第7話 冒険者ギルド

 冒険者ギルドに併設された酒場。


 店内には木製のテーブル、椅子が並びカウンターの脇には酒樽が置かれている。

 荒くれ者が集まる酒場ではあるが、ここで暴れる者はまずいない。それはそのままギルドの減点対象になるからだ。

 そのため酒場というよりお酒も出す食事処と言った方が近いだろうか。


 減点というのは冒険者にはランクがあり、実績や素行などからギルドが査定するのである。

 高ランクになるほど実入りが良いが、その分危険な仕事が回ってくる。

 とはいえ敢えて低ランクに留まる者はあまりいない。簡単には上がれないのと、上がった場合相応の優遇措置があるためだ。


 具体的には新人を一星ヒトツボシとして順に八星ヤツボシまであるらしい。らしいというのは八星は伝説級扱いでギルド上層部でも一部の者しか知らないためだ。

 大抵の冒険者は頑張っても三星から四星止まりだ。ちなみに五星からは何か偉業を達成しなくてはならない。


 俺も例にもれず三星だ。大して才能もなかったわりには頑張った方だとは思う。


「そんなこと言ったら師匠には怒られるだろうが……いや殺されるかもしれん」


 俺はそこで酒を飲んでいた。とは言っても懐具合はかなり厳しい。少量の肴とともにちびちびと飲んでいる。


「アンタ、また飲んでるのかい?」


 そこへ女が声をかけてきた。黒のとんがり帽子に黒の長衣ローブ。ローブにはスリットが入り美しい脚が見え隠れしている。美しい魔導士だ。

 まさに伝統的な魔女という出で立ち。それは俺の元同僚だった。


「あん? ああ、アンナか。ああ。飲んでるよ」


 酔いのためか年齢のためか……やや霞んだ目を揉みほぐしながら向けると、その女魔導士はため息をついた。


「はあ……グラン、アンタまた依頼クエスト失敗したそうじゃないか。呑気のんきに酒なんて飲んでる場合じゃないだろう?」

「ぐっ、またって言うなよ。一応は気にしてるんだから……それに失敗したから飲んでるんだよ」


 言われた通り、このところ俺の仕事は著しく成功率が悪い。理由は分かっている。単独ソロだからだ。引退を迫られるのも当然か。


「何やってんのよ。いい加減ウチに戻ってきたら? 団長には謝らないといけないけど」 

「あいつには絶対謝らねえ……」


 アンナの助言を俺は憤然として拒否した。

 俺にパーティーメンバーが居ないのは、その団長を殴って旅団ブリゲードを抜けたからだ。


「まったく、頑固なんだから。いい? 前団長は死んだの。確かに死体は見つかってない。でも状況から言って死んだと判断せざるを得ない」

「俺には信じられねえよ。あの人が死んだなんて……」

「……例えそうだとしても、いまは死んだと判断して動かなくてはいけないの。その点では団長は正しいわ。そうじゃなきゃウチは瓦解していた」

「……元々あの人だから集まったのが俺らだ。あの人が死んだとなれば瓦解するのは当然だろ?」


 旅団を抜けたのは俺だけではない。冒険者を辞めてしまった者もいる。それだけ前団長を失った痛手は大きかった。

 前団長というのはつまり俺の師匠だ。旅団の一部をつれて魔獣討伐に出向いたが、そのまま帰って来なかった。

 俺は捜索に向かうべきだと主張したが、後任の男は断固として反対した。よくあることだと言ってしまえばそれまでだが、それは俺には承服しかねた。

 結局単独で捜索に向かったのだが、一人では行ける場所も限られ手掛かりすら見つからなかったのだった。ただ魔獣は討伐されていた。


「あら? 死んだなんて信じてないんでしょう? ならあの人が帰る場所を守るべきでは?」

「あいつが団長になった時点で帰る場所なんてないだろ?」


 その後も何かと後任の団長と俺はぶつかった。馬が合わなかったのだろう。奴は効率主義なのだ。アンナはよくついて行けるなと感心する。

 いや、アンナだからこそか。彼女は俺より若いが既に四星。五星にも到達すると目されている。努力次第ではそれ以上も有り得る。


 まあ、そんなことが続いたせいで俺はその男と殴り合いとなって旅団を抜ける破目となった。そのことに後悔はない。

 だが、その噂が広まって危険物扱いされるようになったせいで、他のパーティーにも入れてもらえなくなってしまったのだった。


「それはそうかもしれないけど……でもアンタこのままじゃ本当にギルド追い出されるわよ」

「むぅ、否定できん……」

「ウチじゃなくても、入れそうなパーティー無いの?」

「それが何故か、誘われるのは賊まがいのパーティーばかりでな……この国大丈夫か?」

「確かに最近治安もあまり良くないわよね。他にもダンジョン表層で首なし騎士デュラハンが出たって話も聞いたし……」

「ん? それはどういう事だ? 首なし騎士デュラハンは中層の魔物だろう?」

「あら、知らなかったのね。ダンジョン表層で漆黒の鎧が徘徊してるらしいわよ。逃げてきた人によれば、頭が無かったそうだから首なし騎士デュラハンじゃないかって噂よ。もしかすると稀少種レアかもしれないわね」


 この街のダンジョンには表層、上層、中層、下層、深層の五層あり、深層で遺跡が発掘されたのは知っての通りだ。

 稀少種というのはその名の通り珍しい魔物のことだ。特徴として稀少種は普通の魔物より強い。高ランク冒険者にとっては垂涎の獲物だが、低ランク冒険者には死神のようなものだ。

 それが表層に現れたとしたら大惨事だった。


「本当かよ?」

「さあ? 私も聞いただけよ。でも確か、前に討伐依頼も出ていたはずよ」


 こういう情報はやはり単独だと得難い。

 俺は唸るようにして沈黙すると、アンナは続けた。


「ともかくそんな噂よりアンタはパーティーを探すのが先でしょ? パーティーメンバーがいないんじゃ討伐なんて無理なんだから」

「そうだな……そう言えばパーティーと言えばこの前組んだ中に一人優秀な子がいたな……」

「へえ、どんな子?」

「【蒼炎の魔女】って知ってるか?」

「当然よ。魔法使いなら知らない方がおかしいわよ。でも【蒼炎の魔女】はもう何年も前に亡くなったと聞いてるわよ」

「じゃあ弟子か何かかね? 蒼炎を使う魔法使いだったよ」

「嘘!? そんな子がいてどうして失敗したの?」

「他の新米が足を引っ張ったからな。運が悪かったのさ」

「グラン……アンタ、毎回同じこと言ってるわよ。どんだけ運が悪いのよ」

「……事実なんだからしょうがないだろ」


 そう言って俺は酒を煽った。自分の運の悪さは認識している。おかげで賭博などには絶対に手を出さないことにしていた。


「まあ、いいわ。元気そうだし。また会いましょ」

「おう。悪いな、心配かけて」

「そう思うなら早くまともなパーティー見つけなさいよ」

「……わかったよ」


 そうしてアンナは去って行った。

 しかし、そう言ったものの見つからないものは見つからない。


「どうしたものかね……」


 俺は酒場の天井を見上げるように呟くと、暗澹あんたんたる思いに沈むのだった。



 †



 その頃、冒険者ギルド内、対策室。


 白髪で痩せぎすの男は椅子に座りながら頭を抱えていた。この街の冒険者ギルド支部長である。

 正式な役職名は冒険者ギルド、アストリア支部長となるが、言いづらいので略してギルド長と呼ばれる。これはどこの支部でも大抵同じだ。


「まだ奴は討伐されないのかね? このままではギルドに悪影響が出る……いや、既に出てしまっている!」


 問い詰めるように、ギルド長は若い職員へと質問を投げる。

 平凡、凡庸が似合いそうな若い職員は、慣れたもので平然とそれに応えた。


「かなり強いらしいですからね。もう何人も餌食になったそうですよ」


 ギルド長は激昂して言った。


「何で表層まで出てくるんだ!? 中層なら、いや、せめて上層までなら誤魔化しも可能だろうが!」

「ギルド長がそれ言いますか? 左遷ものですよ?」

「むっ。すまん聞かなかったことにしてくれ」


 慌てて謝るギルド長に若い職員は、「かなり追い詰められているな」と思いながら。


「それでどうするんです? 高ランクパーティーに討伐頼みます?」

「そんな金あるか! と言いたいところだがこのまま被害が続けばやむを得ないか?」


 高ランクパーティーともなれば、国内外を問わず引っ張りだこだ。捕まえるのだけでも難しい。

 悩んだ末にギルド長が出した結論は……


「だが、そのまえに偵察部隊を出して情報収集だ。ギルドは仕事してますよとアピールをするのだ!」

「ギルド長のそういう正直なところは嫌いでは無いのですが、本当に仕事失いますよ?」


 若い職員は転職を考えた方がいいのだろうかと思うのだった。



 †



 そこは魔窟ダンジョン


 闇の中に浮かび上がったそれは漆黒の鎧だった。漆黒の鎧は漆黒の大剣を手にしている。

 それはゆっくりと確実に歩みを進める。

 漆黒の大剣が閃くと辺りにパッと血の華が咲いた。洞窟の壁面いっぱいにその赤は飛び散る。

 壁面をずり落ちるのは人の屍か、魔物の屍か……頭の無い鎧は一瞥もせず、その違いに興味は示さない。


 運悪くその鎧と遭遇した冒険者は恐怖と共に叫んだ。


「や、やめろ。来るな!!」


 鎧は答えない。

 邪魔なものを薙ぎ払う。

 ただそれだけの行為だった。

 次にはまた一つ血の華が咲くのだった。


 そしてまた鎧は歩き出す。光を求めて上を目指す。


「ヒカリガホシイ……」


 闇の中、背に隠された頭部が嘆くように呟く。

 それは渇望だった。

 そしてそれは叶わぬ望みでもあった。

 その鎧は返り血を纏い、血の海で泣いている様にも見えた。

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