。許せ」


 私はそう言ってツヴェルフさんを慰めてあげた。



 †



 そうこうしているうちにグランさん達と約束していた食事会になった。

 そこは落ち着いて話の出来るごく一般的な店だった。

 食事の間にグランさんとアンナさんが様々な話をしてくれた。ベテラン冒険者の話は面白く為になるものばかりだ。

 そしてグランさんが一息つくと。


「これは噂なんだが、近々王都から勇者一行が来るらしい」

「それは本当か?」

「それが分からないのよ。来るかもしれないって程度ね」


 散華ちゃんの質問にアンナさんが答える。


「勇者に興味あるのか?」

「いや。姉様が勇者一行に入ってしまったので、心配しているんだ」


 不思議に思ったのだろうグランさんの質問に、散華ちゃんはそう答えていた。


「! それは凄いわね。たしか勇者の仲間って超一流の使い手ばかりって話よ」

「ああ。言ってませんでしたね。散華ちゃんは華咲家のご令嬢なのです」

「ええ!? あの華咲? じゃあお姉さんも当然そうなるわね。なるほど、どおりで……」


 私の補足にグランさんとアンナさんは本気で驚いている。


「でもどうして? 入ってしまったっていうのは、本当は入りたくなかった様に聞こえるのだけど?」

「それが……父様が王宮に仕えているのでその関係で私か姉様が勇者のパーティーメンバーに入るよう、要請を受けていたのです。そこで姉様が私に気を使ってくれて……お爺様はあの通り自由人なので」

「政治的な問題か。名家ってのも大変なんだな」


 散華ちゃんの説明にグランさんが同情している。


 勇者というのは国王やら高位の神官やら権力者がこぞってまつり上げた存在だ。それはもう歴史であり、何代も続いている。

 私は、はっきり言って嫌いだった。散華ちゃんのお姉さんがその一行に入ってしまったことも要因の一つだ。


 お姉さんは私も知っている。一緒に遊んだりもした。それほど年は変わらない。たしか師匠と同じ年のはずだ。散華ちゃんに劣らず美少女だ。

 私が知っている頃は病弱だったせいか鬼気迫る様な剣士だった。髪が白い。そのせいか、通り名が【雪月花】。今はどうしているだろうと思う。


 微妙にその話のとき、師匠がやや緊張している様子だったのは多少気になったくらいだ。

 トイレにでも行きたかったのだろうか?


 そんなことを思っていると、アンナさんから私に話が振られていた。


「そういえばソニアも蒼炎を使うのよね? 蒼炎の魔女のお弟子さんなのかしら?」

「いえ。蒼炎の魔女はお婆ちゃんです。弟子でもありますけど、正確には孫ですね」


 魔法の基本はお婆ちゃんに習った。弟子というのも間違いではない。

 アンナさんは伝統的な魔女の姿だ。思うところがあるのだろう。

 ちなみに、長くすらっとした美脚だ。


「そうだったのね。貴方達、実は勇者のパーティーより凄いんじゃないかしら?」

「いえ。まだまだ未熟ですよ」

「そうだな。だが我々はこれから必ず強くなる」


 皆がそれに同意するように頷く。散華ちゃんの言葉に私達は決意を新たにした。


「これは俺たちも負けてはいられないな」

「そうね」


 グランさん達にもその想いは伝わっていたようだ。


 そうしてこの日は食事をご馳走になった。

 グランさん達はもっとちゃんとお礼がしたいと言っていたが、私達は充分ですと断った。

 情報もいろいろ教えてくれたのでそれで十分すぎるはずなのだが、それでも命の恩人だからといって譲らなかった。

 ではまた今度、困ったときに助けてくださいと言うと「もちろんだ」と言って了承してくれた。

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