第37話 すれ違う想い (2) ~夕貴~

前書き


★評価頂きました!

ありがとうございます\(^o^)/

ということで、本日は二話更新になります♪



ひとしきり泣いて落ち着いた後、セイがよくしていたように、壁にもたれて座り込んだ。正面には母が笑っていて、いつだったか、セイがアルコールを飲んでいた事を思い出す。寂しそうに母を見つめる横顔が無性に悲しくて隣に座った事、頭を撫でてくれた事、抱きしめてくれた事…………


 じわりと滲む涙が悔しくて、袖で乱暴に拭うと、視界の隅に可愛らしい模様が目に止まった。


「…………?」


 積み上げられた教科書の間に置いてあったのは、包装紙に包まれた見覚えのない箱だった。半分程破れていた包装紙から中の箱を取り出し、蓋を開ける。


「こ、これ…………」


 中に入っていたのは、新品のマグカップだった。セイと出掛けたあの日、可愛いと思ったものの値段を見て諦めた物だ。欲しいなんて言えなくてそっと戻したカップをセイはわざわざ買ってくれていた。


「…………っ、………ぁ…………セイっ…………」


 私が悲しい時、苦しい時、辛い時、怖い時、嬉しい時、気がつけばいつも一緒にいてくれた。支えてくれて、抱きしめてくれて、「大丈夫だよ」って言ってくれて、笑ってくれた。



 セイに会いたい。


真っ暗な心のずっと奥に小さく灯りがともった気がした。拒否されるかもしれないし、無視されるかもしれない、だけど、どうしても会いたかった。訳の分からない感情に突き動かされるように立ち上がり、財布とスマホを持つと部屋の戸締まりをして外に飛び出す。むわっとした熱気が残る夜道をただひたすら自転車を走らせた。


 神山さんの事務所があるビルの前に自転車を停めると、上を見上げる。二階には明かりがついているものの、三階は非常灯らしき明かりが僅かに見えるだけだ。正面玄関のドアを押すと、施錠されていなかったのか簡単に扉が開いた。真っ暗な一階はまるで深い洞窟の様に奥が見えない。スマホの明かりを頼りに上へと上がる階段を探す。しんとしたフロアを一歩一歩歩き進め階段を上って行くと、不意に暗闇が強くなり、二階の電気が消えたことが分かった。物音が聞こえて、誰かが近づく足音が聞こえる。スマホの明かりを消して隠れようか迷ったものの、階段は狭いし、真っ直ぐこちらに向かう足音から遅かれ早かれ気づかれるだろうと階段の途中で待ち受けることにした。


「!」


 上から明かりが照らされて、眩しさを感じ目を細めた。さっと全身が照らされた後、顔を確認するように光が当たる。


「…………もしかして、セイちゃんとこの子かい?」


「! えっと、はい……」


 聞き覚えのある声と話し方にとりあえず返事をすると、しばらくして階段の明かりがついた。眩しさに目をぱちぱちさせてから上を見ると、声の主は私が体調を崩した時に診てもらった先生だった。


「こんな時間にどうしたね?」


「あの、…………セイに、会いに来たんです」


「そうかい。

 あれから、体調は大丈夫かね?」


「あっ、はい。

 この間はありがとうございました」


 私の返事ににっこり笑うと、ゆっくり階段を降りてくる。決して危なっかしくはないはずなのに、何故かはらはらして手を伸ばしそうになってしまう。


「そういえば、お母さんは亡くなったと聞いたが、結局何も出来んで、申し訳なかったね」


「えっ?」


「もう少し早く診せてもらえば、少しは違ったかもしれんが…………まぁ、後でなら何とでも言えるでの」


「母を……知っているんですか?」


 先生の思いがけない言葉に聞き返すと、おかしそうに笑った。


「そりゃあ、お母さんにそっくりだからの。立野さんの娘と聞いて納得したわ。あんたの具合が悪かったのをセイちゃんが心配するのも無理もなかろう」


「あ、あのっ!」


「ん?」


「私、母とセイの事あまり知らないんです。教えてもらえますか?」


「いや、わしも大して関わってはおらんのだがね」


「どんな事でも良いんです。お願いします!」


「ふむぅ…………」


 頭を下げて頼む私を少し考えるように黙った後、ゆっくりと階段を上がっていく。


「ま、茶でも飲みながら、話すかね」


「は、はい!」


 先生に付き添うように階段を上がり、二階のフロアに踏み入れる。一度だけ訪れた扉の前で鍵を開けてくれた先生に従って中に入ると、僅かに消毒液の匂いが鼻をつく。奥に通じるドアを進むと、四方を戸棚で囲まれた部屋に入った。戸棚には薬瓶や本が山積みされ、銀色の様々な道具が所狭しと置かれている。病院というより、研究所と言った方が正しいような室内の片隅で、先生が淹れてくれたお茶を受け取って、患者用と思われる椅子に座る。


「あんたのお母さんを連れて来たのは………………一年位前だったかの」


 遠い記憶を探るように、眉を寄せて先生が口を開く。一年前と言えば、セイと母が既に知り合っていた頃だ。


「セイちゃんから『診て欲しい人がいる』と言われて会ったのが始まりで、既に歩くのも覚束ない様子じゃったから良く覚えておる」


「病気に気がついたときにはどうしようもなかったらしい。病院からは入院を勧められておったらしいが、金銭的な理由で難しかったと言っておったわ」


「わしも検査結果を見たが、何も出来なくての、本人も覚悟をしておったらしいが、本人よりもセイちゃんが諦めきれんで何とかしてくれと頼まれて、わしの知り合いの病院を勧めたんじゃ」


「………………」


 にこにこしながら話す先生が嘘を言っている様には見えなくて、私はますます混乱する。上手く言えないが、セイ自身から聞いた話とは何となくイメージが違う気がする。先生の話の中のセイは、私の知っているセイで、彼女ならきっとそうするだろうと納得できる。だけど、どちらのセイが本当のセイなのだろう。


「あんたがセイちゃんといてくれて良かったわ」


「えっ?」


「あんたのお母さんを失ってから死人の様な状態だったが、ようやく立ち直った様に思えるで」


「私…………」


 セイを大切に思っている先生の口振りに、思わず視線が下がる。先生はきっとセイが死ぬことを知らないのだろう、そう思うとまた涙が止まらなくなった。


「私っ、私のせいで、………セイが、いなくなっちゃうかも、しれないんですっ」


「ほほう、喧嘩でもしたのかね」


「っ、ううん、私の事、…………嫌い、になったんだと思います」


「ほ、ほ、ほ」


 おかしそうに笑う声に思わず顔を上げると、先生が頭を撫でてくれた。


「そりゃあ、あんたの勘違いじゃよ」


 自信満々に断言され、驚き過ぎて、ついでに涙も止まった。


「あんたが体調を崩した時のセイちゃんの慌てっぷりといったら、そりゃあ凄かったからの。あんなセイちゃんを見たのは初めてだったわい」


「そうなんですか?」


「あんたの前では隠しておった様で、気づかんかったろう?」


「……全然、知らなかったです」


 思い出したように笑う先生は、戸惑う私を見る。


「あの子は怖がりだから、仕方がないがね」


「…………セイが、怖がり、なんですか?」


「自分が大切に思っているものを無くすことが怖くて、何も望まない。あの子が小さな時から知っておるが、わしに助けを求めたのはあんたのお母さんとあんたの時だけだったからの」


「だから、あんたを嫌いになったりせんよ」

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