反証、あるいは真相

 槙田のぞみはそう言って、しとしとと涙を流した。

 

 私はそれがいかにもうそらしく思えてならない。

 何かがおかしい――と、そう感じる。

 

 赴いた先の中学校で応接室を借り、新藤正直と親しかった生徒たちと話をしている。一介の中学生が突然手足を折り、そのまま亡くなる不審死が起きた、次の日のことだ。

 教師陣はこんな時にそんなことを警察が行えば生徒たちの精神が危ぶまれる、と尤もなことを言ったが、我々としても解決しないわけにもいかない。どちらに転ぶにせよ世間からの非難は免れないが、警察とは一般的に、そういう対象でもある。やってもやらなくても、だ。致し方あるまい。


 その中で槙田のぞみはどうやら、当たりの生徒だった、ということだが、これがどうもうそらしい。

「新藤正直には人を騙す能力があったが、それには代償が付きまとう」

 そんなことが世の中にあったら、我々の立場がない。


 決して、不可思議を認めない組織だというわけではない。ただ、これまでの解決が覆りかねない事実は認められない、ということだ。

 代償を負えばうそを突き通せる能力がもし本当に存在したとなると、今までのどれかがそういった能力者に騙されて掴んだ偽の事実であった、という憶測が沸いて出る。それはどちらかと言えば警察内部というより、世間においてだ。

 今の世の中、一つの憶測とて馬鹿にはできない。火種があれば必ず燃える。それが現代なのだ。


 だから、この少女の言っていることが真実であれうそであれ、我々は暴かなければならない。異を唱えなければならない。そんなことがあってたまるかと。


 ■


 新藤正直に呼び出されたという男子生徒には先に話を聞いていた。

 突然、目の前で全身がひしゃげていく被害者を見ていたため、精神的にかなり不安定ではあったが、何とか話はできた。彼は新藤正直に告白をされたが、全く、そんな気持ちにはならなかった、と言っている。


 すなわちこれは、新藤正直にはそういった能力はない、という証拠にはならないだろうか。


 しかし、すぐに反証ができる事象については、そもそも騙せない、という前提がある。

 つまりたとえば、この男子生徒にはすでに恋人がいて、それが立証できるだけの物的証拠が何か、あった。

 ただ、この場合その物的証拠を用意するのは難しい。キスをしているプリクラが携帯に貼ってあったとか、まさしく向こうからその彼女が手を振って近寄ってきたとか、それだけでは彼に恋人がいたとは言えない。槙田のぞみの話を信じれば「気持ちや知識は操れる」わけだから、恋人がいたとしても、その知識や感情はころりと変容してしまうわけだ。騙されなかったとするにはよほど強固な証拠がなければならないが、やはり、それを持ってくるのは難しい。


 ではどうだ。なぜ騙されなかったのか。

 そんな能力がなかった、と結論付けるにはまだ早い。


 たとえばこういったパターンはどうだろうか。

 新藤正直は、能力自体は持っていたが、直前になって使うのをやめた——いや、これもダメだ。もし能力を使わなかったのならば、騙されていないことの説明はできるが、彼が代償を負った理由がわからなくなる。


 能力がある前提で進めると、ほかはどうだ――。


 ■


 いくつかの推論を重ねてみたが、結局、すべて途中で崩れてしまう。

 そもそもの前提が扱うに難しい。

 正直に言って、お手上げだった。


 応接室の窓から、下校していく生徒たちをいくつか見やる。校内放送が下校を急かしている。


 そこで、並んだ男女の姿を見て、そしてこの耳で、——私は急に、新藤正直のやったことをすべて理解した。

 そして、なんと哀れな男なのだと、彼を思った。


 新藤正直は確かに告白をした。

 だが、その前に別件で騙していた。その代償が死だった。


「彼は槙田のぞみが好きなんだよ。でもこの放送のことはみんな忘れてしまう――」


 これなら、説明ができないことはない。


 もう一生、解けることのない呪縛を、彼らに掛けたのだ。

 その身を捨てて。


 彼らはきっと、お互いにお互いの幸せを願っていたのだろう。ならば幸せなど、ひどく泥まみれに思えてしまう。

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