第23話 ある男の受難 (1)

前書き


家族の事は基本的にはあまり干渉しません。困っていたり、悩んでいるなら別ですが。

従って、外出するときも目的を聞かないまま「いってらっしゃい」と送り出す事が多いです。

しかし、私が少しでも外出する素振りを見せようなら、家族は皆「どこに行くの」と訊ねてきます。酷い時にはトイレにいるだけで探される事もあります。

愛されていることを喜ぶべきか、ふらふらしていることを反省するべきか悩む日々です。



カーテンの閉じられた室内は暗く、ぼんやりと浮かぶのはパソコンのディスプレイの明かりのみ。パソコンの前に座っている男が画面を食い入るように見つめていた。様々な機械が所狭しと置かれた室内は小さな機械音とマウスを押す音が聞こえるだけだ。


「そろそろ、かなぁ……」


 時間を確認すると、押さえきれなかったように小さく笑い声を洩らす。画面の中にはどこかの部屋が写し出されていて、僅かな電気がついているのだろうか、布団の中に人影が辛うじて見える。深夜の2時という時間から既に眠りについているようで、動く気配は見られなかった。男は立ち上がると支度を整える。スマホ、ロープ、ガムテープ、ナイフ……直ぐに取り出せるように身につけると帽子とマスクを手に持ち、もう一度画面を確認してパソコンを閉じるとそっと外に出た。


 じっとりとした湿気が身体に纏わりつく不快な夜も、これからすることを考えれば気にもならない。足取りも軽く、それでいて辺りを気にしながら目的の場所まで歩いていった。


 長かった、と思う。綺麗で成績も優秀で、笑顔も素敵な彼女をずっと前から想い続けていたのに、いつもつれない返事ばかりだった。俺がどれだけ本気なのか彼女は知ろうともしてくれない。母親が死んで彼女が一人になった時、またとない好機に気がついた。一人暮らしは何かと物騒だ、不安になった彼女に救いの手を差し伸べれば、きっと俺になびくだろう。そう考えて、彼女の写真の一部を家の玄関に置き、反応を見てみた。結局、直ぐに部屋に入ってしまった為分からなかったけど、警察を送り出した時に見えた怯える表情も可愛くて、彼女の新しい一面を知った気がした。


 楽しい、可愛い、もっと、もっと、学校以外の彼女を知りたい……


 沸き上がる欲望と興奮は今までに感じた事のないほど心地よかった。プライベートの姿を知りたくて、空き巣を装い部屋を荒らし、盗聴器とカメラを設置した。彼女の下着と服を貰う代わりに、俺の撮ったベストショットを置いておいた。彼女は誰が来たのか分かってくれるだろうし、俺も素敵なおみやげを手に入れることが出来て、お互い有益だろう。


 わくわくして彼女の帰りを画面越しに待っていると、玄関を開ける音と、小さく叫ぶ声が聞こえた。だけど、しばらく待っても彼女は姿を見せない。どうやら外に出てしまったらしく、がっかりする。やっぱり部屋を荒らしたのはまずかったかな、そんな事を思いながら帰りを待っていると、やがて、再び物音が聞こえる。どうやら誰かと一緒らしく、二人分の話し声が聞こえた後、部屋の明かりがついた。見たことのない女にすがるように寄り添う彼女にイライラする。あの位置に立つのは俺なのだ。他人の恋路を邪魔しないで欲しい。


 部屋を片付け出す二人を見ながら、ガシガシと爪を噛む。カメラも盗聴器も簡単には見つからない場所に置いてあるし、気づかないだろうから焦る必要なんてないが、あの女は邪魔だ。


『今日は家に泊まりなさい』


 スピーカーから聞こえる声に思わず「何だって!?」と声をあげた。折角頑張って設置したのに、全く骨折り損じゃないか。


 荷物をまとめて部屋を出る彼女を呆然と見送ると、このまま彼女があの女の所に行ってしまうなら、全てが無駄になってしまうことに気がつく。真っ暗になった画面を閉じた後、無念さと女への恨みで俺の心は煮えたぎっていた。いや、そんなに簡単に諦めきれるものか、恋は障害が多い方が燃え上がるっていうし、彼女も俺を待っているはずだ。ギリギリと歯軋りをしてそれでも何とか冷静を保つ。きっとチャンスがやってくる……


 毎日彼女の動向を窺っていた甲斐があったというものだ。偶然にも、一晩一人きりになった彼女をあの女より先に俺のモノにしてやる。神様がくれたチャンスは一度だけ、それなら、絶対に掴んで見せる。


 ポケットから先日作った合鍵を取り出す。彼女を怖がらせないように玄関から堂々と入るのだ。そして、眠っている彼女にそっとナイフを見せて、話をするんだ。俺の話を聞いてくれないなら、身体で聞いてもらえば良い。きっと楽しい時間が過ごせるはずだ。ぺろり、とナイフを嘗めると冷たい感触が心地好かった。


ぞくぞくする身体の震えを感じながら、鍵をドアノブに差し込む。ゆっくりゆっくりと回してからドアを開けると、部屋の中は彼女の匂いが僅かに香る。室内にそっと滑り込み、ナイフを取り出すと膨らんだ布団に向かい、一歩ずつ忍び足で近づく。おそらく寝入っているのだろう、全く動かない布団に胸がどきどきする。


もうすぐだ、もうすぐで彼女の元へたどり着ける……


「!?」


 あと一歩というところで、後頭部に突然激痛が走り、何が起こったか分からないまま、一気に世界が暗闇に包まれていった。

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