第48話 彼女が望んだ未来 (2)
前書き
この連載を初めて直ぐに、バリカンで丸刈りにした猫の毛がきれいに生え揃い、時の流れを感じました。明日で連載開始から一月。沢山のフォロー、★評価、🖤マークを頂きありがとうございます!
ちなみに、近々再び猫の毛刈りを挙行します!
麗にお礼を言って別れると、久しぶりの自宅に戻る。夕貴は自分のアパートを既に引き払って私の部屋に移っていたが、彼女の私物は少なく、以前と殆ど変わらない私の部屋だった。
「お帰り、晴」
部屋を見回していた私を夕貴が迎えてくれる。最後にこの部屋で別れた彼女を思い出し、胸がちくりと痛んだ。
「ただいま、夕貴」
「…………座ってて。コーヒー淹れてくる」
顔を隠すように台所に隠れた夕貴は泣いていたのか、やがて僅かに赤い目をして現れた。私の前に置かれたマグカップを受け取ると何となく見覚えがある。
「あっ、それ気がついた?」
「これ、私が買った物?」
「ううん、晴がくれたのはこっち。それは、私が買ったの」
夕貴の持っているマグカップ見ると、確かに私がプレゼント用に買ったもので、よく見ると模様が違う。
「お礼言うの忘れてた。ありがとう、晴」
「…………」
私を見つめる瞳が次第に潤み始めるのを慌てて拭うと「ごめん」と立ち上がる夕貴を抱き寄せた。
「夕貴」
「っ、セイっ!」
ずっと泣き出すのを我慢していた様な夕貴を抱きしめて、全ての涙を吐き出させるように、ただひたすら受け止める。涙がようやく止まった頃、身体を離さないまま夕貴に訊ねた。
「どうしたの?」
「…………何でもない」
「あれだけ泣いていて、何でもないわけはないでしょう」
「…………ごめん、大丈夫だから」
「夕貴」
頬に手を添えて夕貴を逃がさないようにして、真っ赤な瞳を見つめる。見つめ返す夕貴に近づくと、目を閉じてゆっくり唇を重ねた。触れるだけのキスに真っ赤になる夕貴を、もう一度抱き寄せる。
「話してみて。
それとも、もっとキスしてみる?」
「…………馬鹿」
何度かためらった後、ようやく夕貴が口を開いた。
「…………………晴が、本当は生きたくなかったんじゃないかと思って、ずっと怖かったの」
「どうして?」
「だって、生きて欲しいっていうのは、私の我が儘だったから…………」
「そっか…………」
私が傷つけたままのあの時から、夕貴は何も変わっていなかった。ずっと罪悪感を抱えたまま、それでも私に生きて欲しいと願っていた。そんな夕貴にさせてしまったのは私で、それを望んだのは彼女だ。腕の中にいる夕貴がただひたすら愛しくて、抱いた腕に自然と力が入る。
「私、あの時、夕貴が来てくれて凄く嬉しかった。夕貴が隣にいてくれて、名前を呼んでくれて、手を握ってくれた。
その時になって、やっと気づいたの。誰よりも夕貴が好きだったことに」
「麗にそう言ったら、凄く笑われたわ。私がそんなに鈍感だなんて思わなかったって」
話をオブラートに包んだものの、実際は呆れられて、爆笑されて、からかわれたのだが、夕貴は知らなくても良いだろう。
「…………じゃあ、麗さんは晴の気持ちを知っていたの?」
「ええ、ずっと前から分かっていたって」
顔を上げた夕貴に、微笑む。
「麗と契約した後、一度だけ話した事があるの。
夕貴が傍にいてくれるなら、笑って死ねる気がするって」
物騒な話に身体が強ばる夕貴をリラックスさせるように背中を撫でる。思えば、麗はその時から私の気持ちを知って、何とか助けたいと思ってくれていたのだろう。
「その時、確信したらしいわ。
人生の最後に傍にいて欲しいと思える相手は、愛する人以外にはあり得ないって」
「…………」
「夕貴、これだけはあなたに誓うわ。
夕貴は自分の人生をかけて私を望んでくれた。だから、私はあなたが望む限り、夕貴の為に生きていたい」
夕貴の手に自分の手を重ねて、気持ちを込めて真っ直ぐに告げた。私を救うために夕貴が麗に依頼したのは『安西セイという人間が死ぬ代わりに、立野晴という人間を救ってほしい』というもので、いわば私の存在を殺して、別の人間として生きるというものだった。
私の『殺して欲しい』依頼と夕貴の『生きて欲しい』依頼の両方を叶えるため、麗は急所を反らしたぎりぎりの部分を狙って刺し、あらかじめ先生を引っ張り出して、救急車を手配した。さすがの麗も、一歩間違えば『死』に直結するあの一瞬は緊張したらしく「あんなに大変な依頼はもうこりごりだ」とぼやいていたから、彼女のプレッシャーも相当だったのだろう。急所を僅かに外したとはいえ、意識不明の状態は長く続き、生きるも死ぬも、結局私次第だったらしく、病院で退院の時に言われたことは案外間違っていなかったのだと思う。
夕貴は私を救う代償として、神山総合事務所の専属医師として大学卒業後は先生の元で働く事を提案した。医師不足に悩まされていた麗としては、夕貴が元々医大を目標としていたのは知らなかったらしく、彼女の提案は魅力的だったようで、また、夕貴自身も契約を守ってもらった麗に報いるため、医大に合格しなければならないと必死で勉強していたらしい。
「本当に…………ずっと、一緒に……いてくれる?」
「ええ、夕貴がうんざりするくらい、一緒にいるわ」
私の言葉に泣きながら笑うと、夕貴が抱きついてくる。
「晴、大好きだよ」
「私も好きよ、夕貴」
どちらともなく顔を近づけようとした時、空腹を訴える音が聞こえた。
「……ごめん。
お腹空いた」
「ふふふ、分かった。すぐ準備するね」
甘い雰囲気を壊すお腹の音を少しだけ残念に思いながらも、久しぶりの夕貴の手料理が楽しみなのも本心で、まあ、良いか、と思ってしまう。
私達にはこれからずっと二人で過ごせる時間があるのだから。
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