第32話 移りゆく心 (7)

昨日に引き続き、フォローありがとうございます!!

前書き書けないのが残念です。


本日も二話更新でーす!



フードエリアを抜けて夕貴が好きな場所を目指そうとして、足を止めた。


 好きな物、そう考えたとき、思った以上に彼女の事を知らない自分に気がつく。誕生日、食べ物、友人、趣味、恋愛……どんな思い出があって、どんな未来を望んでいるのか。浮かんた言葉に何一つきちんと答えが見つからない。


「あの、セイ……」


 隣の落ち着かない夕貴の声と視線の先を見ると、繋いだままの手に気がついた。そういえば、店を出てからずっと繋いだままだった。


「ああ、ごめん」


 恥ずかしかったのかと思って離した手を、少し残念そうに夕貴が見送る。


「もしかして、繋ぎたかった?」


「ち、違うし!」


 すたすたと先に歩き出す夕貴の後をつかず離れずついていくと、夕貴がちらりと私を見て立ち止まり、追い付いたタイミングで並んで歩き出す。声に出さずに笑いながら、ゆっくり歩くと少し先に若い子が好きそうなショップが見えた。


「夕貴、少し見てみない?」


 返事を待たずに彼女を店の中に引っ張っていくと、きらきらしたアクセサリーと明るい装飾に多少居心地の悪さを感じるものの、夕貴は興味津々といった様に見回している。彼女が気にせずに見れるように少しだけ離れると、何とはなしに商品を眺める。仕事以外では着飾る事にも無頓着だが、こうして眺めているだけでも新鮮で楽しい。視線の先では夕貴が立ち止まって何かを手に持っている。


「……マグカップ?」


「あ、うん。これ、可愛いよね」


 様々な模様の猫が並んだマグカップをにこにこしながら見た夕貴は、ちらりと値段を確認すると棚に戻す。倹約までとはいかないものの、浪費をしたがらない夕貴には難しかったらしい。


「セイは何か買うの?」


「うーん、特には要らないかな。夕貴はもう少し見てみたら?」


「もう色々見たから十分だよ」


「それなら他の場所に行ってみる?」


「うん」


 私の提案に素直に応じると「本が見たい」という夕貴のリクエストで次は書店に移動する。積み上げられた本の棚を見た途端、夕貴の雰囲気が明るくなった。彼女の家にあった本棚に結構な本が置かれていた事を思い出した。


「夕貴は本が好きなの?」


「うん」


「それなら、ゆっくり見ておいで」


「セイは?」


「私、少し用事を済ませて来るから、終わったら連絡くれる?」


「あ、……うん、それなら、30分くらいしたら連絡するね」


 いそいそと中に入る夕貴を見送って、来た道を戻る。先程の店に入るとあのマグカップを取って、レジに向かった。


「ご自宅用ですか?」


「包装してください」


 迷った後、プレゼント用にしてもらったマグカップを見ながら、夕貴は喜んでくれるだろうか、そんな事を考えて自然と笑みが浮かんだ。


 頃合いを見計らって書店に行くと、文庫コーナーの奥に彼女の姿を見つけた。真剣な顔で手に持った本を見ている夕貴は集中しているようで、顔を上げることもない。結局、声をかけるのを止めて書店を抜けると、少し離れたベンチに座った。


 前を通りすぎる人々をなんとなく見つめながら、夕貴を思う。憎み憎まれるはずの関係がいつの間にか変わってしまった事に小さくため息をついた。

 このままなし崩し的に夕貴を傍に置いてはいけない、彼女と離れなければならない、頭の片隅で警鐘が鳴っている。契約を交わした以上、私の人生はまもなく終わるのだ。あの子が自分を思って泣く姿が簡単に想像出来てしまい、ずきりと胸が痛んだ。


「分かっていたんだけどな……」


 ストーカーの件が片付いた時、夕貴を帰すべきだった。あの子にはあの子の世界があるし、彼女を支えていくなら他に方法は幾らでもあった。それなのに、気がつけば了承の返事をしてしまった。あの時、彼女と関わりたいと私が望んでしまったのだ。もう少し傍にいて欲しいと。


 膝の上に置かれたマグカップがやけに重く感じる。残り少ない人生で私が夕貴にしてあげられる事はなんだろう。


 バックの中でスマホが小さく震えた。画面には夕貴からの着信が表示されている。


「もしもし」


『セイ、ごめん!!

 遅くなった。今、どこ?』


「慌てなくて良いわよ。今、そっちに向かってるから」


『分かった。待ってるね』


 ほっとしたような声が聞こえて、通話が終わる。別れてから一時間以上過ぎていた様で、慌てて電話をしたに違いない。


 ベンチから歩き出したところで、夕貴が書店から出てきた。きょろきょろと見回した後、視線が合い、ぱっと笑顔で手を振る夕貴に思わず駆け寄りたくなる衝動を押さえつける。


 あの笑顔を忘れたくない、焼き付けるよう視線を離さずに微笑んで手を振り返すと、彼女の元にゆっくりと歩き出していった。

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