第14話 合宿六日目
合宿六日目。
今日は昨日の疲れを取るため自由行動だ。
散華ちゃんは落ち込んでいる。気丈には振舞っているが私にはバレバレだ。
朝から中庭で剣の練習をして気を紛らわそうとしていた。
ツヴェルフさんが教授の元へメンテナンスへ行ってしまったことも要因の一つだ。
師匠はツヴェルフさんに付き添っていった。ツヴェルフさんは魔法が効きにくい。つまり回復魔法では怪我が治りづらいのだ。
それは彼女が
うん。昨日の散華ちゃんは容赦なかったからね!
先輩はまあどこかにいるだろう。クロはいつも通り店番だ。
ならば私が散華ちゃんを慰めるしかあるまいて。
†
散華は剣を振りながら自問自答していた。
飛び散る汗も気にせずにひたすらに同じ型を続ける。
私は未熟だ。何が戦士の矜持だ。
仲間に剣を向けるなどあり得ないだろう!
だが何度、選択を迫られてもあの結果しかなかったと思う。
それが
ならばどうする?
強くなるしかない。
闇に屈しないほど強く!
でも、本当にそれでいいのか? あのデュラハンは鎧の悲鳴を聞いて欲しかったのだ。
嘆きを聞いて欲しかったのだ。
そう考え出すと堂々巡りに陥るのだった……
「そういえばあれはソニアが持っているのか?」
†
俺は墓地に来ていた。アンナと一緒にだ。
墓地に死体は無い。ダンジョンから死体を引っ張ってくるのは骨が折れる。途中で魔物に襲われたりすることも考えれば、それを行う意味はない。
よって墓には回収した認識票がかけられているだけだ。
「もう、体調は良いのか?」
「ええ、良くなったわ。でも心の方がね。まだ整理がつかないのよ」
「それは俺もだ」
「へえ、グランでもそんなことあるのね?」
「こう見えて繊細なんだよ」
「ふふっ、本当かしら?」
冗談とも言えない俺の言葉にアンナは笑う。
「そんなことより、あいつはどうなった?」
「あいつって? 団長?」
「ああ」
「死んだわ」
「そうか。……花ぐらい手向けてやるかね。あいつは嫌がるだろうが……」
「ふふ。そうね」
この街を「死神に囚われた街」と言う者もいるそうだ。ダンジョンと付き合っていくとはそういう事だ。
†
私はツヴェルフを連れて教授室へと来ていた。
ツヴェルフは別室で修復に入っている。
「それでツヴェルフはどうですか? 教授」
「結構手ひどくやられたようだね。自己修復で治るとは思うが……一体何と戦ったのだね?」
「それが……『嘆きの鎧』って知ってますか? 散華の話ではデュラハンがそう言っていたそうです」
「ああ。あれか。なるほど。あれがまだ残ってたのかね?」
「はい。あれはどういう物なのですか?」
「うむ。大昔に女神と戦おうとした者がいたそうだよ。その者が作ったのが『嘆きの鎧』と言われている」
いつもながら、この教授の博識に驚いていてはキリが無い。
「では、あのデュラハンはその者の縁者でしょうか。でも何故、今になって……」
「最近、治安も悪くなっているという噂だからね。君達も気を付けるんだよ」
「!? まさか教授が人の心配を?」
「ハハハ。それぐらいするよ。私を何だとおもっているのかね」
「いえ、失礼しました」
そう謝罪しながらも、それには本気で驚いているアイリーンだった。
†
私は散華ちゃんの元へ来ていた。
「ソニアかどうした?」
「慰めてあげようと思ったのです」
「ふふ。お見通しか。だが大丈夫だ。決心はついた」
「ええっ? じゃあ私の『あわよくば』は?」
「何を言ってるんだ?」
「何でもないです……」
非常に残念であるッ!
そんな事を思っていると散華ちゃんは一息ついて。
「ソニア。私は強くなるよ。今はそれしか思いつかん。ついて来てくれるな?」
散華ちゃんはそう言って笑った。
それはとても清々しく私に映る。
「もちろんだよ。私が散華ちゃんを見失うはずないよ」
「ああ。そうか。そうだったな。確かに聞こえていた」
そう言って私達は笑い合うのだった。
†
その後、散華ちゃんと別れた私は自室へと戻った。
散華ちゃんはもうしばらく剣術の練習をするそうだ。見ていても良かったが邪魔になるのでやめた。それに私にはやることがある。私は鞄からあるものを取り出す。
それは赤黒く輝く
じっとそれを観察する。師匠はそれを良くない物だと言った。私には分からない。いやむしろ私に近いものの様な気さえする。師匠は女神に仕える
「女神にとって良くないということなのか?」
おそらくそういう事なのだろう。
それはさておき。
行くべきか行かざるべきか。
「いや、行かないなんてありえない」
窓から見える庭で散華ちゃんが精神を研ぎ澄ませている。
それを見ながら私は意を決した。
結晶に舌を這わせる。
ちろりと。
私だって腹痛は怖いのです。
おっかなびっくりなのです。
もう少し舐めてみる。
大丈夫そうだなと思うと。
次第に大胆に。
そして、まるで音楽の様に強弱をつけて。
「散華ちゃんを見ながら、散華ちゃんをペロペロした物をペロペロする私」
うお!なんという背徳感!
ついに禁断の実を手にしてしまったのか!
傍から見ればただ
それが尚良い!
昂って来た!
一人でそう興奮しているとその飴が消えた。
あれ? 溶けたのか? 本当に飴だった!?
いや違う!
それは闇の影となり私に纏わりついてきた!
しまった! 興奮しすぎて警戒が疎かになっていた。
「うおおおおお!!」
闇の影が私を縛る!
それは次第に形を取り。
私は昨日の散華ちゃんの様な恰好になっていた。
それは闇の
しかし。
「散華ちゃんはもっと苦しんだと言っていた気がするが……やはり女神では無いからか?」
確かに締め付けられるような感覚はあったが……個人差があるのか?
そう、考えていると外からドタドタと音がする。
「どうした!? ソニア、大丈夫か?」
廊下から声がしてきた。
「まずい! 早く脱がねば! 散華ちゃんでペロペロしていたことがばれてしまう! いや、それはどうでも良いのか? むしろこの鎧が見つかるのが拙い!」
焦って、素早く鎧を脱ぐと脇に片付け布で隠す。自分でもその迅速な行動におどろいた。
脱ごうとしたら勝手に外れた様な感覚だった。
ドアがノックされる。
「ソニア。入ってもいいか?」
だが、私は全裸だった。
「ちょっとまって! 大丈夫だから!」
散華ちゃんなら見られても構わない。だが、私にも心の準備というものがあるのだ。
素早く机の上に載っていたそれを取る。
エロ下着じゃねーか!?
私は焦っていた。
背に腹は代えられぬ。
それを着るとそのまま私は扉を開ける。
「ソニア。だいじょ……」
散華ちゃんの顔が赤くなり、そして目を逸らした。私の顔も赤くなっている。
「いや、その着替えていたので……」
「そうか。その下着お前の趣味だったな……」
いや、違うよ!?
皆に着てもらうためで私が着るためじゃないよ!!
と言いたかったがそれはそれで怒られる気がしたのでやめた。
散華ちゃんは気を取り直して。
「それで、何があった?」
私は咄嗟に出まかせを言う。
「……足の小指をぶつけた的な? もう大丈夫」
「ああ……あれは痛いからな。無事ならいい」
「うん。ありがとう」
そうして散華ちゃんは戻った。
ふう、危なかった。
私は息をついた。
確かに危険なものだった。
まさか舐めると鎧に変わるとは……しかも服が消える。いや鎧に変換されるのか?
私は隠した鎧にかけた布を取る。
そこには鎧は無く。
赤黒く輝く
「お守りぐらいにはなるか」
そう思ってそれを鞄にしまった。
「あっ、エロ下着のままだった」
そこへクロが入って来た。私を見て。
「ご主人様。やっぱりその下着、ご主人様の趣味だったニャ」
クロよ、お前もか……
「いや、違うよ!?」
今回は一応、否定しておいた。
†
夜になるとツヴェルフさんと師匠が帰って来た。
いつの間にか先輩も戻っていた。
「ご心配をお掛け致しました。問題ないようです」
「良かった。本当にすまなかった」
ツヴェルフさんに散華ちゃんが謝っている。
「そういえば今日が合宿の最後の夜かしら?」
「そういえばそうですね」
アリシア先輩の確認の言葉に、師匠が同意を示していた。
「うむ。明日の午後には各自、自宅へ帰って次の日の準備をしてもらう予定だ」
「そうでした。少し寂しいです」
それを受けて散華ちゃんが予定を言ったが、ツヴェルフさんは寂し気だ。
「ふっふっふっ。クロはできる女なのニャ。そう思って今夜の夕食はちょっと豪華なのニャ」
おお!! やるなクロ。見直したぞ!
散華ちゃんは名家だが武門の出だ。豪華な食事は家では嫌厭されるらしい。
ツヴェルフさんは自動人形だ。食事はとらなくてもいいらしいが、その場合何か別のものでエネルギーの代用をしなくてはならないそうだ。だから皆と食事をとった方が都合が良い。
そうしてちょっと豪華な食事を皆で楽しんだ。
この合宿において残念なことが一つある。私の家の浴室は多人数用には作られていない。
お婆ちゃんと私の二人暮らしみたいなものだったからだ。
逆に散華ちゃんの家の浴室は無駄に大きい。そこには極東伝統のこだわりがあるらしい。
だから時間をずらして入るか銭湯に行くしかない。
この日は銭湯に行った。他の人の目もあるので、ほどほどにしておいた。
夜寝室でちょっとした問題が起こった。
「ご主人様、酷いニャ。クロだけ除け者にするなんて! 分かったニャ。着てやるニャ」
クロだけ着てなかった。そう思って話をしたのだが、除け者にされたと思ったらしい。
そしてクロはメイド服を脱いでエロ下着を着た。
彼女は魔族だ。夜が似合うと思った。
猫耳メイドがエロ下着を着けている。
「マニア垂涎だな」
「もうちょっと言い方があるニャ……」
彼女は少し怒った風に言ったので私は言い直す。
「いや、綺麗だよ。それにいつも助かってる。本当にありがとうございます」
その言葉に彼女は照れて。
「それでいいニャ」
そう言って、うんうんと頷くのだった。
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