第29話 移りゆく心 (4) ~夕貴~

前書き


リアルが忙しくて、前書き書けませんでした!

すいません(T_T)

あと二、三日は難しいかもしれません。


あ、更新はしますので、ご安心下さい。



それからしばらく経って、学校は夏休みに入った。夏期講習がそのまま直ぐに始まる為、休みであっても何も変わらない生活が続く。


「いってきます」


 鞄を持ち、玄関で靴を履いてから、奥の部屋に声をかけると、セイが送り出してくれる。


「いってらっしゃい」


 ドアを閉めると、時間的には朝なのに凄まじい熱気と日差しに迎えられる。なるべく日陰を選びながら歩き、学校を目指す。


「はあ……」


 今朝こそはセイを契約の話を言わなくちゃ、そう思っていたはずなのにまた言えなかった。昨日も、一昨日も、その前も、朝と夕方同じ事を決意して彼女と向き合ったけど、いざ本人を前にするとどうしても口に出せない。


 ストーカーの件が落ち着いて、安全を確認してもらった後も、私は彼女の家でお世話になっている。


「夕貴が望むなら、好きなだけいても良いわよ」


 ここが学校に近いから、家に一人きりが怖いから……様々な理由を建前に、本音は少しでもセイと一緒に過ごしたくて恐る恐る切り出した「一緒にいて良い?」という言葉に、考えていた理由を告げることなくあっさり許可されて、拍子抜けしたけど。


 少し前からセイは仕事を辞めて、神山さんの元で調査員として再び働き出したらしい。「人手不足でヘッドハンティングされたの」と苦笑しながら言っていたが、詳しい事情は教えてくれなかった。不定期な帰宅時間に会えない夜もあったけど、朝は大概一緒に過ごしてくれる。どんなに仕事が遅くても、気だるそうに起きて一緒にご飯を食べる彼女と過ごす時間は口にこそ出さないが嬉しかった。


 セイに契約を止めるように説得しようと意気込んでいたはずなのに、学校に向かうまでの二人で過ごせる貴重な時間を気まずくしたくないとついつい先伸ばしにしてしまう。どれ程躊躇っていても、確実にその時は近づいているのに。



「夕貴、しばらく一緒に帰れなくなったの。ごめん」


 朝一番に京子に謝られ、一瞬頭にハテナマークが浮かんだが、どこかそわそわしながら口ごもる様子にピンと来た。彼女は最近隣のクラスの男子に告白されたばかりで、きっとデートに誘われたのだろう。


「もしかして、小田くんから誘われたの?」


「あ、えっと…………うん」


 からかい混じりに訊ねると、赤くしながらも嬉しそうに肯定する。相手から告白されたとき「あまり話した事ないけど、友達からでもって言われて……」とこっそり打ち明けてくれた最初の頃とは随分違う態度に、彼との仲は順調の様だ。


「そっか、デート楽しんでね。京子」


「へへ、ありがとう」


 ほっとした様に笑う彼女は幸せそうで、少し羨ましい。きらきらと輝いて見える京子に恋をすると人は変わるんだなぁ、と思っていると、照れくさそうな京子が話題を向ける。


「ねぇ、夕貴は好きな人いないの?」


「私?…………いないかな」


 恋愛に興味がなかった訳ではないけど、勉強と生活に追われて余裕がなかったせいか、自分から好きになる人はいなかった。告白されて付き合ったこともあったけど、友人関係の様な付き合い方で、結局自然消滅してしまった。だから、きっと自分は恋愛にあまり興味がないのだろう、そう思って返事をした。



 話題がいつしか他の事に移った頃、予鈴が鳴り、席に着く。暑さ対策のクーラーが設置された室内は、誰もが乗り気ではない夏期講習といえども、座っているだけでも涼しく快適だった。先生の説明を聞きながら頭の片隅で先程の会話を思い出す。


 好きな人、と言われて真っ先にセイの顔が浮かんだけど、きっと勘違いだ。一緒にいたいと思うけれど、好意を抱いているのも否定しないけれど。


 私が彼女に向けるこの感情は何なのだろう。信頼? 親愛? もっともっと複雑で、彼女を思う度、心の奥がじわりと苦い……先程の京子の表情を思い出す。私はセイを思って、京子みたいに幸せそうに笑うことなんて出来なかった。だからきっと、これが ”恋“ であるはずがないだろう。



 授業が終わるとそのまま夕飯の買い物に行くことにした。財布の残金を確認してコンビニに寄り、ATMでお金をおろすついでに口座の残金を確認する。母が入院した頃から振り込まれるようになったお金は、保険会社からの保険金らしく、高校を卒業するまでは定期的に振り込まれるらしい。母を失い、バイトをしなくても、こうして勉強に集中して生活が出来る事はとても有りがたかった。


「ただいま」


 買い物を済ませて部屋に入ると、もうすっかり慣れた光景となった部屋の奥に飾られた写真の母に声をかけ、洗濯物を取り入れてから、夕飯の支度を始めた。今日は特売の豚肉を使った冷しゃぶサラダを作る。野菜を切って、湯通しした豚肉を上に盛り付け、好みのたれで食べるというシンプルなレシピだけど、さっぱりとしてそれでいて食べやすくて、よく作っていた。


 帰りの遅いセイの分を取り置いて、そそくさと食事を済ませる。誰もいない部屋にひとりで過ごす時間は時計の針がやたらと遅く思えてしまい、おびただしい量の宿題と向き合うことにした。やらなければならないことがあるというのは苦痛でもあるが、問題を解いている間は何も考えずに済むのでありがたい一面もある。


「ただいま」


 玄関からセイの声が聞こえて思考が途切れた。時計を確認するといつもより早い。


「お帰り、早かったね」


「今日は早く終わったの。先にシャワー浴びて来るわね」


 表情はいつも通りだけど、彼女の纏う雰囲気がそう思わせるのか、セイの顔が少しだけ疲れている。バックを置いて洗面所に直行したセイを見送ると、台所からご飯を運んで再び問題に向き合う。なかなか集中出来ずに、結局次の教科に取り組むことにした。


 セイが帰ってくるこの時間はどうしても集中力が途切れてしまう。諦めて休憩すれば良いのだけど、そういう訳にもいかなかった。やがて、バスタオルを身体に巻いただけの姿でセイが現れる。私の後ろに回り、押し入れから着替えを取り出すと、はらりとバスタオルが落ちる音がした。


「ご飯持ってきてくれたんだ。ありがと」


「いいよ、これくらい。

 疲れているんでしょう」


 着替えを洗面所に持っていってくれれば良いのに、と内心思いながらも、教科書に集中している振りをしてぼそぼそと返事を返す。


 同性故の気安さか、子供扱いしているからか、セイは私に肌を見せる事に抵抗を感じていないようで、最初は裸を見せられた私のほうが酷く狼狽えた。お風呂上がりにはタオルを巻いてほしいとお願いして、ようやく最近は安心出来るようになったけど。


「…………どうして?」


「だって、顔を見れば分かるもの」


 しばらく間があった問いに、ペンを動かしながら答える。静かになった後ろを振り返ろうとした途端、セイの腕が後ろから回され、背中に柔らかい感触が押し付けられる。


「っ!?」


 抱きしめられてる、そう自覚すると一気に身体が熱くなった。いつもより強く香るセイの香りと、火照ってしっとりとした肌をダイレクトに感じる。どうして? 何で? 疑問が浮かぶけど、言葉にならない、思考がまとまらない。


「ありがと」


「!!」


 耳元で囁かれた後、ちゅっ、とリップ音が聞こえ、身体が離れた。耳を押さえながら慌ててセイから離れると、下着姿のセイが何事も無かったようにTシャツを羽織っている。


「…………」


「心配してくれたお礼よ」


 睨み付けた無言の抗議に微笑み返され、結局何も言えなくなった。どきどきする胸の音と赤い顔を隠すようにテーブルに戻ると、再び教科書と向き合う。結局、それから何度も思い出しそうになり、集中出来ないまま早々と就寝を迎えることになった。

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