第31話 移りゆく心 (6)
夕貴とどこに出掛けるか話し合った結果、郊外にある大型のショッピングセンターに向かうことにした。
「少し遠いから車で行きましょう」
「セイ、車持ってたの?」
「最近、仕事用に麗が貸してくれたのよ」
「えっ、仕事用の車を使って神山さんに怒られない?」
「バレなきゃ良いのよ。ほら、乗って」
アパートから少し歩いた先にある白い軽自動車を指差して鍵を開けると、夕貴を促す。「お邪魔します」と助手席に乗り込む夕貴がシートベルトを着けてからキーを回す。
「何だか、凄いね……」
「むやみに触らなければ大丈夫よ」
足元に置かれた機械類に一斉に電源が入り、驚く夕貴を横目に車を走らせる。郊外に向かう車の列に合流すると、スピードを緩めながら流れに任せて進んでいく。夕貴は窓の外に顔を向けていたが、考え事をしているのかぼんやりとした表情だった。やがてショッピングセンターの駐車場に入ると、屋上に車を停めた。
休日とあってショッピングセンターは買い物客で溢れている。混雑した店内で人の流れから庇うように夕貴と寄り添って歩き出し、フードエリアに入った。幸い時間が少し早い為かあまり人も多くなく、それほど待たずに済みそうだ。
「夕貴、何が食べたい?」
「本当に何でもいいの?」
「ええ、ご飯を作ってもらっているお礼も兼ねて、好きなものを選んで良いわよ」
あちこち眺めていた夕貴が最終的に選んだのは、洋食がメインの店だった。奥まった二人がけのテーブルに案内されると夕貴にメニューを手渡す。
「夕貴は好きな料理ってあるの?」
「卵料理なら何でも好きだよ」
「それならこれなんかどう?」
私の指さしたメニューを、夕貴が呆れたように見る。
「メガ盛りって、私こんなに食べきれないよ」
「沢山食べなくちゃ。育ち盛りでしょう」
「もう少し大きくなればいいんだけどね……」
残念そうに自分の身体の一部を見る夕貴に、思わず吹き出す。彼女の母親はもっと大きかったと思うが、さすがにそれを教えるわけにはいかない。
「いいよね、セイはスタイル良いし……」
「ふふふ、ありがとう」
ジト目を向ける夕貴ににっこり笑い返すと、毒気を抜かれたような夕貴が反論を諦めてメニューに戻った。散々悩んだ夕貴はオムライスセット、私がハンバーグセットを選び、注文してから正面に座る彼女を何気なく観察した。少しそわそわしながらも、どことなく嬉しそうな夕貴を見ているだけで、心が和む。夕貴がこんなに喜んでくれるならもう少し気にかけてやれば良かったとつくづく思ってしまう。幸い時間はあることだし、今日は存分に甘やかしてやろうと考えていると料理が運ばれてきた。
「わっ、美味しそう。
頂きます」
デミグラスソースととろとろの卵にきらきらした表情の夕貴はスプーンで掬うと綺麗な所作で口に運ぶ。目が合うと嬉しそうに笑う夕貴に自分の胸がじんわりと温かくなった。
「美味しい?」
「うん」
あどけない笑顔に出会った頃の尖った面影はない。きっとこれが本来の夕貴の姿なのだろう、彼女が如何に愛されて育ったかが分かり、それと共に、娘一人を遺して逝かなければならなかった彼女の母親の気持ちが嫌というほど分かった。
『あなたに頼みたい事があるの』
あの時の良子さんを思い出す。自分の大切な娘の為に必死だったに違いなくて、きっとあんな提案をしたのだろう。それがたとえ彼女の望む事ではなくとも。
娘を守るためならどんな事でも厭わなかった彼女に、自分の想いは結局届かなかったのだと寂しさが込み上げる。
「セイ?」
「ん?」
「どうしたの?」
ふと、夕貴が心配そうに見つめていた。気遣ってくれる夕貴に微笑み返して意識を切り替える。
「夕貴のオムライスが美味しそうだな、と思ってたの」
「えっ、それなら、食べてみる?」
少し驚いたように皿を差し出す夕貴にイタズラ心が湧いた。
「折角なら夕貴が食べさせてよ」
「な、な、何で!?」
「だって、私フォークとナイフしか持ってないし。一口もらうだけだから良いでしょう」
「…………」
赤くなった夕貴が困ったようにあたふたするのをにやにやと見ていたが、あまり困らせるのも可哀想かと口を開いた途端、夕貴がおずおずとスプーンを差し出してくる。
「…………」
「……早く、食べてよ」
上目遣いでぼそぼそと訴えてくる夕貴に思わず見とれている事に気がついて、ぱくりとオムライスを食べる。予想以上に恥ずかしくて、味なんて分からなかった。これじゃまるでイチャついているカップルじゃないかと思いながらも満更ではない。仕事用のスキルを駆使してポーカーフェイスを繕うと、私を呆けた様に見ていた夕貴にハンバーグを切って差し出した。
「夕貴、はい」
「えっ!? わ、私も!?」
「オムライス美味しかったから。ハンバーグも食べて」
「セ、セイ!」
「夕貴に食べて欲しいの。あーんして?」
夕貴を煽るように囁くと、真っ赤になりながらも小さく口を開けてハンバーグをかじった。フォークにはあと一口分くらい残っていたが、さすがにこれ以上無理強いするわけにはいかず、自分で食べて片付けた。
「セイって最近意地悪だよね」
「可愛い子には意地悪したくなるのよ」
「!?」
食べ終わった後も、未だに羞恥心から抜け出せない夕貴に追い討ちをかけて満足すると伝票を掴んで立ち上がる。
「さあ、夕貴、今日は目一杯楽しむわよ」
「えっ!?ちょっと、セイ!」
反対の手であたふたする夕貴の手を掴むと、どこから回ろうか考えながらフードエリアを抜け出した。
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