第50話 私の望む未来を愛する彼女は望まない (2) ~夕貴~

前書き


おかげさまで遂に五十話です!

物語はもう少し続きます。お付き合い下さい♪



僅かに震える身体を隠すように晴に訊ねた。


「上書きって………どう、すれば良いの…………」


「あなたの好きなようにすれば良いわ。夕貴が花火を見て怖がらなくなってくれるなら、私はそれで良いの。何なら、今からドライブでも行く?」


 軽い口調とは対照的に、晴の目は真剣だった。私が空を飛びたいと言ったなら、本気で叶えてくれそうなほどに。


 彼女の気持ちが痛いほど伝わる。本当に晴は心配してくれていたんだ。わざわざこんな場所まで用意して………


 目を閉じると、花火の光が瞼に映る。甦る記憶に、どくん、どくん、と心臓がうるさい。震える足で膝立ちになると、晴を見下ろすように向かい合った。


 まるで、あの時の様に。


 晴は私から視線を離さない。心配するように、励ますように。


 ガラス越しに一際大きな音が聞こえ、音だけではなく、フラッシュバックする記憶に身体がすくむ。


「大丈夫よ、夕貴」


「う、ん………」


 私の望むものなんて一つで、それを望む人は一人だけ。


 温かい晴の身体に自分の身体を押しつける。とくん、とくん、と聞こえる鼓動は確かに晴がそこにいる証。

……だけど、まだ、足りない。


 もっと、もっと、晴が欲しい、晴を感じたい。私と彼女が繋がっている証が欲しい。


 どうすれば良いかなんて分かっているのに、その一歩が踏み出せない。初めは「好き」と告げただけで幸せだった。傍にいてくれれば嬉しかった。一緒に手を繋いで出掛けるだけで楽しかった。だけど……


「夕貴」


 名前を呼ばれるだけで、こんなに嬉しい。ゆっくり身体を起こし、震える指先で晴の頬に触れると、彼女の手が私の手を包んでくれる。そのまま指を絡め合うと、晴が空いた手で私を引き寄せた。緊張でからからになった唇を何度も湿らせてから、思いきって口を開く。


「晴…………キス……したい…………」


「ええ、喜んで」


 にこりと笑った晴が少し顔を上げた。キスするときはいつも晴からだったけど、今日だけは、今だけは、私が彼女を望みたい。


 その頬に手を添えてゆっくり顔を寄せた。鳴り響く花火の音が少しずつ聞こえなくなっていく…………


 唇を合わせるだけのキスを何度も繰り返す。角度を変えて浅く、何度も。こぼれた吐息を掬われて、晴の温もりを飲み込んで。繋いだ手を握りしめて、身体を押しつけるように抱き合って。少しずつ深くなるキスに、自分が溶けてしまいたいくらい溺れて、苦しくても離したくなくて、自分の気持ちが少しでも伝わるように、晴をひたすら求めた。


 長い長いキスの後、ようやく顔を離した時には、ベッドの上に晴を押し倒すような格好になっていた。晴が私を見ると、そっと指先を伸ばす。


「…………思い出していたの?」


 目尻から流れた涙を払いながら訊ねた晴に、泣きながら笑う。


「ううん。凄く、幸せだったの」


 そのまま晴の胸に飛び込むと、幸せの涙を流し続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る