第3話 黒猫と教授と自動人形

 ガイア大陸……古き神話の地母神の名を冠するその大陸には、大小さまざまな国が林立している。 


 カリス王国。ガイア大陸西方に位置するその国は、緑の国とも呼ばれるアルフヘイム王国と隣接していることもあり未開の森や湖が多い。美しく豊かな土地が多いが、その分魔物も多く出没する。


 地方都市アストリア。そのカリス王国の幾つもある都市の中で、ダンジョンと共に発展したのはここだけだ。

 周囲を防護壁で囲んだそこは、さながら要塞だ。

 それは、その始まりがダンジョンを監視するための砦だったためである。

 砦だった頃から数百年を経た今では、冒険者や商人等が集まるだけでなく学者も多く集まる学術都市となっていた。それはひとえにダンジョンから古代遺跡が発見されたからだ。



 私とグランさんはダンジョンから戻ると、アストリアの街中を冒険者ギルドへと報告に向かった。

 仮のパーティーだったとはいえ、人の死に触れた事は私を酷く動揺させた。

 動揺していた私を気遣い、報告のほぼ全てをグランさんが行ってくれた。本当に良い人だ。

 

 報告を終えて、ギルド前でグランさんと別れた私は家に帰った。

 ダンジョンから帰ったので汚れがひどい。なので今はシャワーを浴びている。

 アストリアは地方都市とはいえ、学術都市でもある。

 魔導工学を基にして、こうして上下水道は完備されていた。

 もっともそれが無かったとしても魔導士ならば魔法で身体を洗うくらいのことは容易いのだが、この時ばかりはそんな気にはなれなかった。



 シャワーを浴びながらも、ずっと頭に浮かぶのは二つの事だ。


「どうしてこうなった?」


「どうすれば良かった?」


 その二つが頭から離れない。それが肌を伝う水と共に流れ落ちることはなかった。

 

 別れ際にグランさんが言っていた。「こういうことはままある。気にするな」だそうだ。

 それでも私は心の整理がつかなかった。

 シャワーから出て下着とシャツを身に着けると、そのままベッドへ倒れ込む。


 私は酷く疲れていた……

 

 気が付くと朝になっていた。いつの間にか寝てしまっていたようだ。窓から差し込む朝日が眩しい。

 睡眠をとったことで幾分か気分はスッキリしていた。


「学園へ行かないと……」

 

 私は起き上がり着替える。

 私の部屋は本ばかりだ。棚に入りきらなかった本が床に乱雑に積まれている。他に申し訳程度に観葉植物。

 あとは木製の机と椅子、寝台ベッド衣装棚クローゼット。まあ、どこでもこんなものだろうと思っている。


 着替えを終えるとドアがノックされた。

 私は木製のドアを開ける。そこに現れたのは見慣れた顔だ。


「おはようございますご主人様。朝食は取られますかニャ?」


 黒い猫耳と尻尾をつけたメイド服姿の美しい女性が立っている。すらりとした身長は私よりやや高い。ショートの黒髪。目元の泣き黒子は狙ってつけているに違いない。

 彼女は獣人ではない、獣人を装った化け猫だ。使い魔というやつである。

 つまり彼女は魔族だ。しかし魔族はあまり歓迎されない事が多いのでその正体は秘密にしてある。


 名前はクロ。私がつけた。私の代わりに家の事を切り盛りしてくれている。

 おっと、朝食だったな……私はクロへ答える。


「取られますニャ」


 ハッ、つい真似てしまった。寝ぼけているのだろうか。

 ちょっと恥ずかしい……

 クロは一瞬、微妙な顔をしたが笑顔で。


「ふむ。顔色は良くなられた様ですニャ。言動がおかしいのはいつもの通り。安心しましたニャ」


 ちょっと引っかかる所はあるが心配をかけてしまったようだ。


「ごめんなさい。クロ、心配かけたね」

「本当ですニャ。昨晩、帰って来た時は顔面蒼白で幽霊かと思いましたニャ。あまり心配をかけないでほしいニャ」

「ごめんなさい」


 私は再度謝った。


「分かればいいニャ。では朝食を準備するニャ」


 そう言ってクロは厨房へ向かった。

 私の家は魔導書店を営んでいる。そこもほぼクロに任せっきりだ。クロがいなければ私は学園には行けないし、ダンジョンへ行くこともできない。

 クロは家族でもあり、私の分身のような存在でもある。いつも感謝している。


 朝食をとり、支度を終えると学園指定の外套を羽織って、意を決して学園へ向かった。

 その足取りはとても重かったが、行きたくないではそれこそ無責任というものだろう。



 ヴォーダン魔導学園。


 私の通う学園だ。当初は魔法を専門に扱う学園として設立されたが、時代と共に文武両道の気風が高まり今では武術だけでなく芸術、魔導工学など総合的に教えを受けることができる学園となっている。

 

 昨日の出来事は既にギルドから学園へ報告されていた。噂にはなっていたようだが、他はおおむねいつも通りだった。

 この辺りはこの街に住む者として慣れた部分もあるのだろう。あるいは私を気遣ったのかもしれない。

 

 ただ、お世話になっている教授とパーティーメンバーには説明が必要だろう。

 だが私にはできるだけ思い出さないようにしている自覚があった……


 私は「失礼します」と言って教授室に入る。そこには本が壁一面にぎっしりと詰まっていた。所々に置かれているのは魔導具だろう。

 教授室に入って教授に挨拶をすると、座るように勧められた。椅子に座るとメイドさんが教授と私に紅茶を入れてくれた。

 あれ? こんな綺麗なメイドさんいただろうか? と私が不思議に思っていると教授から声がかかる。


「昨日は大変だったそうだね。ギルドからの報告は私の耳にもはいっているよ」


 私はほっと胸を撫で下ろす。どうやら説明の必要はなかったらしい。

 教授の本名は何だったろう? 皆がプロフェッサー・マジックと呼ぶので私もついそうなってしまった。通称マジック教授だ。

 年齢はグランさんより上だろう。白髪を綺麗に整え、温厚そうな笑みを湛えているが眼光は鋭い。三つ揃えのスーツを着た紳士だ。私は何かとお世話になってしまっているので頭が上がらない。


「ご心配をおかけしました」

「そうなのだよ。私は君を心配しているのだよ、ソニア君。できる事なら私が君達のパーティーに入ってサポートしたいぐらいだよ。ハハハ」

「ふふ、御冗談を。私の仕事が無くなってしまいます」


 教授は学者だが超優秀な魔導士でもある。一緒に来られたら私の立つ瀬が無い。

 もっと言えば、昨日のようなことが逆に起こりかねない。

 うぐ……思い出してしまった。


「おや、それは困ったね。でも私が君を心配しているのは本当だよ。ああ、そうだ。ならば私の代わりに彼女を連れて行ってはくれないかね?」


 そう言って教授が指し示したのは先のメイドさんだ。


「彼女ですか?」

「ああ、彼女はちょっとした訳ありでね。私が面倒を見ているのだが、必要だろう? 親離れというものは」

「はあ、親離れですか?」


 いまいち要領を得ない物言いに私が困惑していると。


「ああ、難しい事ではないよ。彼女に経験を積ませてやってほしいというだけだよ」

「つまり、彼女が私達のパーティーに入ってくれるという事ですか?」

「その通りだ。彼女が優秀なのは私が保証しよう。もっとも私ほどでは無いがね?」


 そう言って教授はニヤリと笑った。


「教授ほどなんてどこにもいませんよ。でも、彼女は良いのですか?」

「ツヴェルフ、どうだね?」


 今まで黙って成り行きを見守っていたメイドさんが口をひらいた。ツヴェルフさんと言うらしい。


あるじの意向に従います」

「それは良いという事ですよね? では、よろしくお願いします。ええと、ツヴェルフさん?」

「はい。こちらこそよろしく。ソニア・ロンド」


 私の名前は既に教授から聞いていたようだ。


「では話が纏まったところで改めて紹介しよう。この金髪碧眼美少女メイド。先ほどは訳ありと表現したが、実は私が遺跡で発掘したのだよ」

「? 発掘ですか?」


 美少女を発掘とか……ロマンがありすぎるな! 意味がわからないが……


「そう。君はダンジョンの奥で古代遺跡が見つかったという話は聞いたことがあるだろうか?」

「はい」

「それを見つけたのは私だ。正確に言えば私の所属していたパーティーだ。そこで彼女を見つけたのだよ」

「ええっ!? 確か教授の所属していたパーティーって、お婆ちゃんも……」

「うむ。その通りだ。彼女には大変世話になった。【蒼炎の魔女】がいなければ我々はそこへ辿り着く事は出来なかっただろう。そういう意味でも君には是非彼女を任せたい」


 私は感動していた。お婆ちゃんは数年前に亡くなった。それが今でもこうして時折、道を示してくれる。その事がとても嬉しかった。

 私がこの学園に入ったのもお婆ちゃんが亡くなった後、それを知った教授に推薦されたからだ。

 そして今、教授が彼女を推薦したのも私を元気づけるためでもあったのだろう……

 その好意を無下にはできない。


「分かりました。必ずや期待に応えます!」

「うむ。ああ、そうだメンテナンスが必要になることもあるだろう。その時はいつでも戻って来なさい」

「メンテナンス、ですか?」

「ああ、言ってなかったね。この金髪美少女メイド。実は自動人形オートマタなのだよ」

「ええええ!? 凄い! 人間にしか見えない」


 ショートカットの流れるような金髪。美しい顔立ちの碧眼で口元に黒子まである。落ち着いたメイド服の彼女はまさに美少女だ。


 私は驚いてじっと見つめてしまった。

 どことなく恥ずかしそうにしているように見えるのは気のせいだろうか。


「ふむ。既に良い反応が出ているようだ。彼女はまだ感情に希薄なところがあってね。その辺のサポートも頼みたい」

「分かりました。お任せください!」


 こうして私たちのパーティーメンバーに美少女自動人形ツヴェルフさんが加わったのだった。

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