第6話 お婆ちゃん

 目が覚めるとそこは師匠の寝室だった。

 聖堂の奥にある修道院の一室だ。彼女は普段ここで、一人で寝泊まりしている。

 神父様は居ない……のではなく教授がそうらしい。何者だよ……あの人。


 簡素な部屋は私の部屋とよく似ている。もっとも、本は綺麗に本棚に収まっているが……

 あの美貌にして綺麗好きとか……完璧か!?


 私はその部屋で寝台ベッドへ寝かされていた。

 とりあえずひとしきり師匠の残り香を堪能した後、私は眠る前の事を思い出す。


「ああ。魔法で眠ってしまったのか……」


 身体の方は傷が治っている。師匠が直してくれたのだろう。


「師匠が寝ている私の身体を優しく癒してくれました」


 重要なことのような気がしたので言葉にして言ってみた。

 うむ。そこはかとなく興奮できる。

 そこへお盆を手にした師匠が入って来た。お盆にはティーポットとコップが載っている。

 微妙に顔が引きつっている気がするのは気のせいだと思いたい。


「具合はどうですか?」

「はい。大丈夫です。ありがとうございます」


 師匠は椅子に座り、陶器製のティーポットからお茶を入れてくれた。

 私はそれを受け取り口をつける。


 おおう。身体に染み渡るわい。


 そうして一息入れると、私は言いました。


「クール美女になりたいです」


 私の言葉に師匠は困惑していました。


「突然何を? 頭でも打ちましたか?」

「師匠のようなクール美女になりたいのです」

「ありがとうと言うべきなのでしょうか? 本当に大丈夫ですか?」

「私は真面目に言っています」

「そうですか。お大事に……」


 お大事にって言われたよ。これがクール美女の実力かっ!


「……あの、師匠。私の剣は届きましたか?」


 あれは夢だったのかしら、と思ったので確認した。


「ええ。しっかりと」


 届いていた。

 思わず「良しッ!」と握りこぶしを作る。


「やった! では合宿には来てくれますね?」

「分かりました。約束ですからね」


 私は喜びを噛み締める。

 そうと決まれば準備をせねばなるまい。


 私が寝ている間に日は落ちていたので、師匠に「泊っていきますか」と尋ねられた。夜道を心配してくれたのだろう。

 血涙を流す気持ちで辞退する。これも合宿のため!


 言うなれば私は狩人ハンター。獲物が罠にかかるまで警戒させてはいけないのだ!


 師匠に別れを言い帰途につく。

 修道院から外へ出ると辺りはすっかり暗くなっていた。

 私は念のために、人避けの魔法を唱えて帰る。

 クール美少女は夜道を歩くと酔っ払いに絡まれてしまうものなのです。

 

 そうして歩く、歩く、歩く。

 ……うん。何もなかった。無事に帰宅いたしました。

 

 魔法のお陰だな!



 †



 魔導書店『知恵の泉』


 私の家だ。お婆ちゃんが遺してくれたもので、玄関から順に書店、中庭、住居となっている。

 私の家は散華ちゃんの家ほど広くはない。散華ちゃんの家は名家なだけあってとても広い。比べる相手が間違っているか……


 私は今、お婆ちゃんの部屋にいる。合宿で使うために確認に来たのだ。私の部屋だけでは寝台ベッドが足りないからだ。

 私の部屋の山積みの本をどう片付けるべきかクロに相談したら、「邪魔ですニャ。私がやるので出て行ってくださいニャ」と追い出されたためでもある。


 お婆ちゃんの部屋は亡くなった時からほとんどそのままだ。動かす理由がないからだ。時々、クロが掃除をしているので綺麗にはしてある。


 お婆ちゃんは数年前に亡くなった。この部屋に来るとその時のことを思い出す。



 その日、お婆ちゃんはベッドに横たわっていた。

 小さな私はその傍らに座っている。

 お婆ちゃんは私に言った。


「どうやらこの世界に留まれるのはここまでのようだね。なに、心配することは無いさ。魔女は死ぬと魔法になるんだ」


 お婆ちゃんは微笑んで、涙を堪える私の頭撫でてくれた。


「お婆ちゃんは魔法になるの?」

「そうだよ。だからいつでもお前と共にある」

「……うん」


 『識界』というものがある。


 魔法を使う者にとって最も重要なそれは様々な解釈がある。

 ある者は精神の世界と呼び、ある者は魔法だけの世界という。魔導士、魔法使いはそこから魔法の力を引き出し世界の理に干渉するのだ。

 つまり魔法になるとは識界へ還ることだ。当時の私は、それを知る由もなかったが……


 私は泣いてしまっていた。

 零れる涙が止まらない。

 自分では止められない。

 お婆ちゃんから光が溢れ出している。

 魔法へ還っているのだ。それは魔素マナと呼ばれる光だ。

 お婆ちゃんは微笑んで頭を撫でてくれた。

 一度激しく光が輝き、そして消えた。

 そしてお婆ちゃんは魔法になった……



 お婆ちゃんが遺してくれた物は多い。

 元冒険者でもあったお婆ちゃんはその時に集めた本で書店を始めた。魔導書を専門的に扱う魔導書店だ。

 魔導書とは先の識界のことや呪文など魔法を使うために必要な知識を記した物だ。基本的な入門書から専門書、果てはそれ自体が魔力を持ったものまである。


 それ自体が魔力を持つような禁書の類は店には出せないので、秘密の場所に幾重にも罠や結界を張り厳重保管されているらしい。私はそれが何処かは知らない。教授なら知っているだろうか……。

 なんにせよ今の私には必要のないものだ。手を出してはいけないものだ。だから私はそれには関わらない。少なくとも今は……


 私はお婆ちゃんに育てられた。母は私が生まれて直ぐに亡くなったそうだ。父はそれがショックだったのだろう。

 何かの研究にのめり込み私を見なくなった。私の知っている父は、何かを研究する背中だけだ。そんな父だからお婆ちゃんと対立し家を出て行った。今では何処で何をしているか知れない。


 私はお婆ちゃんに様々な事を教わった。


「思い出すとまた泣きそうになってしまうな……」


 思えば散華ちゃんに初めて会ったのもお婆ちゃんを通してだった。散華ちゃんのお爺さんも高名な冒険者だったからだ。

 自伝『華咲家の爺ハナサカジジイ』と言えば冒険者必携の超有名ベストセラー本だ。

 家の書店にも魔導書ではないにもかかわらず何故か置いてある。私の愛読書の一つでもある。勿論、散華ちゃんも持っているはずだ。


 その頃の私は本ばかり読んで外に出ようとしなかった。逆に散華ちゃんは剣術の修行ばかりしていたそうだ。それを心配したお婆ちゃんと散華ちゃんのお爺さんが会わせたのだ。


 それは衝撃だった。

 初めて会った散華ちゃんは超可愛かったと言わざるを得ない。今も超可愛いが。

 散華ちゃんは目を逸らしながら言った。


「お前は本ばかり読んでいるのだな。私とは合わないだろう」


 私はそれを本の知識で知っていた。

 これが「ツンデレ」かと。

 私は言ってやりました。


「問題ない。私が合わせてやる」


 さすが私と言わざるを得ない。模範的なクール美少女の回答だ。

 その時、散華ちゃんは「あはは。お前変な奴だな」と笑った。

 何故だ? とは思ったが目の前で天使が笑ってやがる。

「うへへ」とつられて私も笑うのだった。


 それからの私は散華ちゃんにつきまとってやりましたよ。

 うん。今思えばよく嫌われなかったものだ。散華ちゃんは本当に天使だった。


 いや、嫌われてたのか?

 そんなことはないはず!

 思い出してみる。

 確か……


「ソニアは危険人物だから、私が皆の盾にならないとダメなんだ」


 と散華ちゃんが暗い顔をしていた時もありました。


「大丈夫だよ散華ちゃん。皆の盾になるんじゃなくて私の鞘になればいいんだよ」


 そう言って私は元気づけてあげました。


 ともあれその様子を見てお婆ちゃんと散華ちゃんのお爺さんは安心した様だった。

 安心したのか? 安心したんだよね?

 今ではいい思い出です。


 安心してください、天国のお婆ちゃん、散華ちゃんのお爺さん。

 散華ちゃんは今でも超可愛いです。


 あのクールな仮面を引きはがしてやると、もっと可愛いです。

 それが一番の楽しみ…………もとい、仲良くやっています。


「あれ散華ちゃんのお爺さんってまだ生きてたっけ?」


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