最終章:後の祭り
暑中見舞い
普段は冷静な成も含め、白銀農業を倒す大金星に誠報学院ナインは大はしゃぎだった。騒ぎたいと思うのは類も同様だったが、礼儀を欠くわけにはいかない。キャプテンとして冷静になろうと努めつつ口を開いた。
「整列だ」
その声は震え、目には涙が浮かんでいた。
両校の選手たちがホームベースを挟んで並ぶ。
「礼!」
互いに挨拶を交わす。白銀農業の選手たちは大粒の涙を流しつつ、誠報学院の面々に歩み寄って握手を求めた。
吉岡にも爽やかな笑顔は無かった。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で成へ近づいた。2人のエースは堅く手を握って見つめ合う。
嗚咽の中で吉岡が声を絞り出した。
「絶対に甲子園に行けよ」
「ああ」
成はそう応えた。
しかし、この約束は果たされなかった。
誠報学院にとって2年連続となる準決勝は、武田体育大学付属高校に6-7で敗れた。成は9イニングを投げ切りながらも7失点を喫した。その投球に準々決勝までのキレは無く、クロスファイアもギアチェンジも思うように操ることができなかった。
ゲームセットが告げられ、チームメイトは誰もが泣いていた。成は泣けなかった。
身体がやけに軽い。自分の中から、涙も感情も他の大切なものも、何もかも消えて空っぽになってしまったようだった。
夏の大会が終わって数日が経過した。誠報学院は夏休みに入っている。成の元には、姉の晴から暑中見舞いが届いていた。
≪親愛なる弟 成へ
暑中お見舞い申し上げます。
夏の大会お疲れ様でした。高校野球が終わった今、成が満足感を覚えているのか、あるいは何かしらの未練を抱いているのか、私にはわかりません。でも、成なりに頑張って、立派に誇れる日々を送ってきたことは確かだと思います。また私の弟自慢が増えました。
そして、成はこれから自分が進む道を選んでいくことになります。目の前にはたくさんの道が開けているはずです。どれを選ぶべきか迷って混乱しているかもしれないね。成の周りには私も含め、どんな道を選んでも助けてくれる人がいます。でも、選んだ先の結果に責任を持てるのは成しかいません。その覚悟を持って、最良の選択ができることを祈っています。これは自戒も込めて書いてるけどね。
選択といえば、成が高校でも野球を続けると決めた時はどうだったかな。前に惰性だと言っていたのを覚えています。そういう選び方でも、成の高校野球は誇れるものになりました。それは、成が自分と向き合い続けてきたからだと思います。やり通したことに価値があると言いたいのではありません。仮に途中でやめていたとしても、それが成自身の希望と向き合って決めた結果なら、間違いなく前進しているし価値があることです。
これから成が進む道を決断したとき、その道の途中で決断が正解だったとか失敗だったとか思うことがあるかもしれません。でも、道そのものには正解も失敗もありません。大事なのは選んだ道の上で成がどんな心を持つか。迷った時は進み続けてもいいし、別の道に移ることがあってもいいです。そのための根拠になる希望や夢を見据えられているなら、成の心が死んでしまうことはありません。あなたより少しだけ長く生きている姉はそう思います。
さて、高校はもう夏休みだったかな。私ももうすぐ夏休みに入るので、暇を見てそっちに帰るつもりです。成に会えるのを楽しみに残りの日々を過ごすね。成も素敵な毎日を。
暑さが続くから、体調には気を付けてね。
あなたの恋い慕う姉 晴より≫
手紙を読んだ成は溜息をついた。晴がこんな手紙を送ってきたのは、今の成がどんなことを考えて過ごしているかわかっているからだ。オカルトじみた自分の姉に辟易してしまう。
「進路ねえ」
虚空に向かってつぶやいた。それは成にとって目下の悩みの種だった。
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